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久美子と新生スカーレットのスタート

「あ~、行っちゃったね」


 逃げ出すように店を出ていったジュンくんを振り返り美緒が言う。


「ああ、なんていうか随分と変わった子だったな」


「ええ、全く。なんていうか生意気だけど可愛くて頼りになるツンデレ弟って感じかしらね」


「ぶふっ!」


 美智佳の言葉に思わず吹き出してしまった。

 だがそれはあまりにも彼にぴったり過ぎて、他にこれ以上の喩えなんてまずあり得ないことだろう。


「もう~っ、ミッチーったら~。

 でも、ジャストでナイスな表現だよね~。

 って、珍しいわね~、いつも男の子には辛口なミッチーが男の子をそんな風に言うなんて~。もしかしてミッチーってああいう子がタイプだったわけ~?」


 美緒じゃないけど確かに珍しいな、美智佳がこんな風に言うというのは。

 だがしかし気持ちはよく解る。まあ、だからといってそれが恋愛感情かといえばまた別だが。アタシには弟はいないけど、あんな弟ならアタシも少し欲しいと思う。

 なるほど世のショタコンっていう連中はああいうのを理想としているわけか……ってアタシにはそんな趣味は無い。あれは恋愛対象外、さすがに五つ近く歳下の子なんて守備範囲もいいところだ。

 ……って、なにをアタシは考えてる。どうやら未だに頭の中がどうかしているみたいだ。


「それにしても、久美子や美智佳じゃないけれど本当に変わった子だったよね。

 まさかあの歳であんなことまでやってのけるなんて全く思いもよらなかったわ」


「どこか良いところの坊っちゃんなんじゃないの? ここまでシンセサイザーを使い(こな)すんだから、持ってるって話も強ち嘘じゃないでしょうしね」


 なるほど美智佳の言うとおりだ。

 あの歳であんな高価な物を普通持っていると考えづらい。


 彼はシンセサイザーをベタ褒めしてはいたけれど、あれは使い(こな)すのがかなり難しいといわれる楽器だ。

 弾き熟す者に言わせれば覚えればなんてことのない楽器とのことだけれど、それでもピアノやなんかとは全然違う。昔ピアノをやっていたからとシンセサイザーに手を出し掛けて挫折したなんて話も結構聞くし、やはり難しい楽器に違い無い。バンドのメンバー探しにおいてキーボード担当を探すのはドラム並みかそれ以上に大変なことがそれを証明している。

 そんな物に手を出し使い(こな)す彼はやはり普通とはいえない。本人に自覚が有るのかどうかは解らないけど明らかに普通の高校生じゃない。

 いや、案外自覚が有るのかも。詮索されることを嫌っていたし、もしかすると結構有名な人物なのかも知れない。


「ジュンくんって何者なのかな~?

 ミッチーの言うようにお金持ちの家の子なのかも知れないけれど、ただそれだけって感じじゃないんだよね~。

 だってそれだけだと詮索するななんて言う理由にはちょっと弱過ぎる気がするでしょ~、やっぱりなんか隠してるよきっと~」


「さあ、案外今流行りの動画配信者とかじゃないの? あれならそう手も掛からないし好きな時間でできるからね。趣味でやるなら結構な確率で有るんじゃない?」


「あ~、なるほどね~。

 それなら知ってる人は知ってるし~、知らない人は知らないから~、私達が知らない有名人だとしても十分に納得がいくもんね~」


「ちょっとアンタらっ、もう彼との約束を忘れたのかいっ!」


 まずい。気にはなる話だけどやはりふたりを止めないと。


「ええ~っ、いいじゃな~い。それともクミは気にならないの~?」

「ここだけの話なんだし、そう固いこと言わなくたっていいだろっ」


 くっ、確かにそれはそうだけど…。


「あなた達ねえ、ここがどこだか解った上で言ってんのっ?」


「え? あ、そうだった…」

「あ~、そう言えば~、ここってファミレスだったんだよね~。

 じゃあ話の続きは一旦場所を変えてからだね~」


 さすがは明美。こういう場面じゃ実に役に立つ。

 残念だけどアタシじゃこうはいかないからなぁ…。


「場所を変えても同じだよ。約束っていうのは守ってこその約束だろ。

 それに恐らくだけれど、あの子ってこういうことには厳しいと思うぞ」


 こんな言い方はしたくはないけど、アタシじゃやはり役不足…じゃなくて荷が重い。彼には悪いけど名前を利用させてもらうことにしよう。


「ああ、確かにそんな雰囲気が有る子だったもんな。実際になにかしてくることはないだろうけど、厳しく責めてはきそうだよな」

「うん、なんとなく私もそう思う。可愛い顔はしてるけど内面はどこか腹黒そうな感じだったもんね…」


 な、なによこれ。一応はアタシの言葉で締めはしたけど、なんか納得がいかない。

 美智佳は神妙な顔になってるし、美緒に至っては言葉使いまでが変わってるし。


 彼は本当に何者なんだろう。たった二度話をしただけなのにここまでこの子達に影響を与えてるだなんて。


 本当に彼は変わっている。

 いや、今はそんなことはいいか。

 彼のお陰でいろいろと悩みは解けたわけだし。

 まあ、やることは基本以前と変わってはないけど、それでもそれで良かったのだと認めてもらえたのは大きい。なんてったってそのお陰でアタシ達は自信を持つことができたのだから。

 そしてもうひとつ、彼から貰ったアタシ達だけのためのオリジナル曲。

 見ず知らずだった歳下の子にここまでのことをしてもらったのだ、もうこれ以上無様を曝すわけにはいかない。


「さあ、それじゃ行こうか。早速これから打ち合わせよ。

 言っとくけど、さっきの話の続きじゃなくて今後のことについての話だからね。そしてそれが済んだなら、その後は例の曲の練習よ。

 これからやることはたくさん有るんだから、休んでなんていられないわよ」


 もうこれ以上恥ずかしい真似なんてしていられない。これからは凛と胸を張って進んでいくだけ。それがアタシ達の目指したスカーレットとしての在り方だ。


 アタシ達はもう迷わない。

 アタシ達はもう立ち止まらない。


 さあ、これより新生スカーレットのスタートよ!

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