放課後ティータイムは紅に染まる
メンテナンス後初めての投稿です。勝手が変わったため随分と苦労しましたが漸く無事投稿となりました。
まだ暫くは時間がかかるとは早めに慣れたいと思います。
「悪いけど今回の勉強会、オレは用事で抜けさせてもらうから」
月曜日の放課後、オレは恒例の定期試験前の勉強会の不参加を美咲ちゃん達へと告げた。
「ええ~っ⁈ そんな~っ。せっかく期待してたのに~」
美咲ちゃんが非難の声を上げる。
でも、なにもオレにそんな義務は……無いわけじゃないか。一応はリトルのプロデューサーではあるんだし。
「用事が入ったんだから仕方ないだろ。正直オレとしても不本意なんだ。
まあだからって、オレひとりいなくてもそう変わるわけじゃないだろ。なんてったって成績上位の佐竹や由希、天堂だっているんだし。
それに美咲ちゃんだって最近は成績も回復してきてるんだから、がんばればきっと今回も大丈夫だって」
入学以来再び低迷していた美咲ちゃんの成績だが、三年生になってからはまた持ち直してきている。
そういや中学の時もそうだったな。もっと早くから本気を出せばいいのに。
というわけで、なんだかんだと言いながら本番に強いのが美咲ちゃんだ。きっと今回も巧く乗りきってくれることだろう。
「てわけだから、三人とも、あとは頼んだぞ」
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美咲ちゃん達と別れ学校を後にする。
行き先は学校近くの喫茶店だ。
…って。
「ええっ⁈ 香織ちゃん⁈ なんで⁈」
気付けば香織ちゃんがオレの左腕を抱き締めるようにしがみ着いてきていた。
「あら、決まってるじゃない。純くんが行くところ、いつだって私は一緒よ」
ああ~、そういえばそういう子だったか。
最近一緒にいることが少なかったせいか、すっかり忘れ気味になっていた。
「で、いったいこれからどこへ行くの? やっぱりいつものように喫茶店で曲作り?」
「えっ? なんで解るわけ?」
「う~ん、女の勘かしら? いつも純くんのことを考えているからなんとなく解るのよね」
まいったな。やはりさすがは香織ちゃんだ。よく観ている。とはいっても、今回は仕事とは少し違うんだけど。
「まあちょっとな」
さすがに相手がスカーレットだとは言いづらい。恐らくは覚えていないとは思うけど面倒事の可能性は無いに限る。
そんなわけで、取り敢えずあやふやに応えておいて、そのまま喫茶店へと向かうことにしたのだった。
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喫茶店へと着いたところで軽く注文を済ませる。
今日の気分はチーズケーキとアップルティーだな。チーズケーキの濃厚さにアップルティーの甘酸っぱさの組み合わせ。う~ん、今から楽しみだ。
因みに香織ちゃんはオレと同じチーズケーキと、そしてブレンドのコーヒーだ。甘味と苦味のお互いを引き立て合う繰り返しはなんとも楽しそうだ。
何度かこうして一緒をしているうちに気付いたのだが、香織ちゃんはオレと違ってコーヒーの方を好むようだ。ただの嗜好かも知れないけれど、美肌効果やダイエット効果があるというし、もしかするとそういうことを考えてなのかも。なんてったって歳頃の女の子だもんなぁ。
ただ、それでもこの対比ってのはなんだか恥ずかしくなってくる。
まあ、香織ちゃん相手だし今さらか。オレのこの嗜好は、これまでの付き合いで既に知られいるわけだし。
「あ、やっぱり今日は曲作りなんだ?
それで今度はどんなのを作ってるの?」
オレが取り出したノートパソコンを見て、やはりとばかりに問い掛けてくる香織ちゃん。
香織ちゃんには今までも何度かオレがこうしているのを見られているし、お互いに一緒の場所で曲作りをすることもあるのでこう問い掛けられても今さら慌てることはない。
お互いがライバル事務所所属でありながらもオレがここまで気を許しているのは、やはり香織ちゃんへの信用だ。日頃からなにかとその態度や振る舞いでオレを振り回してくれることの多い香織ちゃんだけど、なんだかんだと言いながらもオレが本気で嫌がることをしたことは無い。事実オレの正体を知ってもそれを弱みと突け込んでなにを言ってくるってことは無いし、どちらかといえば気を遣ってくれている。こうした公私の線引きができる人物だからこそオレもこんな風に気にせずにいられるわけで、これまでの信用に対する信頼ってわけである。
「ああ、今回は仕事ってわけじゃなくって、ちょっと知り合いのバンドにと思ってな。それに合わせた曲をと思っている。
なんていうか、あいつらかなり迷走していて酷いことになってるからなぁ…」
「知り合いのバンド?
それってもしかして二年生の女の子達のこと?」
鞄からノートを取り出す香織ちゃん。オレに倣っていつものように曲作りをするのだろう。そんな香織ちゃんが流れに沿うように問い質してくる。
……って、質すでいいんだよな。まさか糺すってことは……いや、オレ達ってそういう付き合いじゃないんだし、糺弾を受けるみたいなことを考えるのも変な話か。
とはいえやはりなんとなく後ろめたく感じるのは、香織ちゃんからの好意を少しなりとも受け容れて…… 否、受け止めているからだろう。
そう、受け容れているんじゃなく、受け止めているだけだ。決して絆されているわけじゃ……ない…はず。
確かに嫌いではなく好意は有るけど、それはあくまでも友人としてだ。それは美咲ちゃんやなんかの女友達らと変わらない。そりゃあ一応告白されているわけだし、全く同じとはいかず多少意識していたりしないでもないけど…。
はあ…。どうにもこういうのは苦手だ。
「いや、あいつらとはまた別の相手。学校のやつらじゃなくってライブで知り合った相手だよ」
取り敢えず誤解を解いておこう。香織ちゃんってば、なんかChocolate Sundayの子達のことと勘違いをしているみたいだし。こんなことであの子達に迷惑を掛けたくないしな。
「ふ~ん、それってやっぱり女の子なのね? それも結構な美人の」
な、なんで……。
Chocolate Sundayへの疑惑は解けような感じではあるのだけれど、それでもなんかオレへの不信感を感じる。
「はあ……。やっぱり。
純くんって、なんだかんだと言いながらも女の子には優しいもんね」
いや、そんなことはないとは思う。それは相手によりけりだ。
ただ、確かに最近はそんな感じかも知れない。レナ達の時はまだ厳しく接していたけれど、奈緒子の時なんてこっちから妥協を考えていたもんなぁ…。
なんか世間の価値観に染まったようで少しばかり癪ではあるけど、一応は男としての度量だしな、オレが人間的に成長したってことなのだろう。そうだ、そうに違いない。
「で、その子達ってどんな子達なの?」
……なんだろう。なんか変な緊張感が…。
オレに嫉妬を向けてきてるってわけじゃないはずだ。仮令それがどんなものであったとしても、そんな悪意みたいなものを欠片といえどもオレに向けてくるとは思えないし。
そりゃあ敵意を持たれることもないではないけど、それは互いを高め合う好敵手としての好い関係で決して悪い感情なんて皆無だしな。
でも、それならこれはなんだろう。オレはなにを探られているのか。
「スカーレットってバンドなんだけど覚えてる? 正直忘れたくなるような変なイメージしか記憶に残ってないと思うけど」
「えっ……。嘘……冗談でしょ。まさかあんな破廉恥な変態達と純くんに接点が有っただなんて…。
悪いことを言わないから、あんな変態女達とは手を切ることを奨めるわ」
ははは……、やっぱりそういう反応になるよな。オレも最初は思いっきり引き捲ったし。
「まあそう思うのは無理ないと思う。オレも最初は関わろうなんて思ってさえもいなかったし。
実際に話をして解ったんだけど、あれっての彼女達の本意ってわけじゃなかったんだ。…ってのも微妙に違うけど、それでも彼女達自身が普段からアレってわけじゃないから。本当は結構まともな女性達だったんだよ。
じゃあなんであんな真似をしたのかってことになるわけだけど、一言でいうならば気の迷いだな。
恐らくは人気の低迷のせいで疲れきっていたんだろうな。本人達も正気じゃなかったと激しく後悔してるみたいでさ、見ていて凄く痛々しくって、もう気の毒を遥かに通り過ぎた居た堪れない状態だったよ」
「は…ははは……、まあ、アレだものね…。
つまり同情ってわけなのね。本当、純くんってば優しいんだから」
う~ん、そんな風に言われるとなんだかなぁ…。
「まあ、確かにそういった同情も無いわけではないけど、実際はそれとは別の理由が有っての打算的動機だからそんな風に褒めないでくれないか。どうにも無性に後ろめたくなる」
「打算って?」
ああ、さすがに解るわけもないか。香織ちゃんには基本縁の無い他人事だし。
「さすがにあのままのスカーレットには『WYVERN』に出入りされると都合が悪いんでな。ほら、店のイメージがあるだろ。オーナーにはSCHWARZの件でいろいろと迷惑を掛けているからその恩返しってのと、あとはやはり今後一緒に演ることがあるかも知れないバンドにはもう少しマシなイメージを持っていてほしいって願望だな」
「あ~、なるほどね。あんなのと一緒にされたくはないものね。私なら絶対に御免だわ」
はは…、なんとも身も蓋も無い言い方だけど要するにそういう理由である。
「でも、あんなのがまともになれるわけ? 墜ちるのはほんの一瞬だけど、そこから再び登っていくのはいかに純くんの協力が有っても相当至難だと思うんだけど。悪いイメージってのはそう簡単に払拭できるものじゃないんだし」
はあ…。それが問題なんだよな。失なった信用ってのは取り戻すのが難しいものだし本当にどうしたものだろう。
「曲作りよりも、まずはそっちの方が問題か…」
香織ちゃんの指摘は尤もだ。そんなわけでまずはそっちで頭を悩ませることになるのだった。




