純、スカーレットの苦悩を聞かされる
「で、結局、あんたらの用ってなんなわけ?」
やってきたチョコレートサンデーを前にオレは改めて訊ねた。
いい加減本題に入ってほしい。
因みにこれはオレだけで、彼女達四人の注文はそれぞれがコーヒーのみである。
恨めしそうにオレを眺めるくらいなら自分達も頼めばいいのに…。
いや、それについてあれこれ言うのは止しておこう。前話もそれで話が横道に逸れたのだから。
「そ、それなんだけど…、アンタ、前にアタシ達のライブを見た時、どう思った?」
言い淀みながらも説明を受け継いだのはクミコだった。やはりそこはリーダーだからってことか。なんてったって内容が内容だからなぁ…。
「それ、改めて説明が要る?」
「い、いや、それはそうだけど……」
オレの返しに一同が顔を顰めた。
「アレはアタシ達もどうかしてたのよね。正気に戻ったらもう恥ずかしくって、穴が有ったらそこに一生籠りたいって思ったくらいだったもの。
ううん、今でもそれは変わらない。アレはアタシ達の黒歴史よ」
まあ、それはそうだろうな。オレが同じ立場だったなら絶対に死にたくなっているはずだ。
「でも、だったらなんであんな馬鹿なことしようなんて思ったんだよ? 正直オレも連れの子達もみんな引き捲ったぞ」
「あのときはそれが良いと思ったのよっ!
もうっ、今じゃ死ぬ程後悔してるんだからそんな風に言わなくてもいいじゃないっ」
オレの返答にミチカが睨みながら応えてきた。
他のメンバー達も反応は様々だが、一様に羞恥を抱えている様子。
でもなあ…。
「そうは言うけど、それを訊いてきたのはそっちだろ。オレはただそれに答えただけだ」
こう応じてはみたものの…。
「いや、それはそうだけど……」
ミチカの言葉が尻窄みになって消える。
ううっ…、気まずい。
なんでオレがこんな目に……。
「てか、なんでこんなことを見ず知らずのオレに訊いてくるんだよ。正直答えてるこっちも思い出して恥ずかしくなってくるんだけどな」
「ちょっと、思い出さないでっ! てか、今すぐそれを忘れなさいっ!」
オレが素直な疑問を伝えたところ、こんな言葉が返ってきた。
くそっ、なんて不条理な。
いや、気持ちは解らないじゃないから言い返すのは我慢するけれど……。うん、やはり面白くない。
「う~ん、ミチカじゃないけど、それは忘れてくれた方が私達としても助かるかな」
アケミが複雑そうな顔でミチカのフォローに入ってきた。
オレとしてもこの話は不本意だし、これ以上この話を引き摺って、より気まずい雰囲気になるのは避けたいところだ。
「それで、私達がキミに声を掛けたのは、言ったと思うけどライブの時に観客として来ていたキミが私自身の記憶に残ってたから。
だから私達のライブについての感想を是非訊いてみようと思ったわけ」
なるほど、来たことのある客に対してのリサーチってことか。
「まあ、あれだけの美少女達に囲まれた女の子みたいに可愛い男の子だもの、記憶に残るのも当然だよね~。
このっ、青春ハーレム少年めっ。お姉さん達にもその幸せを少しは分けなさいっ」
んなっ⁈ なんだよそれ。急に態度を変えやがって。
いや、それよりも…。
「なんだよ、そのハーレム少年ってのは。人聞きの悪いこと言ってんじゃねえよっ。
それに女の子みたいだとかなんだとか、オレになにか思うところでも有るのかよっ」
全く、なんて失礼な。
否、最早非礼のレベルだ。初対面の相手にこの態度、普通絶対にあり得ないだろ。
「ええ~っ、なんでよ~?
こっちとしては褒めてるつもりなのに、なんでそういうことになるの~?」
マジでか…。これだから女の人ってのは…。
「ちょっと、ミオっ、さすがにそれはないって。
そりゃあこの子は女の子みたいに可愛いらしいし、気持ちは解らないでもないけど、仮にも相手は男の子なんだから。ミオだって男みたいだって言われたら面白くないでしょ」
アケミがフォローに入ってくれたけど、正直こいつも言ってることが建前だけだ。全くこれだから女ってのは…。
「それもだけど、ハーレム少年ってのもなんなんだよっ。他人をそんな軟派野郎みたいに言ってくれんじゃねえよ」
「えっ? そこも気に障ってたの⁈ 普通そこは照れながらも喜ぶところでしょ?
だいたいあんな可愛い女の子に囲まれてモテモテ状態で、なにが気に入らないってんだか。私が代わってほしいくらいだよ」
今度はアケミか…。この人もやっぱり同じ穴の狢だ。
「でもアタシら、アンタの名前とかも知らないし、他になんて呼べばいいんだかね」
ああ~、そう言やそうか。正直必要性を感じなかったから名乗ったりはしてなかったんだよな。それになんだか面倒そうだし。
「解ったよ。それじゃ名前くらいは教えるからその変な呼ひ方は止めてくれ」
はあ…、不本意だけど仕方が無いよな…。
「取り敢えず純と呼んでくれ。
但しそれ以上の詮索はしないでくれよ。オレも詮索はしないから。
お互いそんなに親しいわけじゃないし、そういうことで構わないだろ」
できれば名乗りたくはなかったけど、あんな呼び方をされ続けるよりはマシだ。
「ああ、純くんだな。OK、解ったよ」
リーダーのクミコの返答に他の者達も肯いている。
「じゃあよろしくね、純くん」
「よろしく」
「よろしく~」
てか、なんだよ、この馴れ馴れしさ。女性ってみんなこんな感じだったっけ?
まあいいか。取り敢えず話を進めよう。
「で、なんの話だっけ?
ああ、あの時のライブの感想か。
悪いけどさっきも言ったように、あの悪趣味なパフォーマンスに引き捲ったってのが一番だな。
正直二度とあそこで演ってほしくないってのが本音だけど、今のその様子だともうあんな馬鹿な真似はしそうもないし、まあいいか」
「当たり前だっ。誰があんな真似二度とするかってんだっ。
だいたい何度も言うようだけど、アレは明らかに気の迷いだったんだ。
…本当、なんであんなことしようだなんて思ったんだろ。死にたい…」
オレの言葉に激憤したかと思ったら、そこから一気に沈鬱に移行したクミコさん。まあ、昂然 として公然とあんなことをやらかしたわけだし無理もないか…。
「まあねえ…。
最近人気の低迷に気を病んでいたから、その手のパフォーマンスをしているバンドの曲を聴いて影響を受けちゃったのよねえ…。
人気を取るためには思い切ったことも必要だなんて思ってたところだったから、本当タイミングが悪かったとしか言いようがないわ」
はは…、そう言やアケミさんじゃないけど、そいつらの曲のコピー曲をやってたっけ。
「ああ、それに最近読んだ漫画の影響もあるかな。なんかあの漫画のキャラって卑猥って感じよりもカッコいいって感じに見えるから。
でもあれはあくまでも作者の演出でそんな風に見せているだけで、現実じゃただの変態痴女だったし。
……ああ、死にたい…」
今度はミチカさんか。
漫画の影響とか言っているけど、いったいどんな漫画を読んでいたのか……って、そういや兄貴の持ってる漫画にそんなのが有ったよな。CG作画という作風が印象的だったけど、確かにあの漫画の女性の絵は卑猥というよりも格好良いってイメージだった。なるほど、恐らくはそこからの影響だろう。
でも、あれって本当に露出が激しいからなあ。ミチカさんじゃないけど、普通にアレでその辺を彷徨いていたら絶対に通報案件だ。
「ちょっと~、クミもミッチーも、そんなに鬱ぎ込まないでよ~。私まで鬱になってくるじゃない~」
ミオさんはまだ大丈夫そうだけど、でもなんだか泣き出しそうな感じにも見える。
「はあ……。でも、どうしよう。今のままじゃ、また次のチケットも売れ残りが確定だわ。
やっぱり嫌でもあのスタイルを続けていかなきゃならないのかしら…」
あ、アケミさんまでが鬱モードに入り掛けている。
「いや~っ。もうあんな恥ずかしい格好なんてイヤだよ~っ。
うわぁ~~んっ!」
ああ、遂にミオさんが泣き出してしまったし。
「悪いけどそれはやめてくれよ。『WYVERN』のイメージが悪くなる」
それでもやはり言うべきことは言うべきだろう。彼女達には同情するけど今のオレには『WYVERN』の方が大事だ。
「でも、他に良い方法も思い付かないのよね。
だから駄目元でアンタに意見を訊いてみようと思ったの」
復活してきたクミコさんが……って違うな、今にもまた力尽きそうだし。
まあ、ともかくそんなクミコさんが気力を振り絞りオレに話掛けてきた。
しかし駄目元か……。まあ、オレの正体を知っている様子じゃないし、本当に駄目元で一縷の望みを託してってことなんだろう。
「はあ……。仕方が無いか。『WYVERN』には借りが有るし、そこでこんなのに演らせようわけにはいかないしな。
そういう事情だ、あんたらに義理は無いけど少しだけ力を貸してやるよ」
ああ、試験前だというのに余計な面倒を引き受けてしまった。
※1『昂然』とは『自信満々でやる気満々な様子』のことです。最近の表現では『イキリ立つ』とかそんな感じになるのでしょうか。まあ文字どおりの『昂った様子』のことです。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




