高階、デート?を振り返る
「ねえ、昨日あれからどうなったの? なにか進展はあった?」
突如掛けられた忙しない声。
もうっ、登校して席に着いたばかりなのに。
「ちょっと止めてよ、満智子。あれはそういうんじゃないんだから」
「なに言ってんのよ、片想いの先輩とふたりっきりでカラオケのどこがデートじゃないってのよ。
さあ、惚けてないで昨日あったことを洗い浚い白状なさい」
ちょっと、なによそれっ⁈ なんでそんなこと満智子が知ってるのよっ⁈
「ああ~、それがさあ~、あの後……」
「ちょっと、止めてよ奈緒子っ」
慌ててその口を塞ぐべく立ち上がるけど、奈緒子はひらりと身を躱す。
…って、ちょっ……嘘っ。
ガタガタガタン!
「ちょっと、貴子⁈ ……大丈夫?」
「大丈夫じゃない。誰のせいでこうなったって思ってるのよ…」
痛ったぁ~。
バランスを崩した私はそこに居た奈緒子の後ろに有った席へと一直線で飛び込むことに。
「ちょっと貴子、鼻血が出てるわよ。目元の下も少し痣になってるっぽいし。一旦保健室に行った方が良いんじゃない?」
「ううっ…、満智子も同罪よ」
ふたりに恨み言を遺しながらも私は保健室へと向かうことにする。
「あぁ~、とってもまいっちんぐぅ~」
背後からは満智子のふざけた声が聞こえてくる。
はあ…。私って友達に恵まれてないのかしら…。
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昼休憩の昼食時、再び昨日のことが話題となった。
全く、授業の間の休憩時間も散々と噂していたくせに…。
お陰で私の周りには、普段一緒の奈緒子以外にも満智子や他の子達までが集まって来ている。
「だから言ったでしょ、普通にカラオケをしただけだって。だから奈緒子達の期待しているようなことなんてなんにも起きていないんだから」
そう、なにも起きてない。
残念だけどあの男鹿先輩にそんな邪な展開を期待すること自体が間違いなのは解っている。
でも、そこが余計に男鹿先輩らしくて好ましい。だって私が好きな男鹿先輩はそういう高潔で清廉な人なんだから。
そういえば芹の花の花言葉がそうだ。以前写真で見たあの小さくて可愛らしい花が泥のような地面から生えている様は当にそのイメージにぴったりかも。
「ちょっと、なにを急にひとりでニヤニヤしてんのよ。
やっぱりなんかあったんでしょ? さあ、正直に白状なさいっ」
えっ?
満智子の問い掛けに私は空想から現実に引き戻された。
「な、ないわよ、そんなこと。だいたい男鹿先輩は女の子相手にそんな軽々しいことするような人じゃないんだから」
はあ…。せっかく人が良い気分に浸ってたのに。
まあ、そうは言ってもなんの創造性の無い空ろな想像に過ぎないのだけど。
「じゃあ実際はなにをしてたのよ?
まさか本当にふたりでカラオケに勤しんでいただけっていうわけじゃないんでしょ?」
そ、それは……。
「それなんだけど、本当にそれだけだったみたいなのよねぇ」
そう、奈緒子の言うとおりで本当にそれだったのよね。
「ええ~っ、嘘でしょう? 仮にも密室で女の子とふたりっきりなのよ?
しかも仮令デカいとはいえ一応は貴子って美人の部類に入るのに?」
満智子の言葉に他の子達も同意見と肯いている。
ただ美人と言ってくれるのは嬉しいけれど、でもその一言は突き刺さる。だって私だけでなく男鹿先輩も同じコンプレックスを持っているから。しかも全く逆方向の。
思うにこの溝は大きい。いかに気持ちでは否定しようとも深層心理はそうはいかない。
「確か男鹿先輩ってアイドルのプロデューサーをしてるんだったよね。しかもあのリトキスとかフェアリーテイルの」
「ああ、それでかぁ~。
身近がそんな美少女で囲まれてたら目が肥えてくるのも当然だもんね。
しかもその三人は同じ学校に通ってて、ふたりは後輩で、ひとりはクラスメイトの花房咲。こんな環境じゃ仕方ないか」
集まった子達のこの言葉は私も尤もだと思う。
「てか、加藤香織とデキてるって噂じゃなかったっけ? それじゃ貴子じゃ最初っから目が無かったんじゃないの?」
ただ、これは違う。加藤先輩もああ見えて結構苦労しているみたいだから。
「ううん、それは違うみたいよ。
確かにあの女ってかなりベタベタし捲ってるからそういう感じがあるけど、それ以上の関係には踏み込めてないみたいだし、だからこそ貴子にも付け入る隙が残ってるわけね。
そうでなきゃ私だって貴子を止めてるわよ。絶対に勝ち目なんて無いわけだし。
まあ、正直言うとあの人って性格が良くないから本当は気乗りはしないんだけど」
実際は奈緒子もの言うとおりで、男鹿先輩は甘い程に寛容である一方で、その先は厳格な一線を引いており決して越えることはない。なので勝負はその一線をいかにして越えるか…否、許しを得るかということになるだろう。
それよりも…。
「ちょっと奈緒子っ、なにを男鹿先輩に失礼なこと言ってるのよっ」
さすがにこれは聞き逃せない。
「なによ、本当のことじゃない。だいたいあの人……」
「そんなことよりも貴子の話だけど、一応はデートなわけでしょ。そのつもりからだったから奈緒子も私が付いて行くのを諌めたわけで、ふたりの後を跟け行ったわけでしょ?」
私達の言い合いに口を挿んでくる満智子。……って、やっぱりあの時のあれって奈緒子達だったんじゃない。
「もうっ、余計なことしないでよっ。恥ずかしいじゃないっ」
……って、あれ? そういえばあの時の男鹿先輩が周囲を窺っていたのって…。
…そうか、男鹿先輩、少しは私のこと意識してくれていたんだ。
ああ、気付いたら嬉しくなってきた。
「…ふふっ……ふふふふふふっ」
思わず、笑みが零れてくる。溢れる気持ちが止まらない。
「ちょっと、どうしたのよ貴子?」
「ああ~…、なんかよく解んないけど、貴子ってばイッちゃってるわ…」
あ……。
満智子に奈緒子、他のみんなも引いちゃってる。
「これ、やっぱり絶対になにかあったはずよ。この気持ち悪い笑い方、間違い無い」
「ええ~っ⁈ そんなっ⁈ 本当になんにもないってば~っ」
満智子に追及されるものの本当になにも起きてはいない。
でも、それでもよくよく考えてみれば気付くことは意外と有るものだ。
そう、男鹿先輩って結構素直な人だった。確かに口は素直じゃないけど行動はいつでも素直で嘘が無い。
ああ、やっぱり先輩は最高。




