『SCHWARZ』
新学期に入ったその日の放課後、オレは河合達ZENZAバンドのメンバーを教室に呼び出した。
「どうしたんだ、お前の方から呼び出すなんて。もしかして本気で俺達のプロデュースをする気になったってか?」
そんなオレに瓶子が訊ねてきた。
「なんだ、話が早いな」
うん、なんとも好都合、それじゃ詳しい話に入ろうか。
「「はあっ⁈」」
それじゃ早速と思ったところ一同から驚きの声が返ってきた。
「いや、なんでだよ? そっちが言い出したことだろ?」
いかに軽口とはいえ口にする以上はこういう返答が返ってくることくらい考えていてもいいはずだ。
「そりゃあ確かにそうだけど、まさかそんな風に返ってくるとは思わなかったし」
対する瓶子の説明はこんな言葉だった。どうやら今のはオレの否定を前提にしたものだったようで、本当に冗談のつもりだったらしい。
まあ、オレとしては今まであまり積極的に関わらないようにしていたから当然か。
「だな。でもいったいどういう風の吹き回しだ? あれだけ公私混同がどうとかと頑なだったくせに」
オレの変心を訝しく思ったのだろう、木田が真意を質すべく問い掛けてきた。それは他のやつらも同じようで皆がオレに視線を注いでいる。
「まあ、確かにそれはそうなんだけどな。
でもやっぱりオレとしてはお前らが無下にされたのが癪なんだよ。
だってお前らはオレがこの学校のバンド連中の中から選び抜いたやつなんだぜ。河合に至ってはオレが直に声を掛けたやつだ。そんなやつらが集まってバンドを組んだってのに、ボーカルが亜姫じゃないってだけで無下な扱いを受けたんだ、面白いわけがないだろ。
しかもそいつはオレの選から漏れたバンドをプロにしようとしているってんだから、これが黙っていられるかってんだ」
オレは事情を説明した。これで納得してもらえただろう。
「もうっ、純くんってばっ。せっかくの友達思いの台詞も後半部分で台無しだよっ」
美咲ちゃんがオレを責めてくるけどこれは照れ隠しってわけじゃない。
「でも、確かにその人のしたことって純くんの面子を潰したってことになるわけだし、私としてはそっちの方が重要だわ」
かといって香織ちゃんの言うようにそっちの理由だけというわけでもない。美咲ちゃんの言うとおり連れを無下にされたって理由も有るのだ。
「まあ、どっちもオレの本音だけどもうひとつ重要な理由が有る。オレのプロデューサーとしての信用問題だ。もしこれを放置するようならオレには人を見る目が無いって認めるようなものだからな。飯塚さんに対する個人的感情を置いておくとしてもこのままってわけにはいかないんだよ」
というわけで、こうして名分ができた以上、公私混同というオレを縛る鎖は無くなったわけだ。なのでここからは堂々と干渉させてもらうことにする。
「さて、そういうわけなんで早速だがまずはバンドの名前の変更からだな。
一応『SCHWARZ』って名前を考えてきたんだけどどうだろう? 結構好い名前だと思うんだけど」
まさかこれからプロデビューを視野に入れてる者達がいつでも前座なんて冠した名前ってわけにはいかないからな。というわけでこれがオレの最初にすべき仕事だ。
「へえ、格好良い名前だな。俺達の師事した恭さん達デスペラードと同じイメージってこともあるし結構相応しい名前なんじゃないか?」
まずは瓶子が賛成か。
「だな。確かに俺達ってデスペラードの弟子みたいなものだもんな。
ところでやっぱりデビューするとなったらそこのところアピールしたりすんの?」
木田も賛成っと。
てか、こいつ、随分と気が早いな。まだデビューしたわけでもないってのに。
「訊かれればってことでいいんじゃないか?
まあ、無理にそう名乗らなくても恭さん達は弟分って認識してるっぽい感じだし」
とはいえ否定することもないか。これもある意味モチベーションに繋がるわけだし。
「僕も賛成。となると後は河合さんだけだね」
よし、虎谷もだ。さて、それじゃ河合だけど。
「俺にも異存は無えよ。
ところでこれってどういう意味合いなんだ?
あ、一応言っておくけど意味合いといってもドイツ語で黒とかそういうことを訊いてるわけじゃないからな」
河合も賛成。これで全員賛成で可決だな。
それにしても、由来っていう程の深い理由は無いんだけどな…。
「あ、純くんならそういうの有りそうだよね。フェアリーテイルとかWISHにもそういうのが有ったし」
美咲ちゃんまでが河合に続いてきた。
てか、おい佐竹、なんでお前まで疑わしそうにオレを見る?
「穿ち過ぎだって。意味合いなんて瓶子の言っていた程度だよ。
それにフェアリーテイルもWISHもリトルキッスと同じでデビュー曲に因んだ命名だろ。違うのはBRAINくらいのもんだ」
まさか美咲ちゃん、裏の理由のこと言ってるんじゃないだろうな。
とはいえやはり、尤もらしいことを言わないと納得してはくれないんだろうな…。
「まあそうだな、敢えていうならお前らの目指す黒のイメージは絶対的不変とか厳粛といった意志の強さと気高さのプラスイメージだな。逆に不安や不満の捌け口としての悪行イメージは要らないからそこは間違わないでくれ」
うん、これは大事だろう。兄貴達デスペラードだってちょい悪を気取った路線だが外道路線ってわけじゃないしな。
だいたいあれは世間に対する自己主張としての反骨だ。相手と主張をぶつけ合うことによりお互いの理解を深めようってのが目的なわけだからそこを間違ってはいけない。
まあ、世の中には秩序ってものがあるから、若者の意見なんて大人の権威により叩き潰され不良なんて呼ばれることになってるわけだけど。
そんなわけでよく悪の温床なんて言われるロックだけど、実際は己の主張を世間に対する悪行ではなく音楽で表現しようとしているんだからこれは善良な手段である。
そんな風に言えば世間を煽るだけ煽って自分達は手を汚さない無責任な連中なんて言う者達も出てくるだろうけど、でもあくまでも音楽は譬喩的なものなんだからこれを真に受けて乗せられたりする連中の方が悪い。そんなんじゃ表現の自由なんてとてもではないが認められないことになる。そこは聴く者がそれをどう受け取ろうとその後の行動はその者の自己責任だろうにな。
「なんだよ、やっぱり有るんじゃねえか。
でも、ちょい悪イメージが要らないってのは意外だったな。デスペラードの流れを汲むんだったらそういうのも必要になるかと思ってたのに」
河合が意外そうに言う。
「そんな余計なものは要らねえよ。デスペラードはデスペラード、お前らはお前らだ。
だいたいあの人達は素があれなだけだから。だからお前らも素で構わねえよ。てか、変にキャラを作ると後で泣くことになるだけだぞ」
確かに個性は他人との差別化を図るのには有効でアイドルなんかではよくみられたりする。
変な言葉遣いをしていたりするのはまだ良い方で、酷いのになると○○星の出身だとか前世が云々とか頭の奇怪しい設定付けをしていたりとかして、仕事が終われば陰で泣いているってのはよく聞く話だ。特に年齢を重ねてくるといい歳して痛いマネはつらいだろうからな。
他にもありもしない趣味なんてものもあるか。オタクの振りをしたりオカマキャラだったり……。
…ああ、嫌なことを思い出した。
嘗ての早乙女純はあくまでも仕事の上であってオレ自身に女性化願望は無い。むしろコンプレックスになっているくらいだ。昔から散々容姿で揶揄われてきたしな。
じゃあ亜姫はって? 言うな、後悔してんだから。
まあそれは置いておくとして、変にキャラ付けとかをするといずれ無理が祟ってくるわけで絶対につらくなってくる。だったら大した必要も無いのにそんなことをすることもないだろう。
「ともかくだ、反対意見も無いみたいだし今後のバンド名は『SCHWARZ』ってことで決定だな」
というわけで、こうして河合達のバンド名はこの日より前座としての仮称『ZENZAバンド』から正式な『SCHWARZ』へと変わったのだった。




