待てば甘露の日和あり
物事というものは必ずしも巧くいくことばかりとは限らない。努力は報われるなんていうけど、そこには相応にといういう言葉が隠れている。
でもだからといって腐ってばかりはいられない。そんなことじゃ未来の可能性まで腐らせてしまう。せっかくの希望の果実なんだ、ちゃんと育てはぐくんで 実らせたい。
「ぃよっし、できたっ!」
これで2曲目。我ながら結構なできだと思う。
現在秋の新曲の制作中。今のこれはWISHの曲である。
「でも、これってあいつらのイメージじゃないんだよなぁ…」
曲のタイトルは『Autumn Breeze』、意味は秋のそよ風。やっぱりあいつらのイメージじゃないよなぁ…。
因みにもうひとつの曲の方は『Whirlwind』、意味はつむじ風。こっちはあいつらにぴったりだ。
……うん、やっぱり『Autumn Breeze』の方は修正だな。あいつらのイメージに寄せよう。
乙女心と秋の空 女心は移ろいやすいの
だからしっかり捕まえて
どこかに飛んでいかないように
Autumn Breeze 吹く風は優しく
Autumn Breeze 時に気まぐれ
Autumn Breeze あの空の彼方
Autumn Breeze 日は眩しくて
うん、こんな感じか。
歌詞は交際相手とのマンネリな関係に退屈を持て余し始めた女のイメージ、要するに相手に倦きて きた倦怠期だ。
こういうわがままイメージは当にあいつらにぴったりだ。
さて、とりあえず曲制作はこれでよし。今ので4ユニット全て終わりだ。
あとはどこに売り込むかだな…。
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「よし、今日のところはこれまでか」
ここはとあるカラオケボックス。今日は河合への指導の日だ。
なんでカラオケボックス?なんて訊かれれば、これが秘密の特訓故だ。まあ学校の部室でもよかったんだけど、それじゃ秘密にならないしな。なによりも今はデビューの決まった辛島達が居座っているし…。
「それにしても、この特訓ってなんの意味があるんだよ。歌う前後に変なパフォーマンスなんてさせやがって」
河合が不満を零してくる。確かに普通のカラオケならば普通に歌うだけでいいからな。
「よく言うぜ、最初はノリノリだったくせに。女の子達が帰った途端にそれだもんな」
今日の特訓には高階とその友人達を呼んでいた。目的は河合のパフォーマンスに対する反応を見るためだ。オレの主観だけで考えるよりも、実際に第三者の反応を見た方が正しい判断ができるからだ。
なお、夕刻が近くなってきたところでそいつらを帰宅させているのだが、それは当然過ぎる当然だろう。遅くまで女の子を連れ回すだなんて、そんなのは言語道断だからな。
「るせえよっ。なにが悲しくて男ふたりでこんなこと…こんなの虚し過ぎるだけだろ」
そんな当然なことをした結果がこれである。あれから河合のテンションは駄々下がりだ。
このテンションという言葉だが本来は緊張感という意味合いで、俗にいわれる意味の方だと気分のノリってことになる。そして現在の河合はというと、両方の意味でダメな状態。
こいつが気分屋なのは解っていたけどこれはない。こっちまで気が削がれてくる。そんな理由で今日はこれまでなわけだ。
「はは、まあそう言うなって、一応は意味は有るんだから。
まあ、それは帰りながらにでも説明するよ」
カラオケボックスを出て駅へと歩く。
河合じゃないけど男ふたりってのは確かになんか虚しいな。
「ああ、それで今日の趣旨……つまり目的だけど、歌に馴れるってことの他にもうひとつ重要な主旨が……まあ主目的だな、それが別にあったわけで、それが例のパフォーマンスだ。
ほら、木田や虎谷も言ってただろ、お前のパフォーマンスって結構な割合でスベるんだよ。自覚が有るかどうか知らないけどな」
というわけだ。つまりあれはMCの練習だったわけである。
「た~っ、そういうことかよ。道理であんなことさせるわけだ。でも、俺ってそんなにスベって……るよな。悔しいけど確かにその通りか」
あ、一応は自覚が有ったんだ。
「でも、それならそれで説明してくれりゃあよかったのに」
河合がオレを責めるようにぼやく。
でも、一応は理由が有るのだ。
「まあ、確かにそれはそうだけどな。でも自然体でそれができるのが一番だろ? だからそう思っていろいろ仕向けて試してたんだよ」
オレは事情を説明した。
ただ、そうした事情の結果なのだが残念ながら微妙だった。良し悪しが極端に分かれていたのだ。
良くも悪くも調子に乗り過ぎなこいつはその扱いが難しい。今日は改めてそれを実感した。
でも一応才能は有るわけなんだし、なんとかしたいところだよな、こいつ…。
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物事というものは必ずしも巧くいくことばかりとは限らない。努力は報われるなんていうけど、そこには相応にといういう言葉が隠れている。
けど、それだけに巧くいった時はやはり嬉しいものだ。
「よっしゃーっ。CMのテーマ曲ゲットだぜっ!」
齎された吉報に思わず声を上げてしまった。
「珍しいですね、JUNさんがそんなにも燥いで喜ぶなんて。それでなんのCMが決まったんですか?」
声の主はこの春にWISHのマネージャーに就任した真屋さんだった。
はは、なんていいタイミングだ。
「○Rから受けてたやつです。とりあえずでWISHの新曲を渡してみたらそれでOKを貰えました」
正直言って少し意外だ。いかに秋の曲だからといってただAutumnと付いただけの『Autumn Breeze』で通るなんてな。行楽客をターゲットにしてるんだからそういったものが求められるとばかり思ってたのに。
ともあれだ。待てば甘露の日和あり 、どうやら運気が回ってきたようだ。ならばこれに乗らない手はないだろう。
よし、ここから挽回だ。
※1『育てる』と『はぐくむ』はどちらも『育』という漢字を使う同じ意味合いの言葉で、よく使われる『育て育む』という言葉は二重表現なようです。ただ、これは意味合いを強調させた表現として定着しており、『選り選り』『跳び跳ねる』等この手のものは少なくはないようです。
なお、『育む』は『育てる』に対し、より愛情を注いだ表現だそうです。
※2『倦きる』とは『気疲れする』という意味合いです。
※3『待てば甘露の日和あり』とは一般的にいう『待てば海路の日和あり』のことで、実はこの言葉の語源です。と言っても、単に『甘露』が『海路』に変わっただけですが。『雨に恵まれる』か『海が船出に適した波になる』か、どっちにしても『気長に待てば機会がくる』って意味合いです。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




