亜姫、再び
満天の星達の瞬く夜空
蒼き月と紅き月が厳かに交わる
静寂に満たされた大地
男と女が契りを交わす
Engage Moons 翳ることの無い 永遠の一瞬よ
Engage Moons 欠けることの無い 永劫の未来を
6月に発表されたデスペラードの新曲『Engage Moons』だ。より詳しくいうならば恭さんと葉さんの結婚に伴いその当日にCD発売となった結婚記念の曲である。
作詞作曲はもちろん『JUN』ことオレ、男鹿純。
歌詞が可怪しい?
いいんだよ、デスペラードの曲なんだから。というわけで、現実味よりもファンタジック なイメージで作った曲なわけだ。
いや、そんなことよりも、なんでオレがこんなことを言っているかといえば…。
「ひゅ~っ。ねえ、亜姫ちゃん、いっそこの際だから正式に俺達のメンバーにならない?」
「ちょっと恭さん、それじゃ約束が違うでしょ。あくまでもアタシは一時的なゲスト加入だったはずよっ」
現在オレは亜姫としてデスペラードのゲストメンバーとしてライブのリハーサルに参加している。役割はサブボーカルだ。
これには深い……こともないけど、ちょっとした事情が有って…。
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時は数日遡る。具体的には飯塚さんに河合達ZENZAバンドについて訊ねたその翌日のことだ。オレはマネージャーの藍川さんの下、デスペラードのメンバーを集めひとつの頼み事をしていた。瓶子達メンバーに対するアドバイスと指導だ。
河合? こいつはオレが担当する。
「話は解ったけどよ、お前、本気であいつらをプロデビューさせる気なのか? 確か公私混同がどうとか偉そうなこと言ってたはずだがよ」
兄貴がこう言うのも無理も無いことだろう。なんてったって兄貴の言う通りで、オレも最初はそんなつもりなんて毛頭無かったんだから当然だ。だが…。
「まあ、純くんの気性じゃな。なんだかんだ言いながらも自分の連れが無下にされるのが我慢できなかったってことだろ。やはりお前の弟だ。血は争えないってやつだな」
「ああ、それにあいつらって純くん選りすぐりの子達だろ。つまりそれを無下にするってことは純くんの目を否定することになるわけで、そりゃあ同業者としても無視はできないか」
兄貴の言に対し烈さんが、そして新メンバーの騨さんが理解の姿勢を示してくる。もちろん兄貴もオレに反対ってわけではなく単に疑問を口にしただけだろう。
「ええ。それにあの子達は一度私達の前座を務めてくれたわけだし、いわば可愛い弟分みたいなものだもの、それをこうも虚仮にされて黙って見てるだなんて、当然そんなことはないんでしょ?」
葉さんもやはり同意見だと恭さんに決断を促す。
まあ自分達の結婚を祝ってくれた縁の有るやつらのことだもんな。こう見えて結構怒っているのかも知れない。
「ということなんですけど、構いませんよね藍川さん」
最終的な決断はマネージャーの藍川さんに委ねられた。
まあ当然か。ある意味これは事務所内でのいざこざに発展しかねない問題なのだから上の意見を訊く必要がある。
「正直こういうことは避けるべきことなんですけどね…」
藍川さんが眉を顰める。
うぐっ、ダメか。やはり大人の対応が求められるか。
「ただ、デスペラードのイメージもあります。ここは乗るべき場面でしょう」
おおっ! ってことは、許可が出るっていうことかっ!
「ところで飯塚さんから聞いたんですけど、そのバンドに面白い子がいたそうですね。一度その子を紹介してもらえませんか?」
うおっ⁈ な、なんて早耳。
でも、これって誤魔化しは利かないだろうな。なんだか視線が怖い。
知らない子だと韜晦したいところだけど、そいつがオレの紹介だってことはすぐに調べは着くだろうし。
「無理ですよ。そいつにはそういう気が無いみたいなんで。だいたいその時だって一度だけってことで頼み込んで漸く了承を取れたんですから」
だがだからって、そんなことに応じるつもりなんてさらさら無い。
「そこをなんとかならないかな。無理は承知だけど一度は説得できたわけだろう。ならばそこを君の手腕でもう一度なんとかできないだろうか? こっちだって無理を通すことになるわけだからそっちもなんとかがんばってもらえれば助かるんだが」
ああ、これはダメだ。勝負が着いた。完全に詰んだと言っていい。恐らくダメだったと言えば、同じように返ってくることは火を見るまでもなく明らかだろう。
「とりあえずやるだけやってみます」
オレに他の選択肢が無かったのは言うまでもない。
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そして現在に至る。
「ああ。でも、本当に助かったよ。なんてったってせっかく新曲を出したってのにそれを演るのに必要な女性ボーカルがいないってんじゃ話にならないところだったからな」
恭さんの話が続く。
実はこれもオレがこの話を受け容れることになった一因だ。
結婚祝いのつもりで作った曲だったんだけど、それがまさかこうしてオレを縛る鎖になろうとは思いもよらなかった。
「まあ、仕方が無いですよ。まさか妊婦に物事をさせるわけにはいきませんからね」
現在葉さんは妊娠5ヶ月ってことらしい。妊娠中期ってことで一応は安定期に入ったわけだが、やはり立ち眩みが起きやすかったりと油断は禁物なわけで……ってか、お腹が大きくなってきたんだからできれば安静にしていてほしいところだ。
「って、そう言えばそろそろ赤ちゃんの性別が解る頃ですよね?」
確かこの頃だったはずだ。胎児の骨格等ができあがってくるのは。大きさはだいたい身長24cmくらいで、体重は240gと林檎一個分くらいの重さとか言ってた気がする。それがお腹の中で動き始めるのがだいたい今の時期かららしい。
「ああ、女の子らしいとか言ってたな」
ぶふっ。お、女の子…。
「な、なにも笑わなくたっていいだろ」
「い、いや、だって…っぶふっ」
ダ、ダメだ。赤ちゃん相手に顔を弛ませきってる恭さんだなんて…。
将来は相当子煩悩な父親となることだろう。増してやそれが女の子なわけだからまず間違いは無い。「大きくなったらパパのお嫁さんになる」なんて言われて喜び、「パパ嫌い」なんて言われて傷付く。そして嫁に出すとなって咽び泣く。
ダ、ダメだ、想像するだけで吹き出してしまう。
でも、それが幸せってものなのだろう。そんな日がくることを祈りたい。
……って、そんな現実逃避しても現状は変わらないか。
ああっ、本当にしくじったぜ、ちくしょーっ!
※1 この『ファンタジック』という言葉は実は海外には無い和製英語だったらしいです。『fantasy』に『ic』を付けて形容詞化したようですが、その場合正しいのは『fantastic』で『ファンタスティック』となります。
ただ、やはり日本語になると同じ語源でも微妙な差違が出でくるようで、本来の『ファンタスティック』は『空想的』、和製英語の『ファンタジック』は『幻想的』という意味合いで使い分けがされているようです。
どちらも『非現実的』ということで同一な意味合い、どこが違うのかと思うところですが……、まあ砕けたいい方をすれば『ファンタスティック』は『文学』的、『ファンタジック』は『サブカルチャー』的なイメージといったところでしょうか。そんなわけで、同じ語源でも現実からの乖離の方向性が違う模様です。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




