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純、白い目で見られる

 それは50代半ばと思われる男性だった。多分男性だと思う。でも、いったい誰だったっけ? 

 あの悪趣味な赤いスーツ。気取った黒のサングラス(ウェイファーラー)

 う~ん、どこかで見たような気がするんだけど…。


「ちょっと、どこ見てんのよ。そろそろ次が始まるわよ」


 みさ姉に促され舞台へと注意戻す。


「ああ、そうだったな。確か次はシークレットのやつら…」


 一瞬言葉を失なった。だってそこにいたやつらは…。


「な、な、なんであいつらが出てんだよっ⁈」


 そこにいたのは河合達、つまりZENZAバンドの面々だったのだ。


「へえ~、シークレットバンドって河合先輩達だったんですね。…って、男鹿先輩、聞いてなかったんですか?」


 高階が意外そうに訊ねてくる。

 だが、見ての通りだ。知ってたらこんなに驚かない。


「あなた、なにを聞いてたのよ。純くんは関わってないって言ってるんだから、そんなこと聞いてるわけがないでしょ。

 だいたい純くんはあなた達と違って忙しい身なんだから、そんなことに気を割いている暇なんて無いのよ」


 ただ、この香織ちゃんのこれは言い過ぎだ。

 まあ、高階に対する牽制目的なんだろうから、こういうことになるのだろう。


「なにもそんな言い方しなくてもいいじゃないですか。

 だいたい親しい間柄だったらそういうことって知らされてても怪訝しい話じゃないでしょ」


 奈緒子が高階をフォローする。

 だが、これじゃ殆ど売り言葉に買い言葉ってやつだ。誰が代理戦争をやれって言った。本人としては美しい友情のつもりかも知れないが、実態は醜い痴話喧嘩以外のなにものでもない。

 全く、これだから女ってやつは…。


「てことは、この子達が純の言ってた子なわけね。

 ……へえ、結構やるじゃない、この子達」


 そんな女達の争いを他所にみさ姉はステージに意識を戻した。

 しかし、なんでそんなに上から目線なんだよ。自分はまだ何者でもないってのに。そういうのは最低でもスタートラインに立ってから言えってんだ。


 だが、みさ姉じゃないけど今回もなかなかのできだ。河合が不在だったブランクもまるで無かったかのように感じさせない。否、河合の気合いが入っているせいかバンドメンバー達も()られるように調子が上がってきてるようだ。


「でも河合先輩がボーカルってことは、アキさんって人は本当にただの代役だったんですね」


 オレが河合達の関係の良好さに安堵していたところに水を差すような一言が。なんでそんなことを言うんだよ、高階。


「そりゃあ、こうして河合先輩が戻ってきた以上その子の出る幕なんて無いってことでしょ。

 それともやっぱりボーカルを交代させるんですか、男鹿先輩?」


 奈緒子がそんな高階を諭し……たかと思ったら、なぜかオレにこんなことを訊ねてきた。なんでそうなる?


「そんなわけ無いだろ。そのことについては前にも言ったはずだ。これはオレじゃなくあいつらが決めることで、なによりも本人がその気が無いって断わった話だってな」


 全く、迷惑なやつめ。終わった話を蒸し返してんじゃねえよ。


「うはぁ…。アマチュアバンドの仲間内でさえこんな争いがあるのね…」


 オレにとっては好ましくない話だったわけだが、それにみさ姉が可怪しな影響を受けていた。なんか怪我の功名となったっぽい。


「まあそうだな。これでみさ姉も解っただろ、この業界ってのは入口でさえこんな苦労があるもんなんだって」


 丁度都合が好さそうなので、ここで畳み掛けることにしよう。今回はみさ姉自身に納得するところがあるみたいだし。


「ええ、解ったわ。あんたがろくでなしだってことが。他人を(けしか)けるだけ嗾けておいて、いざとなったら知らん振りを決め込むなんて、全く薄情者なんだから」


 なあっ⁈ なんでそうなる? 納得してたんじゃなかったのかよ⁈


「本当、その通りですよね。男鹿先輩、そんなんじゃそのうち友達を失くしますよ」


 奈緒子からも軽蔑の言葉が。

 って、おい、誰もフォローしてくれないのかよ?


「大丈夫よ。そんな純くんでも私の愛は変わらないから」


 オレが欲しいのはそんな言葉ねえよ、香織ちゃん。


「そ、そうですよ。誰にだって欠点のひとつやふたつは有るものですし、それはこれから治して (※1)いけばいいんですから」


 おい、高階、お前もかよっ。それと今のって、『治す』じゃなくて『直す』だよな? ちゃんと『直す』って言ったんだよな? 病気じゃないんだから『直す』だよな?


「あ、つ、次の曲が始まりますよ」


 目を逸らしていたかと思えば、遂に話を逸らして逃げ出しやがった。高階、お前までか…。



 暗闇に覆われた空と

 赤く錆び付いた大地

 黒く妖しい影が 蒼い稲妻を喚ぶ

 Black Magic Black Black Magic

 Black Magic Black Black Magic

 Black Magic Black Black Magic

 Black Magic Black Magic



 続く曲はオリジナル曲の『Black Magic』。もちろんオレの作った曲だ。内容はファンタジー世界の黒魔術師をイメージしたもの。そんなある意味痛い曲だ。

 だが、今のオレは別の意味で痛い。居た堪れない。

 近年『痛い』という言葉は共感性羞恥を刺激する自己顕示欲や承認欲求を指していうが、今のオレはそれとはまた別の痛みに曝されている。一言でいうなら痛恨的悔恨である。

 別に恥ずべきことをしたとは思わないけど、他者からの非難に反論できないことをしたのは失敗だった。お陰で白い目で見られる羽目になってしまったし。

 何がキツいって、香織ちゃんや高階からのあの失望の視線だ。まさかそれがこれ程(こた)えるとは思ってもみなかった。

 だが、だからといってこいつらを特別扱いするような公私混同はできないし…。いや、こうしてこいつらに曲の提供をしてるんだからもう十分に混同しているともいえるか。でも、それでも最低限のラインは守れているはず。


「なあ、もういい加減勘弁してくれないか? これでも一応はあいつらに対して可能な範囲で物事をしてやってるんだしさ」


 そうだよな。今ので自覚したけれど、オレって十分に義理は果たしているんだ、文句を言われるのが可怪しいんだよな。


「なにを言ってるんですか、あんな他人を弄ぶようなことをしておいてっ」


 奈緒子が相変わらずの厳しさで責めてくる。


「ものは言い様だな。そりゃあ確かにオレが(けしか)けた形じゃあるけど、でもそれでどうするかについては当人達の自己責任だろ。

 それでも義理が有るからといろいろとしてやってるってことはさっきも言った通りだってのに、それを弄ぶときやがった。放置するって言えば無責任だとか言ってたくせに、全く勝手なことを言うもんだ。

 だいたいだ、お前らだってなんだかんだと応援してるわけだから結局は嗾けてるのと変わらないだろ。そうやって他人事に干渉する以上それは弄ぶのとひとつことだ。そんなお前らとオレのどこが違うっていうんだよ」


 オレにも負い目が有ったから大人しくしてたけど、さすがにこうも言われ放しってのは癪に過ぎる。なんでなにもしないで見てるだけの部外者にこうも責められなきゃならないんだよ。


「ご、ごめんなさい。言われれば男鹿先輩の(おっしゃ)る通りです。私達も他人のことを言える立場じゃありませんよね」

「ええ、それに純くんは口ではなんだかんだと言ってるけれど、実際はなにかと彼らの力になってるんだから見てるだけの私達とは大違いだもの」


 最初に折れたのは高階、それに香織ちゃんが続く。

 まあ、元々がオレに好意的なふたりだ、自身の非を認めるのにも抵抗は無いのは当然か。

 それに対して奈緒子は悔しそうに顔を(しか)めている。

 全くこいつは相変わらずだ。どうせオレに喰って掛かった手前引っ込みが着かないが反論もできないってことでジレンマ状態になっているのだろう。


「全く、あんたって子は。女の子相手にそこまでやり込めることはないでしょ。男のくせにみっともないことしてんじゃないわよ」


 せっかくのオレの反撃の機会も、このみさ姉の言葉により終了となってしまった。

 くそっ、さすがはみさ姉、オレの壺をよく弁えてやがる。自分でも解ってはいるのだが、この『男のくせに』って言葉にはどうして抵抗ができないんだよな。……全く、他人の劣等感に突け込みやがって。



 Heaven or Hell,Heaven or Hell,Heaven or Hell

 君をこの手に!

 Heaven or Hell,Heaven or Hell,Heaven or Hell

 全てを掴め!



 つまらないやり取りをしている間に気付けばステージも終盤となってしまっていた。当にしまったという状態だ。

 それにしても河合達はこの曲を締めに選んだのか…。

 まあ、最後にこの曲ってのは正解だろう。なんてったってこのバンドのオリジナルであるこの曲は、同時にこのバンドの代表曲でもあるわけだしな。



「はあ~…、前の『ウェズ』ってのもそうだったけど、本当純の知り合いの子達ってレベルが高いのね。特に今の子達の実力には驚きだわ」


 ZENZAバンドのステージが終わったところでみさ姉がこんな感想を漏らした。


「それは当然ですよ、(みさお)さん。なんてったって今のバンドはうちの軽音楽部の中から男鹿先輩が選りすぐりで選んだメンバー達なんですから」


 高階が自慢げにみさ姉に説明する。


「ええ、それに最後の曲を含めた何曲かは純くんのオリジナルの曲だもの、これくらいは当然のことですよ」


 それに香織ちゃんが負けじと続く。

 うん、間違い無く張り合ってるって感じだな。

 正直こういうのはって思わないでもないのだが、それでもその前のあれよりはまだ遥かにマシか。

 ……もしかしてこのふたり、オレに対するフォローのつもり……ってことはないな。そんなことなんて既に忘れて将を射んと欲すればってところだな、これは。


「なによ、あんた結局はあの子達に関わってるんじゃない。ずるいわよっ、あの子達だけっ。少しは身内にもそういう気遣いをしてくれたっていいじゃないのっ」


 で、やっぱりこうなる……と。

 全く、何度同じやり取りをさせる気なんだよ。本当みさ姉には困ったものだ…。

※1 この文章では『治す』となっておりますが、癖や性格の場合は『直す』が正解です。そして作中に有るように『治す』は病や怪我の場合に使われます。

 というわけで、ここでは性格の悪さを病気扱いしてるわけです。


※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の(にわか)な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。

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