純と仲間達の夏
7月。終業式が終われば夏休みだ。
いや、そんなの当然でいうまでもないことなのだが、オレの周辺は休みどころかこれからが忙しさ本番だ。
美咲ちゃんと佐竹はリトルキッスの準レギュラーであるクイズ番組の出演。夏休みってことで回数が増えているからな。きっと美咲ちゃんの珍回答と佐竹のツッコミがお茶の間を賑わわせる ことになるだろう。
天堂は俳優業が詰まっている。ちょくちょく剣道部や演劇部に顔を出していた成果だろうな。なにげにこいつは努力家なのだ。
レナとミナのフェアリーテイルは甲子園のリポーターの仕事だ。リトルキッスが高校一年生の時に受けた仕事ということもあって、現在同じ高校一年生のこいつらはとにかくやる気満々の様子。きっと良い経験になるはずだ。
WISHもそれなりに仕事が入るようになっている。デビュー当初のイメージが漸く払拭できたのだろう。これで増長しなければいいんだけどな。新マネージャーの真屋さんの手腕に期待だ。
そしてBRAINの三人だが…。
「晴海さん、三人の調子はどうですか?」
BRAINのマネージャーの晴海さんに問い掛けた。
「とりあえず予選は突破と順調だよ。問題は本戦の猛者達とどこまでやり合えるかだね」
なんの話のことかと言えば、全日本高校生クイズ王選手権大会、通称高校生クイズ王大会のことだ。
実はこのBRAINの三人はこの大会にエントリーをしているのだ。
まあ、当然だな。なんてったってこいつらは去年の大会で見初めたんだ。だったら今年も出場させないなんて手は無いだろ? なによりもこいつらはそういう路線で売り出しているわけだしな。
「任せといてくださいよ、今年こそは絶対上位に喰い込んでみせますから」
良昭達もやる気のようだ。なかなか頼もしい返事である。
「ええ、去年のあれは偶々ですって」
否、前言撤回。それは情けないだろう。
健次、失敗は潔く認めて反省しないと大成しないぞ。
「てよりもあれは事故みたいなもんだろ」
ああ、遂に言い訳まで。
まあでも確かに、浩司じゃないけどあれは事故みたいなもんか。
「でもそれは他のやつらだって同じだろ。美咲ちゃんのせいにしてんじゃねえよ。
てか、本人の前で絶対そんなこと言うんじゃないぞ」
とはいえやっぱりそれは自己責任。それよりも美咲ちゃんのことの口止めの方が大切だ。
「いや、言われなくても本人の前じゃ言わねえって。
でも、それって余り意味無いんじゃね? あれって絶対番組で取り上げるぜ」
まあ、そうだろうなあ。客観的に見ればあれって間違い無く面白珍場面だもんなぁ…。
「だからって積極的に言う必要は無いだろ。あれでも本人は気にするんだからな」
今じゃすっかりアレ系で定着しているけど、それでも本人は気にしているんだ。
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夏休みが忙しいのはなにも美咲ちゃん達ばかりではない。それ以外の者達だって当然忙しく活動をしている。
いや、これを一緒扱いにするのはちょっと抵抗があるな。
というのも…。
「ちょっと純っ、あんたなんで隠してたのよっ⁈ 従姉弟なのに水臭さ過ぎるでしょっ。お陰で周囲の子達に散々笑い物にされたんだからねっ」
去年大学生となったみさ姉だ。
でも今ごろか? あれだけ世間で騒がれたんだ、もっと早くからバレてるもんだと思ってたんだけどな。
あれ? でもオレの個人情報までは世間にバレてはいないんだったよな。うちの学校じゃもう殆ど知れ渡っているからそこのところ勘違いをしてた。
でもそれじゃなんでみさ姉の周りの連中はオレのことを知っていたんだろ?
「別に純のことを知ってたわけじゃないわよ。単にあの子達の親しい友人がそうだって噂になってただけだから」
ああ、そういうことか。確かにその情報は流れてたみたいだからな。
「てことは、みさ姉だけが正体に気付いたってことだよな。
でも、なんでそれでみさ姉が笑われることになるんだよ? 周りの連中にはそんなこと解らないはずだろ?」
謎だ。なんでそんなことになるんだ?
「ああ~……、それは……。まあ、私が話しちゃったから……かな?」
「はあっ⁈ なんでそんなことするんだよっ⁈」
全く、なんてことしてくれたんだよ。結局は謎でもなんでもなかったってわけじゃないか。
「そ、そんなことよりも今日はそのことで話が有って来たのよ」
話を逸らかしに掛かるみさ姉。だがその内容は大体予想が着く。
「ねえ、あんたのコネで私のこともなんとかなんない? どうせ仁兄達だってそれでデビューさせたんでしょ」
「あ、あれは…」
みさ姉の言葉に思わず言い淀んでしまう。だってあれはなあ…。
「あれは別の事情だよ。知らねえのかよ、兄貴達のデビューのきっかけを。
あれは偶々の事故で、兄貴達がリトルの曲を発表前に演っちまったからなんだよ。まあ、歌詞は違うし、編曲はされているんだけどな。
これって結構有名な話なんだけどなぁ」
あれって盗作を疑われたんだよな。お陰で両者の曲にJUNが関わっていることがバレて、そこでコネが発生したわけで。まあ、話題になったことで話が進んだってのもあるけど。
「まあ、きっかけはともかく、そんな兄貴達でもすんなりとデビューできたわけじゃねえんだよ。実際デビューまでに一年近く掛かってるしな。
否、正しくは一年近くしか掛けられなかったっていうべきか。たったそれだけの間にプロとして認められるだけの実力を付けなければならなかったんだしな。
前にも言ったけどプロの芸能人ってのはあれでも相当な苦労をしてんだよ」
はあ…、懸念していたことが本当のことになっちまったか。あの噂の中なにも言ってこなかったから自力でがんばってるもんだとばかり思ってたのに。
いや、多分そうだったんだろうけど、オレの正体を知ったことで安易な考えに取り付かれたってところか。全く迷惑な話だ。
「でも、逆に言えばその一年でプロになれたわけでしょ? だったら私だって…」
「ねえよっ。全く、何度言えば解るんだよ」
みさ姉の台詞に被せるようにして否定する。
「そりゃあみさ姉が芸能界に憧れるのは自由だし、それを目指すのも勝手だけだから止めないけど、だけどそこはそんなあまい考えでやっていける程生温いところじゃねえんだよ。それに入るのだって生易しいことじゃない。
だいたいだ、世の中にみさ姉みたいなのがどれだけいると思ってんだよ。あそこはそんなやつらが鎬を削って漸く辿り着ける高みなんだ、みさ姉みたいなのが苦労無しに横入り しようなんてとんでもない話だってえの。そいつらに対する冒涜だ」
まあ、それでもやっぱりコネは強いみたいで、その縁でデビューする者も少なくはない。二世タレントなんかがその解り易い例だろうな。
ただその一方で本当に本人の実力だけで登り詰めてくる者も存在する。最近じゃネットとかの動画配信なんかで一躍有名になってそこへスカウトが掛かるなんて話も珍しくはない。昭和の頃とは大きく時代が変わっているのだ。
……って、そうなんだよな。それを考えたら望達のスカウトって…。オレも古臭い手段を選んだものだ…。
「そんなわけだ。オレのコネを当てにしようだなんて馬鹿なことは考えないことだな。
まあ、そういう理由を無しにしてもオレはそういう公私混同をしないことにしているけど。
嘘だと思うんならZENZAバンドってやつらのことをWYVERNってライブハウスで訊いてみるんだな。そうすりゃそれが本当のことだって解る。
あ、でもオレのことは言わないでくれよ。これ以上みさ姉みたいなのに群がられるのは御免だから」
そうだよな。もしもオレがコネを使うとすれば、やっぱりみさ姉なんかよりもあいつらの方が優先だ。一応はあいつらの結成に関わったっていう義理が有るし。
まあ、そうは言ってもそんなことをする気なんてやはり無い。公私のけじめは大切だ。
今ごろはあいつらもがんばっているんだろうな。
肩入れする気は無いけれど、それでも応援くらいはしてもいいだろう。
さて、休み明けにはどんな話が聞けるやら。
※1 この『賑わわせる』って言葉ですが、どうにも使い方が難しいです。もしかすると『賑わせる』とするのが正しいのかもしれません。
一応調べてはみたのですが自動詞とか他動詞とか助動詞とか、難しい言葉だらけで頭が混乱するばかりです。こうして日頃から蘊蓄を並べてはいますが、その実態は無学が浅学を衒らかしているだけなので。
で、そんな中、ものは違いますが『味わわせる』という似た例を見つけました。これは『味わう』の変化。なので『わ』の後に『わ』も問題ないようです。
ただこちらは少し違います。『~を』とくれば『賑わう』ではなく『賑わす』と続くというのが問題。他動詞ではなく自動詞なわけです。なので『賑わさせる』か『賑わせる』となるわけで……って、あれ?
なんだか結論が出たっぽいですが、実は自動詞も使役の助動詞が付くことで他動詞に変化するという意見も。つまり『賑わう』と『せる』で『賑わわせる』でも良いみたいです。同じ意味の言葉になりました。
こうなるとあとは作者の好みということで『賑わわせる』としてみました。なんか『させる』とつくと強制イメージがあったので…。
[Google 参考]
※2『横入り』とは文字通り横から割り入ること。
作者としては普通に『横入り』という言葉で存在するものと思っていたのですが、実際にはそんな言葉は無いようで、代わりにあったのは『横入り』という同じ文字で同じ意味の言葉。実はこれって神奈川の若者発祥の新方言なんだとか。
ですがこの言葉、NHKの大河ドラマ・軍師官兵衛の台詞に普通に使われていたなんて話もあるくらいに結構な範囲で使われているようで、普通に標準語と思っている人達も多いらしいです。
というわけで、舞台は東京なわけですがあえてここではこの『横入り』を使わせてみました。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




