アキとZENZAバンドの二度目のライブ
変な頼み事をされた。ライブでボーカルをやってほしいと。
そのバンドは交通事故で出演できなくなったバンドの代役として出演することになったバンドなのだけど、今度はそのバンドのボーカルが盲腸炎で緊急入院。呪われてるのか?そのライブ。ともかくそんなライブに代役の代役としての出演依頼だ。
本音では断わりたいところだけど義理があるし、本気で困っているそんな相手からこうして頼ってこられるとやはり断わりきれない。そんな理由でそれを引き受けることとなってしまった。
しかしその本番は明日。ちょっとばかり不安だ。
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ライブ当日がやってきた。
一応イメージトレーニングとかはやってみたけどやはり不安。まあ、それでも引き受けたからにはやるしかない。
ええ~い、ケセラセラだ、なるようになる。
とりあえず自分で自分を強引に納得させる。
バンドの顔たるボーカルが不安そうにしていると仲間はもちろん観客にまで影響する。だからここは嘘でも自信を見せることが大事だ。決して不安の欠片でも噯に出す わけにはいかないのだ。
「ようっ、待たせたな」
陽気を装い瓶子達メンバーに声を掛ける。
??? なんだか様子が可怪しい。
ああそうか、いつもと格好が違うからな。そういやすっかり忘れてた。
今日の装いは黒基調の少しゴスロリ気味な衣装。序でに少しダーク寄り。…これってやっぱり地雷系ってことになるのかな…。
「ああ、なんだ解らないのか。
それじゃあ、そうだな……とりあえず亜姫って名乗っておこうか」
『亜姫』。実にジャストな名前だ。
『亜』とは不完全という意味。紛い物の自分にはぴったりだ。
『亜』とは二番手という意味。何かを追う者に相応しい。
『亜』は不吉を連想させる漢字。貴人の墓なんて意味が有るという。
あのデスペラードの前座を務めたこのバンドだ、ならばやっぱりダークなイメージだよな。
という理由で、『亜姫』とは『ダーク路線の紛い物の女』なわけだ。また『下克上を狙う悪女』なんて意味合いも有るかな。なんてったって『亜』とは『貴人の墓』という意味なんだから、転じればナンバーワンに引導を渡すってことになるもんな。もちろん『墓守り』って意味も有るから一応はリスペクトもするけど。
くっくっくっ、なんだか笑いが込み上げてきた。
二番手の連中のステージが終わった。
いよいよアタシ達の出番だ。
……うん、随分と口調が馴染んできた。キャラ作りって結構大変なんだよな…。
さて、ボーカルの役割といえばやはりバンドの顔を務めること。そんなわけでMCもアタシが担当だ。
実は瓶子がするとか言っていたんだけど、やっぱりその役はボーカルが定番。なによりも観客受けが好いのは絶対に可愛い女の子。
…なによ、文句ある?
アタシのMCは完璧。観客達の受けも好い。
メンバー達が不安そうにしてたけど、そんなの余計なお世話ってもんよ。これでもこういうことには慣れてるんだから。アナタ達とは踏んだ場数が違うのよ。
メンバー紹介を終えMCのキリがよくなったところで愈々曲に突入だ。よ~し、それじゃ一丁やりますか。
曲はデスペラードの『Kill Kill Kill』。
ふ、元がリトルキッスの『Kiss Kiss Kiss』なんだし、こんなの余裕のよっちゃんよ。
Kill,Kill,Kill♪ Kill,Kill,Kill♪
軽快なリズムで曲を刻む。
ふっ、どんなもんよ。会場はみんなノリノリじゃない。
続く曲はやはりデスペラードの『Fire』。
大丈夫大丈夫。この曲も結構カラオケとかで歌ってるから。
と、いうわけでこの曲もノリに乗ってシャウトする。
Burning fire! fire! fire!
Burning fire~!
う~ん、久々のステージはやはり気持ち好い。
これが自分の曲ならもっと好かったのかも知れないな。
そんな楽しいステージも次の曲で愈々最後。少し残念な気持ちは有るが仕方が無い。
それじゃラスト、決めるぜっ!
その仕上げとなる曲はZENZAバンドのオリジナル曲『Heaven or Hell』。そのせいだろう瓶子を始めとしたメンバー達が不安そうだ。さすがにそれを明からさまに態度にはしてはいないが見る者が見れば明白だ。
全く、そりゃあ心配なのは解るけど、でもそんな心配は不要だって。だいたいこの曲を作ったのはオレなんだし、知らないわけがないんだから。
…って、ヤバっ、キャラが崩れた。今日はこれで通すって決めたのに。
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ライブは無事に終了した。自分で言うのもなんだけどなかなかのデキだったと思う。
そう思ったのはオレだけじゃなかったようで、木田と虎谷がオレを正式メンバーに引き入れようと早速勧誘にきているし。
…って、ヤバっ、まただ。今日は男鹿純でなく『亜姫』ってことで通すって決めたのに。
「せっかくの話を悪いけど、生憎アタシにはその気は無いのよね。そういうことだから諦めてくれない?
だいたい今日のこの件にしたって本当は不本意だったんだから。そこを無理に頼まれての仕方なしでだったんだからね」
それはともかく、こいつらに対する返事だが当然ながら否定だ。なんてったってこっちはなにかと忙しい身。これ以上なにかをだなんてのは御免だ。
それにこいつら河合をどうするつもりなんだよ。もしかしてお役御免ってか? あんなやつでも実力は確かだし、ムードメーカーとしても十分適任なんだけどな…。
「あ、もしかして、もう既にどこかでバンド活動とかしていたりすんの?
あぁ~、だったら確かにそれは無理かぁ…」
オレ…じゃなかった、アタシの返答に木田がズレた納得を示す。
まあでも結果が同じならそこは拘ることもないか。
「へえ~。で、それってなんていうバンドなの? アキちゃん程の子がいるところなんだからさぞかし凄いところだよね」
否、そうでもなかった。虎谷のやつがこんなことを訊いてきてるし。木田に瓶子も同様とばかりにオレへと視線を向けてきている。
はは、確かにな。但しバンドじゃないけどな。それにもう引退した身だし
「あ、いや、今は特にそういうことはやってないんだよね……って、だからその気は無いって。そうやってカマをかけてくるようなマネしないでよっ」
素直に答え掛けて気付いた。これじゃいかにも遠回しで誘ってくれって言ってるみたいじゃないかと。
瓶子が呆れたようになにか呟いている。オレの耳が確かなら自爆とかなんとか。
くそっ、悪かったな。その通りだよ、ちくしょう。
まあともかく、亜姫の正体はバレてないみたいだしこのまま二度と姿を見せなければ済む話か。
うん、そうだそうしよう。全ては今日だけの話だ。
※1 通常は『おくびにも出さない』と使われます。作中のように漢字表記されることはあまりありません。
で、『噯』なのですが、実は『げっぷ』のこと。つまりこの表現は『腹のうちに秘めたものはたとえげっぷとしてでも漏らさない』という比喩なわけです。それを知らなかった無知な作者は『奥尾』と書くものだと思っていました。これじゃ場所が場所だけに出てくる物は『おなら』ですよね。(笑)
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




