瓶子とZENZAバンドの二度目のライブ
今回はZENZAバンドのベースの瓶子視点です。
その日男鹿がオレ達を集めたかと思ったら唐突にこんなことを言い出した。
「なあお前ら、この土曜日の晩空いてるか?
もし空いているようならバンドの出演依頼が入ってるんだけど」
はあ⁈ それってマジで言ってんの?
俺達に? 依頼? 俺達ってただのアマチュアバンドだぜ?
そりゃあ確かにライブの件は頼んだけど、でもさすがにこれはいきなり過ぎだろ。
だいたいこんなに急に予定ってとれるもんなのか?
いや、確か依頼って言ってたよな。つまり向こうから頼み込まれたってことか?
う~ん、マジで信じられない。
だが、男鹿が言うにはこれは冗談ではないらしい。
なんでもだ、本来の出演予定者達が交通事故を起こしたらしく、その時の怪我のせいでメンバー全員が出演不可能となったんだとか。そりゃあキャンセルってことにもなるわけだ。
「でも、だからってなんで俺達なんだ? これって男鹿の兄貴が持ってきた話なんだろ。だったら俺達なんかより、もっと相応しいのがいそうなもんだけどな」
疑問に思ったので訊ねてみた。
「そりゃあ相応しい連中はいるだろうけど、いきなりだからな。だからそうそう都合好く予定が空いてたりしないんだよ。それに対してお前らは殆ど暇を持て余してるようなもんだろ? だからお鉢が回って来た んじゃねえの?」
な、なるほど、それなら納得だ。通常は誰しも予定が有るもんだしな。
しかし言ってはみるもんだな。まるで棚ぼただ。
当然俺達にこんな都合の好い話を蹴るなんてことをする理由は無く、一も二も無しで 引き受けたのは言うまでも無いだろう。
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ライブ当日がやってきた。俺達にとっては二度目のライブだが、今回は正式なライブ出演だ。
というわけで前回以上の緊張があるのだが……。
だが一番の問題は別にある。よりによって河合のやつが急性虫垂炎で昨日入院することになったのだ。
この虫垂炎の原因についてはまだ全てが解明されているわけじゃないらしいけど、そのひとつにストレスと過労があるらしい。日頃から馬鹿な振る舞いの多い河合だけど、あんなやつでもそういうものと無縁じゃなかったんだな。もしかすると普段のあれは半分虚勢が含まれているのかも知れない。
幸い河合の代打は男鹿に頼めることとなった。癪だがあいつの歌唱力は河合に匹敵する程に高い。それはあのオーディションの時に思い知らされいる。きっと巧くやってくれることだろう。
「よう、待たせたなっ」
小柄な少女に声を掛けられた。
誰だ、この子?
他のメンバー達の様子を窺うがどいつも知らないと首を横に振るばかりだ。
でも、この子が声を掛けた相手は間違い無く俺達だ。
「ああ、なんだ解らないのか。
それじゃあ、そうだな……とりあえずアキって名乗っておこうか」
やはり俺達だ。だが、このアキという子については、こうして名乗りを受けた今でもやはり心当たりは無い。それは他のやつらも同じである。
まあ、とりあえず名乗るなんて言っているから本当の名前ではないのかも知れないが。
どうもこの子の言うには男鹿の代役で俺達のボーカルを務めるということらしい。
そういえば男鹿の姿をまだ見ていないな。
冗談だろ?……って追い返したいところだが今さらな…。
恐らくは男鹿に連絡をとってみたところで、無視か逸らかしが目に見えている。あいつのあの性格だからな。
つまり受け容れるしかなさそうだ。
くそっ、また余計な不安が増えた。
俺達の出番は三番目。だが、本番直前の今になっても男鹿は現れない。
くそっ、本気でこいつのボーカルでやるしかなさそうだ。
遂にステージが始まった。
始まってしまった。こうなったらもうこいつに期待するしかないか。せめて男鹿の目が狂ってないことを信じたい。
アキによるメンバー紹介が始まる。こいつ、あの時の場にいなかったくせに、いかにも初期メンバーだと言わんばかりのMC振りをしてくれやがる。本当そこは河合の立ち位置で、その代わりなんて男鹿くらいしか務まらないし認めてない。だというのに…。
なんだよこの会場の盛り上がりは。やはりこういうのは可愛らしい女の子じゃないとダメってことなのかよ。
MCが終わりいよいよ演奏に入る。
口は立つようだが問題なのは歌唱力だ。しかもそれもぶっつけ本番で俺達に合わせなければならない。果たしてそんなことが本当にこいつにできるのか。
うげぇ、マジか? こいついきなり完璧に合わせてきやがった。
正直信じきれないが、だが以降も完璧に合わせてきているのは事実。しかも滅茶苦茶巧い。
道理で男鹿が寄越すわけだ。いったいどこでこんな子を見付けてきたんだか。もしかしてデビュー前のアイドルか?
いや、今はそんなよりも自分の演奏だ。以前男鹿に指摘されたが、俺は余所事に気を散らされやすいのが欠点みたいだからな。
アキの高音ボイスが会場に響く。否、女性にしては低音か。まあそんなことなんてどうでもいいか。
Kill,Kill,Kill♪ Kill,Kill,Kill♪
曲はデスペラードの『Kill Kill Kill』。女の子が歌うにはどうかと思う歌詞だ。
……なんだけど、なんでそんなに楽しげに歌えるんだよ。まるでリトルキッスの『Kiss Kiss Kiss』のノリだ。まあ、ふたつは歌詞が違うだけで元は同一曲って話だから可怪しいことはないんだけど。
う~ん、やはり可怪しい。否、可笑しい。
だってこの会場のやつら『Kill』って連呼されて喜んでいるんだから。
…おっとヤバい、危うく手許が狂うところだった。
続く曲でもアキの歌は完璧だった。さっきのデスペラードの『Kill Kill Kill』は、まだリトルキッスの『Kiss Kiss Kiss』の半ば替え歌だから解らないでもなかったけど、でもこっちの『Fire』は話が別。これはデスペラードのオリジナルだし。
…まあ、この子がデスペラードのファンっていうのなら怪訝しいこともないのかも知れないけど。でもデスペラードって余り女の子向けのイメージじゃないんだよな。『Little Lover』とか『YOUをFUCK!』みたいな曲も有るし。
…っとヤバい、またやらかしそうになるところだった。
さあ、いよいよ最後の曲だ。
でもここにきて不安が。
というのも曲が俺達のオリジナルの『Heaven or Hell』だからな…。
こればかりはマジでヤバい。この子がこの曲を本当に知っているとは思えない。いや、一応知っているとは聞いているけど、でも俺達がこの曲を演ったのは一度きりだぞ。
またしてもそれは余計な心配に過ぎなかった。
確かに本人は問題無いと言っていたけど、でもここまで完璧にできるもんか?
剰りのデキの良さに驚いて遂に間抜け面を曝してしまった。まあ、それでも演奏の方はなんとかしくじらず済ませたけど。
そんな俺を知ってか知らずかアキは歌い続けていく。
君が微笑むCasual Smile
女神が嘲笑うSarcasm Giggle
俺はニヒルに勝負を懸けるぜ
いくぞ見ていろ乾坤一擲!
Heaven or Hell,Heaven or Hell,Heaven or Hell
君をこの手に!
Heaven or Hell,Heaven or Hell,Heaven or Hell
全てを掴め!
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はは、やりやがった。完璧だ。
これがライブ終了後の俺の心底からの感想だった。
こいついったい何なんだよ。下手すりゃ河合や男鹿以上だ。男鹿の知り合いってこんな化け物がごろごろしているのかよ。そりゃあ俺達を散々に扱き下ろしてくれるわけだ。
見れば木田や虎谷も俺と同じなのだろう、アキを必死に仲間に勧誘しているし。でも、その場合河合のやつはどうするんだ?
「せっかくの話を悪いけど、生憎アタシにはその気は無いのよね。そういうことだから諦めてくれない?
だいたい今日のこの件にしたって本当は不本意だったんだから。そこを無理に頼まれての仕方なしでだったんだからね」
だが俺のその心配は全くの無用だったようだ。
それにしても、全く取り付く島も無くあっさり、きっぱりと断わってくれたものだ。
でもあの時のあの様子だと、この手のことを本気で嫌っている感じは無いんだよな。実際随分と楽しそうにやっていたし。
「あ、もしかして、もう既にどこかでバンド活動とかしていたりすんの?
あぁ~、だったら確かにそれは無理かぁ…」
ああなるほど、そっちの方が納得だな。これだけの実力が有るやつなんだしそう考えるのが当然か。
「へえ~。で、それってなんていうバンドなの? アキちゃん程の子がいるところなんだからさぞかし凄いところだよね」
あ、虎谷じゃないけどそれは俺も気になるな。これだけの子がいるバンドなんだしきっと相当な有名どころなんだろうな。
「あ、いや、今は特にそういうことはやってないんだよね……って、だからその気は無いって。そうやってカマをかけてくるようなマネしないでよっ」
…なにこれ。こういうのってなんていうんだろ。自爆キャラ?
まあ、当人にその気が無いって言うのなら……無いんだよな?
なんにしても無理に誘うことも無いよな、俺達のところには既に河合がいるわけだし。
…しかしそっか。この子、今はフリーなんだ。
※1 いうまでもないですが『お鉢が回ってくる』とは『順番が回ってくる』という意味です。
この場面では依頼という形で指名をされているので『白羽の矢が立った』と逆の意味の言葉が相応しいのかも知れませんが、なんでこんなことになったのかを考えればやはり前者。本来の相応しい者達が都合でいなくなったため『残り物には福がある』みたいな形……はちょっと違うのでやはり『お鉢』。まあ、彼らからしてみれば予期せぬ話が回って来たので『棚ぼた』(希薄な幸運が舞い込む)とか『瓢箪から駒』(あり得ない冗談が現実になる)なのでしょうけど。
※2 この『一も二も無く』とは『反論のひとつも無く』という意味。逆の意味の『四の五の言う』と同じ表現です。
ともかくそんなわけでここのこの文章は二重表現です。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




