決戦は日曜日
とある日曜日。今日はライブの当日だ。
というわけで、オレ達は会場であるライブハウス『WYVERN』ヘとやってきている。
ここは兄貴達デスペラードがアマチュア時代からよく使っていたライブハウスで、初めてのライブもここで行なっていたらしい。
そういえば以前美咲ちゃん達と来た時もここだったんだよなぁ。
あの時は成り行きでゲスト出演させられたけど今回はそれをさせる気は無い。その点は前以て藍川さんに言い含めているのできっと大丈夫なはず……だよな。
舞台裏から観客席を見渡せば……否、正しくは立ち見なので席というのはあれだけど、まあそこは気にしないでくれ。
ともかく会場はほぼ満員で人、人、人でいっぱいだ。
お? あれは天堂か。あの長身はこの中でも一際目立つな。周囲が女性でいっぱいってのもある。
いや、でもさらにその周囲には男連中が。
まあ当然か、なんてったって今言った女性達の中には美咲ちゃんや佐竹に香織ちゃん、レナにミナなんて面子が揃っているんだから。
もちろん由希に朝日奈、向日、斑目も。あの目立つ長身は高階か。傍には奈緒子のやつもいるし。
あれ? よく見れば香織ちゃんの隣にいるのって瑠花さんか? 呼んだ覚えは無いんだけどな。
ああ、多分香織ちゃんが知らせたんだな。でもなんで?
まあいいか、別にそんなこと。
それにしても、錚々たる面子が揃ったものだ。いかにオレの友人連中とはいえ、半数近くが現役の人気アイドルなわけだもんなあ。周りから凄く浮き捲ってるし、ライブ以上に目立っている。今日の出演者達にはさぞかし複雑なことだろう。
兄貴達デスペラードはやはりプロということもあって本日のトリだ。
プロなんだからアマチュア勢の中でお山の大将を気取るなよなんて言うやつもいるだろうけど、恭さん達としてはアマチュアの頃のことを忘れないようにってことで時々こういうことをしているらしい。まあ、兄貴に言わせるとただのアマチュアのファンへのサービスってことなんだが……まさかな。本当にお山の大将気取りなのか?
否、単にアマチュア時代の友人達との関係を大事にしているだけだろう。路線でちょい悪を気取っているから鼻持ちならないイメージなだけで実際は気さくないい人達なのだ。
こんな恭さん達だから他の出演者達との関係は良好で、恭さん達の結婚を耳にした連中からは次々とお祝いの言葉を掛けられている。まあ、同時に冷やかしの言葉も付いてきたり、憎まれ口の冗談が交ざる こともあるけど。
「なんかこうして見ているとプロのバンドって感じがしないよな。いや、好い意味でだけど」
河合がこんな言葉を漏らすのも、このアマチュアバンド達との気安い交流せいだろう。なお、やはり失言の自覚が有ったようですぐにフォローを入れている。
「全く、調子のいいやつだな。まあでも確かにこの雰囲気は助かるけど。変に緊張しなくて済むからさ」
瓶子も他人のことは言えないと思う。まあ、河合のようなことが無いからそこはマシだけど。
「そんなの河合さん達だけだよ。僕なんて今でも緊張で震えが止まらないってのに」
一方で虎谷は未だこれだし。こんなんじゃ本番が思いやられる。
「やめてくれよ、せっかく忘れてたってのに。お陰で俺までまた緊張してきたじゃないか」
釣られて木田までがこんなことを言い出した。でもなんでだ?
「解んねえな。お前らなにもライブはこれが初めてってわけじゃねえんだろ」
バンドを組んでりゃこういうことの一回や二回はやってるはずだ。
「あ~、それを言われると俺まで不安になってくるな。俺達三人ともこういうライブは初めてだし」
はあっ⁈
なに? 瓶子までがそういうことを言い出すわけ?
「マジで⁈ いや、それでも学園祭とかのステージには出てんだろ?」
そう、こういう場を借りてってのが初めてでも、大勢の人前での演奏は初めてじゃないはずだ。
「学校のイベントとこれは別物だよっ。
だいたい今度はプロのバンドの前座だぜ。緊張するなってのが無理の話だろ」
「そうですよ。増して僕達は組んでまだ間も無いんだから」
オレの言葉に木田達が反論してくる。
まあ、言われてみれば納得できないこともないが。
「でも、お前らはそれを承知の上でやるって言ったんだろ。今さら尻込みしてんじゃねえよ」
全く呆れたやつらだ。これなら女の方がまだ胆が据わっている。
美咲ちゃんなんて初めての人前での仕事がテレビの生放送だったというのにそれでも堂々としていたんだぞ。当時はまだ中学生の女の子だったってのに。それに比べたら男のくせにこいつら情けなさ過ぎだろう。
ステージは進み遂にオレ達の出番がやってきた。と言ってもオレが出るわけではないのだが。
「さあ、いい加減覚悟を決めて行ってこい」
木田達の背を押してステージへと追いやる。
「ああ、任せとけ。最高のステージにしてやるぜ」
「お前の方は程々にな」…と余程河合に言ってやりたかったのだがやめることにした。正直また調子に乗ってやらかさないか心配なのだが、しかし今はこいつらメンバーの士気を高める必要がある、ここは河合を信用することにしよう。こんなやつでも多少の自制心は有るはずだし。
「よ~し、それじゃ一丁やるかっ」
瓶子も今じゃ快復し…いや回復しか。でも臆病風っていうくらいだから快復でもよさそうな気がするんだけど。
まあ、ともかく瓶子も今じゃすっかり前向きだ。
基本こいつも河合と似たタイプだからなあ。それだけに一番最初にその影響を受けたわけだ。
「だな。ここまできたらもうやるしかないし、だったらやれるだけやるだけだ」
続けて木田もその気になったようだが、これも前向きというんだろうか。
「そうだよね。それにせっかく貰えた機会なんだから無駄にするなんてできないし、せめて後悔しないようにしないと」
虎谷の覚悟も決まったようだ。
よし、それじゃ改めてだ。さあっ、行ってこいっ!
君は高嶺のBeauty Lady
俺は底辺、Dirty Boy
風に揺られる気ままな君を
いくぜ、この手にGet on with you!
Heaven or Hell,Heaven or Hell,Heaven or Hell
勝負を懸けろ!
瓶子達の演奏を背に河合の歌声が会場に響く。
曲は『Heaven or Hell』。ZENZAバンドのオリジナルだ。
結局河合達の熱意に負けて新曲を作ってしまったんだよな。香織ちゃんのことにしてもそうだけど、オレって押しに弱いから。
一応は恋愛に望む者の心境の歌詞だが、実際は成功を目指すこいつらの願望をこっち方面に変換したってのがこの曲の正体だ。じゃないと恋愛に疎いオレにその手の曲なんてできないし。
会場の反応はというと、これが思った以上の大盛況だった。
そりゃあ一応は森越学園の軽音楽部からの選抜して組んだバンドだけど、それでも所詮は即興で組ませた結成して一ヶ月程度の無名の即席バンドだ。増してや今日が初舞台なわけで、まさかここまでの盛り上がりをみせるなんて予想だにしていなかった。
前座の余興という目的は無事果たせたわけだけど、でもこの反響振り。
う~ん、面倒な話にならなければ好いんだけど…。
※1 前にもやりましたが、通常『冗談まじり』は『冗談交じり』が正解です。ただ『冗談混じり』と書かれることも少なくはないようです。
『交じる』は『区別がつく』、『混じる』は『一体化して区別がつかない』という違いがあるため、個人的には『冗談交じり』は『会話に冗談を交える』、『冗談混じり』は『言葉に毒等が含まれる』といった感じだと思っています。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




