ZENZAバンド、デスペラードと顔合わせをする -今さらだけどメンバー紹介-
ライブ本番一週間前。オレは河合達メンバーを連れて恭さん達の元を訪ねていた。
「この忙しい中すみません」
この言葉は本題前の枕詞みたいなものだが、同時にオレの本音でもある。実際今の恭さん達は目前の結婚に纏わる準備があったり、葉さんの脱退に伴い新たにドラマーが加入したわけだからライブ前にその調整もしなければならかったりと多忙なのだ。なので本来オレ達なんかに煩わされている暇なんて無いのだ。つまりオレ達は恭さん達にとって厄介な患いみたいなものなのである。
「いや、本当に申し訳ありません。なんか凄い無理なことを頼んでしまって」
オレの言葉に他のメンバー達も続く。こうして当人達を直に目にしたことで本気で実感が湧いてきたのだろう、皆畏縮し捲って小さくなっている。小心者のドラムのやつなんてもうぶるぶると震え捲ってるし。…こいつ漏らしてないだろうな。
「はは、まあ別にそれは構わないさ。だって俺達の余興を務めてくれるわけだろ」
一方で恭さんはなにも気にしていないかのように気安い態度で応じてくれる。しかもこんな風に喜ばしいことみたい言ってくれるし。
これが大人の懐の大きさってことか。なるほど大きな人で大人って読ませるのにも納得だ。
「ええ、そうね。その代わり期待してるわよ。だって純くんが用意してくれた子達なんでしょ?」
ただ、葉さんのこれにはちょっと困る。
「ちょっと、プレッシャーを掛けないでくださいよ。そりゃあこいつらは森越学園の軽音楽部からの選りすぐりですけど、それでも所詮はアマチュアなんですから葉さん達プロと一緒にしないでくださいよ」
ああ、メンバーの緊張度が一気に上がってしまったし。葉さんの悪ふざけにはまいったものだ。
「へえ、選りすぐりか。そりゃあ期待できそうだ。
で、こいつらのデビューっていつ頃なわけ? 俺達の弟分ってことになるんだろ?」
ええっ⁈ 烈さんまで乗ってくるのっ⁈ この人って良識人だとばかり思ってたのに。
「ああ、そう言えばそれは気になるな。なんてったって俺達と縁のできる相手だ、そこは是非知っておきたいよな」
ちょっと、恭さんまで。
「そうですね。その必要は有るでしょう。そうなるといろいろと考えることも出てきますね」
ええっ⁈ 藍川さんまでっ⁈
こんな話になってきたせいで、これまでガチガチに固まっていたメンバー達も今度は期待の目でオレを見つめてきているし。
「ち、ちょっと待ってくださいよっ。オレにはそんな気なんて有りませんって。だいたい今抱えている連中だけで今は手いっぱいなんですから。
だからお願いですからこいつらに変なこと吹き込まないでくださいよ」
マジな話になってくる前にオレは慌てて否定した。
いや、だってだぞ、恭さん達までなら冗談で済むけど、てもマネージャーの藍川さんまでが加わるとなると話が変わる。仮に藍川さんが冗談のつもりだったとしても、話の流れ次第じゃ冗談に現実味が出てきて冗談で済まなくなってくる。なのではっきりと否定する必要があるのだ。
「へえ~。一応話には聞いていたけれど、今の話だと本当にジンの弟ってあのプロデューサーのJUNだったんだな」
話に入ってきたのはデスペラードの新メンバーでドラム担当の段田騨 さん。響きからして冗談みたいだがちゃんとした本名であるらしい。ドラムを始めたのはこの名前故なんだとか。
でもこの『騨』ってのは『連銭葦毛』つまり『青黒の毛色に白い斑のある馬』という意味なんだけどなあ。まあ、だからといって競馬にハマるよりはマシだけど。「男だったら馬単だぁ~!」なんて感じに。い、いや、これはただの駄洒落なんだけど……でも、名付け親は本当に競馬狂いなのかも…。
「あ、どうも初めまして。仁の弟の純です。騨さんのお話は愚兄からいろいろと聞かせてもらってます」
先ほどはあんな風に説明してみせたけど実際に顔を合わせるのはこれが初めてだったりする。
「誰が愚兄だっ。帰ったらお仕置きだから覚えておけよ」
と、ここで兄貴が横槍を入れてきた。まだ挨拶の途中だってのに。
「なんでだよっ。これは他人と話す時の基本だろっ。別に貶しているわけじゃないのそんなことを言われるなんて無茶苦茶だっ」
全く、これだから頭の弱いやつってのは。落としてはいるけど貶めているわけじゃないってのに。
「くっはっはっはっ。なるほどふたりの兄弟仲は好いようだな。正直ひとりっ子の俺には羨ましい限りだ」
仲が好いって…。それは兄貴に合わせるこっちの苦労を知らないから言えることだ。
「やらねえからな。あくまでもこいつは俺のもんだ」
おいこら、人を物みたいに言ってんじゃねえ。
まあ、それでも兄貴なりにオレを評価しているのかも知れないけど。
兄貴の馬鹿な横槍で中断した話をいい加減元に戻すとしよう。だいたい今日本来の目的をろくに果たせていないんだし。
というわけで、オレは今回の選抜メンバー『ZENZAバンド』の面々の紹介を始めた。
まずはボーカルの河合。
認めるのは癪だがなにげにその実力は高い。歌唱力が高くノリも良い。しかもそのノリに乗ってくるとさらに実力を発揮させる良い意味で調子に乗るタイプ。
但し調子に乗り過ぎるとスベってやらかすことがあるのがこの前の一件で発覚。
思うに勢いで物事をするタイプなんだろうな。本人にも自覚が有るのだろう、物事が口先だけなのは自制の顕れなのかも知れない。
次はギターの木田太郎。三年生。
こんな名前だがギター担当だ。決してピアノを弾くわけじゃない。本人の言うにはキダ・○ローじゃないんだからピアノじゃなくったっていいだろうってことだ。恐らくは過去に何度となく揶揄われたことがあるのだろう。
こいつの特技はギターの速弾き……ということらしい。但しただ速いだけでその正確さの方は怪しい。
う~ん、なんでギター弾きは速さに拘るんだろう。謎だ。
続いてベースの瓶子史郎。三年生。
こいつは素直にレベルが高い。それ故の抜擢なのだが……。
こいつはせっかくの実力を腐らせるタイプ。真面目にやる分には一級品なのだが、残念ながらこいつはやたら余所事に趨る。とにかく気を散らせやすいのだ。
この前のオーディションの時なんて、パフォーマンスにばかり気がいっていて、肝心の演奏はイマイチ。まあ、それでもそこそこだったんだから一応実力は有るんだよなぁ…。
最後にドラムの虎谷直人。二年生。
残念ながら実力はまだまだの発展途上。ただ本人にその自覚が有るせいかとにかく基本に忠実。よくも悪くも目立たない。その分くせも少ないため他のメンバーが合わせ易いのが利点だろう。
図体がそこそこ大きく体力も有りそうなのだが、反して内面が弱い小心者なのが問題点。恐らくは本人の実力不足と三年生が多い中での二年生なのが原因……だと思いたい。
真面目な性格なので将来伸びることに期待だ。
と、以上が『ZENZAバンド』のメンバーである。
えっ? オレ? オレは基本関係は無いかな。
まあ、あえていうなれば今回限定のプロデューサーってところだ。ずっと続けるつもりは無い。無いんだけど…。
どうにも周囲の期待が重い。オレにその気なんて無いのに。
ああ、お願いだから面倒なことにならないでくれよ。
※1 この人物の名前ですが、実際には『騨』という漢字は標準字体である異字体の『驒』を含め人名用に登録されていないようです。まあ、この漢字自体『飛騨(飛驒)』等といった地名等にしか使われる機会が無いですしね。一応は『騨々(たんたん)』(馬の疲れ喘ぐ様)みたいな言葉もあるのですが…。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




