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デビューさせる気は無いんだけどなぁ…

 あれから放課後は、ほぼ毎日のようにメンバーを集め練習に励んでいる。通常ならば他のバンドの練習があるためこんな風に場が空くことなんて無いのだが……まあ、こうしてメンバーを引き抜いてたわけだから当然活動に支障が出るわけで、その間は活動も休止となるわけだ。

 そんなオレ達の周りには今日も美咲ちゃん達が見学に来ている。そのせいだろう河合のやつは今日も乗り気だ。


「なあ、せっかくの新生バンドなんだし、どうせならそれに合わせて新曲を作ってくれよ」


 河合が馬鹿なことを言い出した。


「なに言ってんだよ。たった一回やるだけのバンドにそんなことする必要なんて無いだろ」


 気持ちは解らないでもないが増長し過ぎだ。あくまでもこれはこの場限りのバンドなんだからそんなことに気を遣う意味も無い。


「あ~、でも気持ちは解るなあ。本来所属するバンドの仲間には悪いけど、こっちの方が好いんだよなあ。レベルは高いし、有名プロデューサーは付いてるし。いっそ今いるバンドを抜けて、このままこっちで正式にやってきたいくらいだ」


 ベースが河合に共感を示す。


「ああ確かにな。なんかここでやってると自分のレベルが上がってるような気がして(すげ)え気持ちが好いもんな」


 ギターもそれに賛同する。


「あっ、それは解る。普段と変わらないことしかできてないはずなのに、なぜか思った以上の演奏になってて、正直自分の演奏とは思えない気分になってくるんだよね」


 そしてドラムも。


「言っとくけど、これは今回だけだからな。

 まあ、それでもお前らがやりたいって言うのならオレにそれを止める権利は無いけど、その代わりオレは関わる気は無いからその時はお前らだけで勝手にやっていくんだな」


 冗談じゃない。オレにそんなつもりは無いんだ。捲き込まれるなんて真っ平御免だってえの。


「ええ~っ? そんなのもったいないですよ。せっかく男鹿先輩がこうしてがんばっているのにっ」


 珍しく高階がオレに異論を唱えてきた。というかこいつが積極的にものを言うこと自体が珍しいのだが。

 傍では奈緒子が腕を組みうんうんと首を縦に振っている。でも、恐らくは高階の意見に賛同というよりも行動に対する賛称だろう。


「なに言ってんのよ。純くんにこんな茶番にずっと付き合えっていうの? 純くんはあなた達と違って忙しい身なんだからそんな無駄な時間なんて無いの」


 一方でオレに賛同してくれたのは香織ちゃんだ。ただ言い方ってのが有るだろうに。まあ、恐らくは高階に対する対抗意識だな。多分高階がオレに味方をしていたとすれば逆の意見を言ってただろう。

 それよりも、あとの「デートの予定も取れないのに」って周りに聞こえるような呟きは余計だ。それじゃオレにその気が有るかのようじゃないか。もしかするとこれも高階に対する挑発なのだろうか。

 う~ん、香織ちゃんってなにげに高階をライバル認定してたんだな。


「ねえ、純先輩。あの女って何者なの? 随分と馴れ馴れしい関係みたいだけど。まさかまた新しい女ってわけじゃないですよね?」

「うわぁ…、純先輩ってば、またですか?」


 レナとミナが白い目をオレに向けてくる。恐らくは香織ちゃんの態度からこの状況を察したのだろう。こいつら無駄に鋭過ぎる。

 いつものように誤解と言えれば好いのだが、残念ながらそうではない。

 はあ…。オレにはその気なんて無いのにな…。


「ま、まあともかく、香織ちゃんの言うことはおいとくとして、オレとしては別の理由も有るんだよ。

 だいたいだ、同じ学校の知り合いのバンドなんて公私混同を疑われるだけだろ?

 そりゃあ一応はオーディションで選んだわけだけど、そんなの学校外のやつらには解らないし、そこにオレの欲目が無かったなんて証明できるわけでもない。

 それにやっぱり即興の即席バンドだしな、香織ちゃんじゃないけど本気でモノにするにはまだまだ時間が掛かるんだよ。とてもじゃないけどずっと面倒を看続けるのは難しいわけだ」


 レナ達の視線を躱すわけじゃないけど、話を本題に戻した。あのまま脱線を続けていれば最早本題どころの話じゃなくなりそうだったしな。

 いや、だからオレの都合を優先させたわけじゃないって。そりゃあ全く違うとは言わないけど、この場の重要度が違う。優先させるべきは本題だ。


「う~ん、そうだよね。純くんとしては立場もあるし、それに仕事も忙しそうだし、やっぱり時間を作るのは難しいよね…」


 最初に理解を示してくれたのは美咲ちゃんだった。さすがに付き合いが長いだけのことはある。

 とはいえやはり残念そうだ。

 まあ、河合とは一応は友人だからなぁ。


「ま、そういうことじゃ仕方ないわよね。

 でも、一応仁さん達のライブまでは面倒を看るって言ってるんだからそれまでは時間は有るってわけでしょ。だったらその間に実力を付けてライブでその成果を見せることができれば少しは話も変わるんじゃない?」


 全く、由希も無茶を言う。


「でもそれだけじゃ周囲を納得させるには弱いかな。やはり実績がものをいうわけだし、一朝一夕ってわけにはいかないんだよ」


 本当は由希も解っているはずなんだけどな。現実はそんな根性論だけでなんとかなるような甘いものじゃないってことは。


「だけど無意味ってわけじゃないでしょ。それでも実績は実績なんだし。…って、確かに純の言う通りよね…」


 ああ、やっぱりな。つまりは感情論だったわけか。やる瀬無い (※1)思いを持て余していたってわけだ。冷静なようでいてこいつも根は熱血タイプだからなぁ。


「まあでも由希の言う通り一応は実力は付くわけだし、実績であることには違い無いんだ。努力は無駄にはならないさ。

 だから本気でやるっていうのなら次を狙うのもアリっていやアリだ。

 と言っても、先に言った通りでオレはそれに関知するつもりは無いけどな」


 元々はそんな話ですらなかったのを妥協で結成した一回限定ユニットだ、それ以降のことなんて責任は持てない。仮令(たとえ)投げっ放しと言われてもな。


 まあ、それでもやるっていうのなら、その時は応援くらいはしてやるか。

※1 この『やる瀬無い』の『瀬』とは『場所』という意味。つまり『やる瀬無い』とは『やる瀬が無い』ということで『やる場が無い』という意味です。よく『やるせぬ』というのを見かけますが、実はこれって間違った使い方だったんですね。


※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の(にわか)な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。

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