河合くん Go Fight!
バンドメンバー達との顔合わせ及び打合せ、その他いろいろな取決めについての話し合いを終えたオレ達は、学校近くのカラオケへとやって来ていた。
河合のやつが「ええ~っ、まだ歌えっていうのかよ」と顔を顰めていたがあえて連行をしている。なんてったって今日の主役はこいつだから。
なお、河合が嫌がっていた理由というのは、まあ例の失言によるものだ。大勢の前であんな態度をとったからには、その実力を示さない限り収まりなんて着くわけがなく、結果そういうことになったのだ。
で、この河合だが、意外にもその歌唱力は高い。あの場の全員を納得させてしまうくらいに。
オレがそのことに気付いたのは、まあ予想が着くだろうけど今みたいにこいつと一緒にカラオケにきた時だ。
いや、本当に驚いた。人は見掛けに依らないというけど、まさかこいつにそんな才能が有るなんて思わなかったから。
本人は意識していないみたいだったけど、呼吸が自然と腹式でできていた。そのこともありビブラートや声の強弱緩急ができていたので歌の表現の幅が広く、また息が長く続くので声が途中で嗄れ たり途絶えたりすることも無い。
正直こいつを褒めるのは気が進まないのだが、いわゆる天才タイプなのだろう。認めたくはないが事実なのだから仕方が無い。
そんなわけで巧く唆してこうバンドのボーカルに据えたのはいいのだが、せっかくの才能も研かなければ錆び付くだけ。オレがこいつをここに連れて来たのはそういった理由からである。
「いや~、こうして男鹿先輩がカラオケに誘ってくれるだなんて、やっぱり来てはみるもんですね~」
この台詞は奈緒子のものだ。当然その幼馴染みである高階も一緒。あと、こいつらの友人らしいバンドの三人組も一緒だ。
「すみません、男鹿先輩。でも良かったんですか、私達なんかが一緒で」
相変わらず奥ゆかしい高階。
「ダメなら誘ったりしないって。だいたい男だけでこんなところに来たってつまらないだろ。
ほら、こいつを見てみろよ。すっかりとご機嫌になってやがる」
というわけで、そっちの方に目をやると…。
「や~、河合先輩って凄かったんですね。正直なんであの場にいたのか不思議だったんですけどあの実力なら納得です」
「ええ、これで全くの素人だっていうんだから驚きです。河合さんって本当に音楽業界とは無関係なんですか?」
「本当、あの実力だもの、絶対どこかでそういうことやってる人だと思ってたわ」
河合にまさかのモテ期が来ていた。仲好くやっているだろうとは思っていたけど、まさかここまでちやほやされ捲っているだなんて。これ、恐らく人生の女運全部をここで使ってるぞ、きっと。
「よ~し、それじゃいっちょ歌うかっ」
河合もすっかり乗りきっていて、あれだけ歌うのを嫌がっていたのが嘘みたいだ。
「男鹿先輩は歌わないんですか? 男鹿先輩も河合先輩に負けないくらいに上手なのに」
負けたとばかり思ったのか高階がオレにも歌えと勧めてくる。否、こいつの場合奨めるか。自分も歌うとは言わないし。
「はは、確かにな。せっかく来たのに歌わないってのはないよな。
でも、今日の主役は河合だしオレの方はウケ狙いの曲にしておくか」
というわけで、オレが選んだのは一昔前?のアニメの曲だ。
「私は~、強い~♪」
なお、この歌詞の『~』の後にはそれぞれ合いの声が入ったりする。
「おいっ、その選曲って態とかよっ」
もちろん河合の指摘通り態とだ。例の河合のやらかしに対する当て付けである。
「走る~、見事に~♪」
そんなわけでオレは無視して歌い続けていく。
「ああ、なるほど確かに言われてみれば、あの時のアレへの当て付けだわ。
走って滑って見事に転ぶ。独り善がりでつっ走って見事にスベってコケたわけだから全く歌詞の通りよね」
まあ、要するに奈緒子の説明通りである。
「キン○マ~ン、Go Fight~!」
できればここは、河合くん Go Fight!でいきたいところだけど替え歌で歌うのは露骨だしな。とりあえずこのままでいいだろう。
こうした冗談を混じえ ながら、時々河合に改善点をアドバイス、元い指導をする。はっきり悪いと指摘してやればよいのだが、こいつの機嫌を損ねたくはないので婉曲になるのも仕方が無い。
基本的に今日はこいつの機嫌を伺いながらでやっているからな。そうでなければ女の子達を同伴している意味が無い。譬るなら接待レッスンとでもいうところか。
ああ、なんとも面倒臭い。でもこいつに嫌と言われればまた別のボーカルを探さなければならないし。
いや本当、こいつの代わりが務まるやつなんてそうそういるわけじゃないからなぁ。かといってオレがやるのは御免だし。
まあ、それもライブ本番までの我慢だ。
…って、ああ、やっぱり面倒臭い…。
※1『嗄れる』は通常は『かれる』もしくは『しわがれる』と読みます。ただこの『嗄れる』も間違いではなく、他に『嗄れ声』といった読み方もあるようです。
※2 正しくは『冗談を交える』みたいです(?)。ただ、ここでは上に『話に』という言葉が隠れており『冗談半分的に』という意味合いをもたせたいので、あえて『冗談を混じえる』と表記しております。
確かに『相手と冗談を交わす』ことを途中途中でしているのですが、それを強調したいわけではありませんので。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




