結成『ZENZAバンド』
オーディション翌日、オレは軽音楽部部室に例のメンバー達を集めていた。仮称『前座バンド』ってことにしておこうか。
「いや、さすがにそれはないだろ。せっかくの選抜なんだからもう少し格好の良い名前にしてくれよ」
それを言うとメンバーからこんな意見が出たが、別にそんなことどうでもいいだろうにな。
「そうは言うけど、こんな一回こっきりの即席バンドに御大層な名前なんて必要ないだろ、それこそ痛々しいだけだ。でもそうだな、確かに『前座』じゃ締まらないし、ここは『ZENZAバンド』って表記を変えてみることにするか」
どういうわけか表記をアルファベットに変換するとそれに伴いイメージも変わるんだよなぁ。意味は全く同じなのに。恐らくは日本人の欧米に対する劣等感なのだろう。その証拠に『전좌バンド』なんて表記しても……意味はピンとこないけど、音感はなんか面白いな。読みをそのままに平仮名で『ちょんちゃバンド』にするのもアリか…。
「無えよっ。なんかそれじゃお笑いバンドみたいじゃねえか。それならさっきの『ZENZAバンド』の方がまだマシだ」
そうだろうか?
見れば今のこいつだけでなく他のやつらも肯いている。
「う~ん、とはいえ『ちょんちゃバンド』の方も捨て難いんだよな。音がやんちゃと似ていて面白いし、音の響きが楽しげだろ。
だいたい前座ってのは所詮本番前の余興なんだし、そんなに格好を気取っても意味が無いだろ」
と、オレは推してみたのだが、メンバーを含めた満場一致で否決となった。
う~ん、確かにふざけたネーミングだけど、別にふざけて提案したわけじゃなく、至って真面目だったんだけどなあ。
だいたい『ZENZA』だって『MANZAI』みたいでお笑いイメージは有るはずなのに…。
まあ、決まったことは仕方が無い。未練は残るが大人しく諦めて話を進めることにしよう。
現在ここに集まった面子は顧問教師とバンドのメンバー、そしてこいつらが本来所属するバンドの仲間達、……あと若干名の野次馬連中。
いや、別にそれは構わない。この部の部員達ついては。ただ…。
「ところで、なんで部外者のお前がここにいるんだよ」
そう、ここにはなぜか高階とその友人達が来ていたのだ。
まあ『Chocolate Sunday』…だったか?この三人は軽音楽部所属の部員達だからまだ解る。でも、高階とその幼馴染みの方は完全に部外者のはずだが。
「ええ~っ? だって男鹿先輩、普通に会いに来ていいって言ったじゃないですか~」
いや、確かにそうは言ったけど…。でも時と場所を選ぶくらいは、TPOくらいは弁えておけってんだ。
「す、すみません。なんか奈緒子に強引に連れて来られたもので…。本当、ご迷惑を掛けてすみませんっ」
ああ、なるほどそれはそうだろうな。高階は奥ゆかしい性格だけど、対してこの奈緒子ってのはやたら面の皮が厚いみたいだからな。
「あの、貴子達には私達の付き添いで来てもらっただけなんで、そう怒らないであげてくれませんか」
先ほどの三人組のひとりがオレ達の仲裁に入ってきた。
ああ、一応名分は用意してたんだな。まあ、そうじゃなきゃ高階が納得するわけないもんな。当然といえば当然だ。
「全く、お前は相変わらずだな。普通はこんな可愛らしい女の子達が懐いてくれば喜んで受け入れるもんだろうに、本当お前は変わってる。できることならば俺と代わってほしいくらいだぜ」
さらに奈緒子に助け船が入った。否、正しくは助け船というよりもオレに対するただの茶々入れなのだが、それでも話に水を差すくらいの効果はある。
「そうですよっ!
…って、男鹿先輩、他人のことをとやかく言ってくれましたけど、先輩だって部外者を連れ込んでるじゃないですか」
奈緒子もそれに乗じてきた。但しせっかく援護してくれたそいつを生け贄にする形でだが。
奈緒子の指摘に他のやつらもオレに注目の目を向けてきた。
いや、今は二重表現とかそんなはツッコミはいいから。
「そう言えばずっと気になっていたんだけど、でも君のことだからただ連れて来ただけってことはないんだろ?」
顧問がこの場を代表するかのようにオレに問う。
もちろんそれはその通りだ。
まあ、こうなることは予想通りで、こいつについては前以て顧問には説明している。とはいえここでこの台詞って…、本当この人、いい性格をしているよ。
そんな流れの中、時は満ち機は熟したとでも言わんばかりにそいつは高らかに名乗りを上げた。
「ふふん、当然だ。かくいう俺こそがこの栄えある森越学園選抜バンドのボーカルを、あの星プロの名プロデューサーから直々の打診で引き受けることになった河合聡一様だっ!
者どもよっ、我を平伏し崇めるがいいっ!
はあ~はっはっはっ」
うん、馬鹿だ。他に喩えようも無い。
恐らくは半ば洒落のつもりで悪乗りしているのだろうけど、どう考えてもこの過ぎた増長振りは、鼻に付き過ぎて反感を買うこと間違い無し。いかにスベったとはいえこれは酷い。
仕方が無い。オレに飛び火する前に鎮火しよう。
「馬鹿言ってないで真面目に自己紹介しろよ。どう考えても顰蹙もんだぞ」
いや、もう既に顰蹙は買っているだろうけどな。
それでも、それが怒りとなって噴出するよりはまだマシだ。そんなわけで水を差してみたわけだけど、果たして効果はいかほどなものか。これをボケとツッコミだと正しく捉えてもらえれば良いのだが。
「はは、そうだな。なんかウケはイマイチだし、冗談は程々にしておくか」
いや、イマイチなんじゃなくて完全にスベり捲ってんだって。見ろよこの凍り付いた部屋中を。
まあ、それは無事鎮火が済んだってことだけど、それでも燻っている可能性はあるだろう。でも、さすがにそこまでは面倒は看きれない。後は自己責任でやってもらおう。
というわけで、改めて河合の自己紹介が行なわれた。それでどの程度河合の信用が回復したかは解らないけど、今はそのことはおいておく。
ただ、やはり一番の方法はその実力を示すこと。
そんなわけだ。がんばれ河合。




