軽音楽部オーディション結果発表
最後のバンドの審査も終わり愈々結果発表だ。
なお、結果については実は最初から決まっている。問題はそれをどのように伝えるかなのだが…。まあそこはいくら考えてみても結局良案は出てこなかったので、もう成り行きに任せるしかないだろう。
「それじゃ結果の発表だけど、残念ながら該当者無しだ」
オレのこの発表に当然出場者達が騒ついた。
「ちょっと待てよっ。それじゃあ話が違うだろっ」
で、やはりこうなるわけだ。
この騒ぎの中心からの声に目を向ければ、予想通りに辛島だ。恐らくこいつがこの度の件全ての首謀者に違い無い。
だがしかし、仮令どれだけ画策しようとも、決定を下すのは結局のところはオレだ。つまりどれだけがんばってみたところで全てはオレの胸の内次第。いわばこの場においてはオレこそが神なのだ。果たしてこいつはそこのところを解っているのかいないのか。
この場合、北風と太陽の例ではないが発想の転換をするのが正しい。実際多くのやつらがオレに阿諛ってきているしな。
まあそれでも、仮令それが釈迦の掌の上の孫悟空の如くであっても、封神榜の前の申公豹たらんと欲するやつは嫌いじゃない。だから辛島みたいやつはある意味好ましくも思う。まあそれもオレに害が無い限りではあるが。
「別に違わないだろ。お前らが勝手に勝ち残りがどうこうとか言ってるだけでオレはそんなこと一言も言ってねえんだから。
だいたいオレはこの中からそれに相応しいやつを探すって言ったんであって選ぶなんて言った覚えは無いんだけどなあ」
こいつの場合、オレに害意が有るわけじゃないのだが、この機会を自分達にとって絶好のものと変えるべく話を捩曲げてくれているわけでやはり迷惑なことに変わりはない。
「だから逸材が見つかるならば、一組といわず二組三組、それこそ全員なんて可能性も有ったわけだが、逆に皆無ってことも有るわけで、残念ながら今回は後者だったってわけだ」
実際はそんなつもりなんて無いのだが、建前というのは必要だ。
ただ、今言ったことは全くの嘘というわけでもない。こういう仕事をしている者の立場からすれば逸材を遊ばせておくのはもったいないし、個人的にも身近なやつの成功はやはり慶ばしいことだ。
とは言っても、やはりそんな都合の好い話ってのはそうそう現実には無いわけで、なので当然こういうことになる。
「詭弁だっ! そんなんでオレ達が誤魔化されると思ってんのかっ」
まあ、そうだろうな。辛島の抗弁じゃないけれど、オレ自身詭弁だと思ってるし。
今の辛島に煽られたように再び出場者達が騒つく。否、既に騒ついていたんだから、騒つき直すとでもいうのか? なんだか変な表現だけど。
いや、今はそんな余所事を考えている場合じゃなかったよな。なんとかこの詭弁、元い建前…否、正論を尤もだと認めさせないとこのままじゃ収まりが着かない。
「全く、どこが詭弁だっていうんだよ。身の程知らずはこれだから困る。
まあ、こう言うだけじゃお前らも納得がいかないだろうから一応説明してやるよ」
面倒だけど仕方が無い。こいつら自覚が無いみたいだからなあ…。
「まず第一はやる気だな。全員がそうだとは言わないけれど、趣味の粋で満足してるやつが上にいけるわけが無いからな。
次に練習不足と準備不足。これも一部のやつらに過ぎないし、一年生みたいな始めて間も無いやつらじゃ仕方が無いことじゃあるんだけど。でも、そんなやつらが論外なのは説明するまでも無いだろ?
言い方は悪いけど、今挙げた二つに該当する連中は冷やかしって言われても仕方が無いんじゃないか?」
よく出場することに意義が有るなんて言うけれど、でもそれは時と場合を選ぶはずで、せめてお祭り企画の時くらいにしてほしい。本気でやってるやつらからすれば水を差される以外のなにものでもない。正に素見しではなく冷やかしだ 。
「で、ここからが本番だ。
お前らバンド内での役割とか連携とか考えてるか? 見た感じだと殆どのやつが自分本位でやってるようにしか思えないんだが、そんな協調性の無さじゃ不協和音を奏でるだけだ」
ああ、嫌でも思い出す。あのデビュー当初のWISHの酷さを。どいつもこいつも自分が目立つことばかりを考えて協調性皆無だったもんなぁ。我ながらよくあんな連中をデビューさせたよな、本当。
ああ、目立つといえば…。
「他にもだ、まだ本来の技量も半人前以下のくせに目立つことを考えることだけは一人前ってのもそうだな。
そりゃあパフォーマンスも必要かも知れないけれど、それはまず必要最低限の技量を身に付けてからだろ? まあ音楽でなくそういう芸で成り上がりたいってのなら話は別だけど、でもそれなら行くべきところがまた別だ。ここはそんな場じゃないからな」
いや、本当に酷いんだって。
ボーカルはマイクスタンドを振り回すし、ギターやベースを兼任ならばやっぱりそれを振り回す。
ギターやベースは無駄に動きが大きいし、ドラムに至っては特にそれが酷い。中には演奏に合わせて首を上下に振り捲ってるやつもいたけど、あれって絶対後で頸椎捻挫になるぞ。世界的に有名なバンドのあの人なんて頸椎椎間板ヘルニアで手術を受けてたりするしな。
他にもいろいろと問題点が有り、オレは思い着く端からそれを指摘してやっていった。それはもう聞き手が顔を顰めるくらいに。
眉を顰めるやつがいないところを見るとちゃんと身に覚えが有るのだろう。これを機に直していくのならきっと少しはマシになるはずだ。
「ざっとこんなところかな。
どうだ? これで納得がいったか?」
これでもまだだと言うのなら、さらに追い撃ちを掛けてやるまでだ。
…なんか嗜虐心に目覚めそうだ。オレってその気が有るのだろうか。
「ちょっと男鹿くん、さすがにこれはやり過ぎだよ。
そりゃあ君の立場からすると言ってることは全て尤もだけど、でもこれは学校の部としての企画という一面もあるんだから、できればその分もう少し配慮をしてほしかったよ」
顧問教師が複雑そうな顔でオレを責める。
まいったなぁ…。オレってこういうのに弱いんだよなぁ…。
ただ、こういう理屈を出されると反論するのは難しい。一応は筋が通っているわけだしな。さすがは顧問を任せられるだけのことがある。
仕方が無い、ここは顧問の顔を立ててある程度の妥協をするか。事を荒立てるばかりが能じゃないし、飴と鞭とも言うからな。
「解りましたよ。それじゃあ先生の顔を立てて少しだけ妥協をしてみます。
但し、これでまた一つ貸しですからね」
というわけで、オレは妥協案を示すのだった。
※1『素見し』と『冷やかし』、表記が違うだけでどちらも同じ意味の言葉です。ただ、この場面では受け取り手の悪意的解釈で『ただの様子見』と『水を差す者』という違った意味合いを持たせています。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




