愛、覚えていますか?
→都合により高階の友人のバンドメンバーを二年生に変更しました。[2024/02/27]
「ねえ、あんた本当にその気が有るの?」
私にそう訊ねてきたのは幼馴染みの奈緒子だった。
「だいたいさあ、あのホワイトデーの時以降殆ど会っていないじゃない。
偶に顔を合わすにしても、それは時の挨拶くらいだし、そんなんじゃ絶対に忘れられるわよ」
うぐっ…、確かにそれは…。
「で、でも、仕方が無いじゃないっ。男鹿先輩ってなんだか忙しそうだし」
特にこの最近はそう。今まで以上に噂を聞くようになったし。
「ああ、あの噂ね。
全く、やっぱりあの先輩の正体って噂通りだったんじゃない」
「ちょっと、やめてよ奈緒子。男鹿先輩ってそういうことで騒がれるのを嫌ってるみたいなんだから」
男鹿先輩はプライドが高いからこういう色眼鏡で見られることを嫌うみたいなのよね。
まあ、当然よね。誰だって本当の自分自身を見てもらいたいはずだもの。
「え~っ、でも今さらでしょ。なんてったって今回は軽音楽部相手にオーディションをしようってんだから。隠す気が有るんなら絶対にこんなことしないはずよ」
それは確かに奈緒子の言う通りなのだけど…。
「それは多分、今回は仕事だからじゃないかな。だって男鹿先輩って、自分から功績を衒らかすような人じゃないでしょ」
「なによ、貴子も噂を認めてるんじゃない。
まあそれはともかくとして、男鹿先輩がそんな忙しい状態なら、余計小まめに顔を見せておかないと、本当に忘れられかねないわよ」
そ、それは……。
「でも、それじゃ男鹿先輩の邪魔になるだけでしょ。そんなことして嫌われたりしたら、それこそなんにもならないじゃない。それどころかそれじゃ逆効果よ」
そりゃあ奈緒子の言うことも解らないじゃないけど、でも剰りにもリスクが大き過ぎる。
「はは、確かにあの先輩じゃ邪険 に扱いかねないもんね。
でも、それでもやっぱりアピールは大事よ。例えばだけど、男鹿先輩が忙しそうっていうのなら、それに託つけ て手伝いを申し出れば良いんじゃない?」
う~ん…、確かに口実にはなるかも知れないけれど…。
「やっぱりダメよ。私なんかの出しゃばる幕じゃないもの。どう考えても足手纏いになるだけよ」
さすがに邪魔しに来たなんて思われることは無いとは思うけど、それでも歓迎はされないことに変わりないはず。
「ええ~っ、せっかく良案だと思ったのに」
私も一瞬心が揺らいだけど、それでも結果を考えるならやはり我慢をするべきよね。
「う~ん、そうなるとだけど……あとは貴子が出場する側に回るくらいしか無いわよね…」
確かにそれならば迷惑は掛からないかも知れないけれど…。
「それって明らかに無理でしょ。私にそんなことなんてできなるわけがないし、なによりも私ひとりじゃ無理だもの。
だいたい誰が私なんかと組んでくれるっていうのよ。そんな物好きなんているわけがないじゃない」
はあ……。剰りのあり得ない現実に溜め息くらいしか出てこない。
「あっ、でも応援なら問題無いんじゃない?
ほらっ、幸いにも愛ちゃん達がバンドを始めたって言ってたし、だったら彼女達に出場してもらえばなんの問題も無いはずよっ」
あ、確かにそれならば問題は無いかも…。
「よし、そうと決まれば善は急げよっ」
というわけで、私は奈緒子に手を引かれるようにして愛ちゃんの元に向かったのだった。
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そして放課後。愛ちゃんに無理に頼み込み、他のメンバーを集めてもらったわけだけど…。
「ええ~っ⁈ ちょっと冗談でしょ⁈
そりゃあ確かに興味は有るけれど、でも私達って始めていくらも経ってないのよ。どう考えても無謀もいいところ過ぎよっ」
「全くよ。まだ漸くバンド名が決まったばかりの段階なのに、いくらなんでもいきなり過ぎよ。時期尚早にも程があるわ」
やはりその反応は予想通り。
まあそうでしょうね。これが普通の反応よね。
だいたい結成して間も無いっていうんだから、演奏のイロハさえ解らないもしても当然。誰も不思議には思わないはず。
「ええ~っ⁈
でも、仮にもバンドを始めようってんだから三人とも全くの素人ってわけじゃないんでしょ?」
でも、奈緒子にとっては違ったようでこんなことを言い出していた。
「そりゃあ私は中学時代に音楽部でスネアドラム(小太鼓のこと)を叩いていたから多少の経験は有るけれど、でもそれはバンドのドラムとは少しばかり違うんだよね」
ああ、そう言えば愛ちゃんって確かそんなことを言っていたわよね。
「う~ん、私はそこまでの経験は無いわね。精々がカレが弾いていたベースの見様見真似だし」
「あら、それを言うなら私は全くの初心者よ。だって仁美達ふたりに誘われて、それで初めて始めたんだから」
やはりそんな程度のものよね。一人を除いて全くの素人ってわけでこそなかったけれど、それでも経験がズレていたり浅かったりなわけだし、基本これからのバンドよね。
「よく言うわよ。確かに始めて日は浅いけれど、でも既に私達と同レベルになってるくせに」
「そうそう、今の上達のペースだと私達が瑠衣に置いていかれかねないもんね」
「当然でしょ。私一人がゼロからのスタートなんだもの、ふたりに追い付くために必死で努力したんだから」
へえ~、そういう人もいるんだ。やっぱり才能ってあるものなのね。
「ねえねえ、もしかして愛ちゃん達のバンド名って、やっぱり『○ャッツアイ』だったりするの?」
ぷっ…。もうっ、奈緒子ってば。
「へ?『Chocolate Sunday』って名前だけど、なんでそんなこと思ったの?」
問われた愛ちゃんの方はといえば、よく解っていないかのようで目をパチパチと瞬きしながら首を傾げている。
「ああ、言われてみればそういう案もありだったかも」
「いや、さすがにそれは安直でしょ。いくら私達メンバーの名前が漫画のそれに一致してるからと言っても、それでその命名はあり得ないわ。だいたいそれっていつの時代の漫画よ」
一方で残るふたりはというと、瑠衣さんは奈緒子の案に頷いていて、仁美さんの方は否定的。
でもふたりのこの反応は、この漫画を知っているってことで…、まあこんなことを思っている時点で私も同類なのだけれども。
「ははは、それはまあそうなんだけど。
それよりもだけど、もう一度出場を検討してもらえない? 別に勝ち残らなくったっていいからさ」
奈緒子が改めて三人に事情を説明する。
正直ちょっとって言いたいところだけど、でも私のためなんだし止めようわけにもいかない。
ううっ、それは解ってはいるんだけど……。
ダメっ! もう恥ずかしくって、本当に顔から火が出そうっ!
「ちょっと貴子、なにをそんなところで蹲み込んでるのよ。そんなことしてないであんたからもちゃんと頼みなさいよ。自分のことでしょ」
「そ、そうだけど……」
そんなことは解っているけど、でも、面と向かってだなんて……。
ダメっ、やっぱり恥ずかし過ぎっ!
「奈緒子ちゃん、それは酷ってもんだよ」
そうよっ、愛ちゃんの言う通りよっ。
いくら頭で解っていても、できないことだってあるんだから。
「まあ、こういう理由で頼まれたんじゃ、同じ女として無下にするってわけにはいかないわよね」
仁美さんは私の頼みに肯定的なようだ。そう言えば付き合っている彼氏がいるみたいなことを言っていたし、それで同情してくれたのかも。
「私はふたりの意見に従うわ。それがどういう判断だったとしても私達の活動に悪い影響を与えることは無いでしょうしね」
瑠衣さんにも異論は無いみたいだ。
こうなるとあとは愛ちゃんの判断だけ。お願い、私に力を貸して。
「じゃあ決まりね。私だって貴子ちゃんのことは応援したいし。
でもその代わり、後でそのことについてもっと詳しく教えてもらうんだからね」
「ええっ⁈ そんなっ⁈」
ううっ、そんな、なんてこと…。
正直死ぬ程に恥ずかしいけれど、それでもこの恋には代えられない。
この後四人を前にして、私はこの恥ずかしい胸の内を赤裸々に告白することになったのだった。
※1 この『邪険』という言葉は『邪慳』と同義語で、本来は『邪見』と書き『邪な見識』という意味だそうです。なお『邪険』とは『酷く扱うこと』、『邪慳』は『除け者にすること』という意味です。
※2 この『託つける』は『託ける』とも書くようですが『託ける』には『託ける』という読み方も有るため、あえて『託つける』と表記しております。
因みに、意味合いに微妙な違いが有るかも知れませんが『寓ける』『藉ける』とも書くようです。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




