ドラマーはやはり嵐を呼ぶ
オレが軽音楽部の見学を始めて数日後、変な噂が立っていた。
「なあ、うちの学校の軽音楽部からプロデビューするやつが出るって噂、あれってやはりお前の仕業か?」
と、こんな具合に。
「えっ? 私、聞いてないんだけど。
ねえ、純くん、それって本当の話なの?」
河合だけならまだしも、美咲ちゃんまでがこんな風に訊いてくる。お陰でクラス一堂がオレへと注目をする始末だ。
「へえ~、やっぱりあれってそういうことだったんだ。
それで、結果はどうだったの?」
しかも始めの頃だけとはいえどオレに同行していた香織ちゃんまでがこう言うもんだから、余計に説得力が増す。
「違うって。確かに軽音楽部を見て回ったけど、そんなつもりは無いって言ったはずだろ。
でも、なるほどなあ。香織ちゃんじゃないけど、あいつらにも勘違いをさせてしまったってことか…」
オレの正体を知ってるやつは知ってるわけで、それ故に期待させてしまったのだろう。
「でも、オレは悪くはないはずだぞ。だってそんなことなんて一言たりとも言っちゃいないんだからな。
だいたいオレの正体については、一応は一般には非公開だし、軽音楽部のやつらにも明かしていない。だから周囲が勝手に決めつけて噂してるだけ、オレはなにも悪くない」
まあ、一部のやつには兄貴達のことを話したけどな。でも、それはあくまでもそこまでだし、執拗いようだけどオレの正体については明かしてない。それに兄貴達のことについても触れ回らないように言ってるし、だから問題は無いはず。
うん、だから早合点したやつらが悪い。オレが認めていないんだから、仮令バレていたとしても問題無い。シラを切ればいいだけだ。
「うわぁ…、開き直りやがったよ。
だいたい正体が噂されてたくせにあんな思わせ振りなことをするんだから、そりゃああいつらだって期待するだろ。噂になるのも当然だって」
くそっ、河合のやつ、オレの良心の呵責に突け込んできやがる。これでもやはり罪悪感は感じているのだ。認めたくはないけれど。
「だいたいなんであんなことしようなんて思ったわけ? なにか理由が有るんでしょ?」
ここで追及してきたのはやはり由希だ。こいつはこういうことには厳格だからな…。
誤魔化すのは難しいだろうな。こいつってばどういうわけかそういうことには鋭いし。
……仕方が無い、ここは素直に話すとしよう。
「実は恭さんと葉さんが6月に挙式をするつもりらしくってさ……」
覚悟を決め弁明することにしたのだが…。
「ええ~っ⁈ あのふたりって、やっぱりそういう関係だったのっ⁈」
美咲ちゃんが驚愕の声を上げた。
全く、まだ話し始めたばかりだってのにいきなり中断かよ。
「ああ、そう言えばあのふたりって結構仲が好さそうだったもんね」
「へえ~、そっか。あのふたりも遂にゴールインかぁ」
天堂と由希が美咲ちゃんに続く。って、こう見えても由希も一応は女だもんな、こういう羨望も当然っていえば当然か…。
「それよりも話を続けるぞ」
香織ちゃんが変なことを言い出す前に、さっさと話を進めよう。
「まあ今言った通りなわけでな、それを機に葉さんがメンバーから降りるらしいんだ。
で、そんな理由で兄貴から有望なやつがいたら紹介してくれって頼まれな。
でもオレが思うようなところって大抵は兄貴達の行動範囲なわけで、そんなところって既に恭さん達が探してるはずだろ。そうなるとそれ以外ってことになるわけだけど、生憎オレにはうちの学校くらいしか思い着かなくってな。それで軽音楽部を回ってたってわけだ」
とは言っても、やはりアマチュアはアマチュアってことで大したやつはいなかったわけだが。
「おいっ、それってどういうことだよっ!
つまりお前の目的はただの引き抜きだったってことかよっ!」
突如怒鳴り声が向けられた。
「あ、辛島くん」
香織ちゃんによるとそいつは辛島というらしい。確かこいつって、この間見た軽音楽部のやつだったよな。いったいいつの間に来てたんだ? 香織ちゃんのこの感じだと、最初からいたってわけじゃないだろうけど。
「ああ、彼も軽音楽部の人なのね。こうして怒鳴り込んで来るくらいだし。
でもまあ、彼が怒るのも当然よね。これまで苦楽を共にしてきた大事な仲間なんだから。増してやあなたが引き抜こうってのはバンドの要のドラマーでしょ」
うぐぅ…、確かに佐竹の言う通りだ。ボーカルがバンドの顔というなら、ドラムはバンドの心臓だ。
「いや、確かにそれはそうなんだけど、でもバンドのドラムって結構交代をよく聞くし、こいつらだってそんなに変わらないだろ」
だいたい大袈裟過ぎるんだよ。所詮こいつらなんてただの趣味でやってるだけのアマチュアに過ぎないってのに。
まあ、さすがにこんな本音は思っても口に出さないけどな。
「はあっ⁈ なんだよそれっ! 余計に質が悪いじゃねえかっ!
だいたいドラムってのは、なりてが少ないから探すのが凄い大変なんだぞっ」
オレの台詞を聞いた辛島がさらに興奮する。
ああ、そう言えば確かにそうかもな。そういう話はよく聞くし。
ドラマーってのはしんどい割には目立たない冷遇ポジションらしい。もっと礼遇されるべきだなんて愚痴るやつも少なくないらしいく、よくバンド脱退の理由にもなるんだとか。
まあ、葉さんの場合は例外だな。なんてたってリーダーの恭さんとはああいう仲だし、兄貴達他のメンバーとの仲も良好だ。それに作詞作曲も担当していたりとかなり重要な役割を担っているわけだし、当に縁の下の力持ちだ。そんな葉さんを疎かに扱おうなんて、そんな馬鹿なこと考えるわけが無いもんな。
ただ、他所のバンドでも葉さんみたいな役割を受け持つドラマーは決して少なくないらしいけど、その割に扱いはってところはやっぱり少なくはないらしい。そりゃあ逃げられもするってもんだ。
全く考えられないよな。野球で例えれば頭脳派の捕手を放り出すようなもんだ。本当あり得ないよな。
で、話を元に戻すわけだが、オレがこんなことを考えている間になんか話が変なことになっていた。なんかドラマーを差し出すことと引き換えにそのバンドをプロデビューさせるとかなんとか。
「いや、ちょっと待てよっ。それとこれとはまた別の話だろっ。
そりゃあそれだけの実力が有るってんなら口利きするのも吝かじゃないけど…」
「よし、それじゃあ決まりだなっ。オレ達の中で勝ち上がったやつが男鹿のプロデュースでデビューだっ」
はあっ⁈ なにを勝手なことを言ってんだよっ!
オレが話している途中なのに、早合点して勝手に話を進めてくれた辛島。
とはいえこんな勝手な話を認めようわけにはいかない。
「ちょっと待てよっ!」
当然オレは否定しようとしたわけだが、辛島のやつはオレ達に背を向けてさっさとこの場を去って行く。
オレの声は周囲の声に掻き消されたのか辛島には届いていないようだ。
否、あえて無視しているのか。
まさかこれ、早合点してのことじゃなくって計算の上でじゃないだろうな。だとしたら相当強かだ。
「本当、あなたも大変ね。
でも、いかに自業自得とはいえ、こんなこと認めるつもりはないんでしょ?」
いつもの如くオレの肩を叩く佐竹。
美咲ちゃんや他のやつらもみんなしてオレに注目している。
「当然だろ。いかにオレでも事務所抜きでこんな勝手なことできるわけがないだろ」
いや、実際にはWISHやBRAINの時みたいなことをしているわけだけど、でもそれはあくまでもオレの考えの下でのことであって相手の意図に乗ってじゃない。事務所という組織の一員としては、そこは大事で決して譲れないところだろう。
「でも、本当どうしたもんだろうな…」
確かに佐竹の言う通り自業自得じゃあるんだけど…。
はあ…。本当にどうしよう。頭の痛いことになってしまった。




