純、軽音楽部を見学する
「おおっ⁈ 加藤香織っ⁈」
軽音楽部に着いたオレ達を出迎えた言葉はこれだった。
まあ、一緒にいるのが香織ちゃんだもんな。知名度からいってこうなることは当然か。むしろオレの方に注目されなかったことに安堵するべきなのだろう。オレが『JUN』だってことを知ってるやつは知ってるからなあ…。
部室内を見渡してみる。男女を含めて数人。バンドふたつ分ってところか。思ってたよりも少ない。
「え? なに? 新入部員っ?」
他にもこんな台詞が。
「いや、さすがにそれはないだろ、入学式は明日なんだし。
それになによりもオレは三年だってえの。だから今さら入部とか考えねえんだよ」
こう自分で言ってみて、そして今気付いた。
「あ、そうか。今日はまだ始業式で、明日は入学式だったんだ。これじゃ部員達も新入部員獲得忙しくってオレのことどころじゃあないよな」
ああ、我ながらなんと間抜けなことか。
というわけで、この日は顧問教師の名を訊ねただけで引き返すことにしたのだった。
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数日後、改めて軽音楽部へ……否、その前に顧問教師の元を訪ねた。まずはなにをするにしても、顧問の許可は必要だろう。
「見学? 入部じゃなくて?
いや、さすがにいきなりはないか。見学というのは至極妥当だ」
なんだろう、この顧問教師。なんだか変わり者を思わせる。
「まあいいか、せっかくだし見ていくがいいさ。ちょうど一年生部員の募集もしているしな」
う~ん、あくまで入部希望者って扱いか。
でもしかしなあ…。三年生でそういうことを言い出すやつなんていると思ってるのか?
「いや、別に可怪しいことじゃないだろ。うちは進学がエスカレーター式なんだし、入試に煩わされることもないんだから、三年生だって好きなことをできる時間は十分だ」
いや、まあそうなんだけど。
疑問に思ったので素直にそれをぶつけてみたところがこの返答だ。
でも、三年生だぞ。仮に入部をしたとしても活動するのは一年間もないってのに…。
経験があって部員の誰かに、つまり所属するバンドのメンバーに誘われたってんのならそういうことも不思議は無いだろうけど、オレの場合はそういうわけじゃないんだし…。
まさか本当に一から発起してなんて思ってるんじゃないだろうな。
それってつまり新入生に混ざってバンドを立ち上げるってことだろ、そいつらからしてみれば何かメリットが無い限り絶対にあり得ない選択だ。なんてったって相手が上級生じゃなにかと気を遣うだろうし、なによりも活動期間は一年間に足らないからな。
いや、組む相手が一年生とは限らないか。卒業記念ってことで三年生同士で組むってのもあるかも知れないし……って、その場合他のメンバーを見付けるのが先か。
やはり無理に理解しようとしたせいか、どうにも考えが破綻気味だ。
……放っておくか、どうでもいいことだし。
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顧問の許可が得られたので、今度こそ軽音楽部の部室へ。
いや、結構いるものだな。
ひぃ、ふぅ、みぃ…、7人か。
こいつら全部が入部希望の新入生ってわけじゃなく、中にはただの素見しなんてやつもいるんだろうけど、それでもそこそこな人数だろう。
その向こう側には、軽く演奏を実演中のバンドとそれを説明をしている生徒がいる。彼らが部員なのだろう。解説しているのは部長か?
数人がオレ達の入室に気付いた。バンドの方よりもこっちが気になるってんだから、多分素見しのやつだろう。
「おおっ⁈ 加藤香織っ⁈」
で、やっぱりこうなる、と。
演奏していたやつらもそれを中断し、説明をしていたやつも、そして当然他の見学者達も一同がこちらに振り向いた。
前回と同じく今日も香織ちゃんが一緒だ。
正直目立ちたくはなかったので、この香織ちゃんの同行は遠慮願いたいところだったんだけど、まあ香織ちゃんだしなぁ…。
因みに美咲ちゃん達はオレの考えを察してくれたのか同行していない。そんなわけでお供は香織ちゃんだけだ。
あ、念のため、あくまでもこれは『お供』であって決して『お伴』ではない 。大事なことなので念押ししておく。『お伴』というのは『配偶者』に対して用いる言葉らしいからな。『伴』とは『伴侶』という言葉があるように『結婚相手』を意味するらしいし。オレにそんな気持ちは無いのであえてもう一度主張する。『お伴』ではなく『お供』だと。
「えっ? でも既にアイドルとしてデビューして、今じゃすっかり売れっ子なのに、なんで今さら軽音楽部でバンドなんだよ」
「そうだよな。確かアイドル同好会の方に所属しているって話だったって思ったけど」
「そうそう。御堂玲とか花房咲とかもそっちだって聞いてるし加藤香織もそのはずよ」
「じゃあなんでこんなところに来てるんだよ?」
「ええ? そんなの知らないわよ。多分、知り合いとかでもいるんじゃない?」
やはり目立ってる。
まあ、幸い香織ちゃんの方だけだけど。
「じゃあ、隣にいるあの子は?」
「もしかして彼氏とかじゃない? なんかそんな噂を聞いたことがあるような気がするし。
ほらっ、実際ああしてべったりと腕にしがみ着いて るじゃない?」
うげっ、なんてことを。
ああ、見れば香織ちゃんが機嫌良さそうに微笑んでいるし。
「なんか弟がいるって話を聞いたことがあるし、多分そいつなんじゃねえの?」
どういう意味だ。オレの背丈での判断だろうけど、実際はお前の願望だろ。そういうのを現実逃避っていうんだよ。
だいたい伊織はそんな可愛らしいたまじゃない。
…否、あいつってシスコンみたいだったから、案外こんな風にされたら大人しくされるがままになってるかも。
まあともかく、こいつらの注目は香織ちゃんの方なわけで、オレに対する興味はその分少なくはなっているか。
「あ~、オレ達もただの見学だから、気にしないで続けてくれ」
それでもオレ達のせいで中断してしまったことには違い無いわけで、やはり断わりは必要だ。
「できるかっつーのっ!」
はは…、やっぱりか。
それでこの場が収まろうわけもなく、結局オレ達はその場を去ることにしたのだった。
あ~あ、今日も無駄骨か……。
※1『お供』と『お伴』ですが、どちらも『一緒に連れ立つ』という意味の言葉ですが、作中にあるような違いがあるようです。漢字の偏と旁から推測するに、『供』は『人』と『共』ということで『人と共同』、『伴』は『人』と『半』ということで『人の半身』って感じかと思われます。
そんなわけで『伴』を『結婚相手』っていうのにも納得なのですが、実際の使い分けは行動を共にする相手との関係の距離感によるのではないでしょうか。
※2 この『しがみつく』という言葉は、ご存知のように『強く抱きついて離れない』『しっかりと掴んで放さない』という意味で、ここでは前者として使用しています。
ただ、語源は『獅子が噛みつくが如く』ってことのようで、実際に吉川英治の『江戸三国志』等では『獅噛みつく』と当てられているようです。
でも、女の子と仲好く腕を組んでいるシーンでこの『獅噛みつく』じゃ、絶対に雰囲気が台無しですよね。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




