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デビューを目指す女の子達

 今年も契約更新の日がやってきた。

 例年ならば暗鬱な予感を抱えながら契約の更新に臨まなければならなかったところだが、でも今年は違う。そう、今年からは違うのだ。なんてったってもう女装だなんて忌まわしいことをする必要が無くなったんだからな。

 はっはっはっ。ああ、なんて気分の良さだ。この爽快さはまるで今日の晴れ渡る空模様のようだ。きっと天も今のオレを祝福してくれているのだろう。



「あれ、チビ助じゃない」


 星プロ事務所のロビーに足を踏み入れたところで訓練生ふたりと出会(でくわ)した。例の口の悪い女ふたり組だ。全く、相変わらずだなこいつらは。

 それにしても、こいつらってまだ訓練生なんてやってたんだな。これだけやっても芽が出ないんだから、もういい加減諦めれば良いのに。

 恐らくはオレと同じ歳くらいなんだろうから、いつまでも夢見勝ちなことを考えてないで、そろそろ現実を見つめないといけない時期のはずなんだけどな。


「なんだお前ら、今日はこれからレッスンか?」


 皮肉で返してやろうかと思ったけどやめた。今日のオレは機嫌が良いからな、ここは大目に見てやることにする。


「そういうアンタはどうなのよ。

 最近少しは姿を見せるようになったって聞くけど、その割には全然レッスンには出てきてないじゃない」

「そうそう。その代わりに早乙女純とよく一緒にいるって話でしょ。男子達が羨ましそうに噂してたし。

 ねえ、もしかしてアンタ、デビューするのを諦めて早乙女純の付き人に鞍替えしたの?」


 ああ、そう思うのも当然か。確かに以前と違って最近はこの本来の姿で事務所に出入りするようになったからな。


「それについてはちょっと違うけど、でもまあ否定はできないかな。

 でも、それは仕方のない話だろ。去年は早乙女純が体調を大きく崩してたんだし。だったら友人としてそれを支えるのは当然のことじゃないか」


 そう、実際のところは違う。でもそれは公にできない話だしな。代替わりに伴うサポートをしてただなんて、とてもじゃないけど言えるわけがない。

 他にもこうして話を誤魔化す理由はもうひとつ有る。オレのもうひとつの正体だ。もしこいつらが、オレの正体がプロデューサーの『JUN』だと知ったらどんな反応をすることやら。

 まあ、そのことについては隠しきれるわけじゃないけれど、でも知らないっていうのならあえてそれを大っぴらにすることもないだろう。面倒臭いことになるだけだしな。


「ふ~ん。でもせっかくなんだし、これを機に本当に付き人になったら?

 アンタが友人だっていうのなら、リトキスのふたりだって安心できるだろうしね」

「そうそう。それにあんたってフェアリーテイルとも仲が良いみたいだし、そういう面でも適任よね」


 へえ~。意外にもこいつら、憎まれ口だけじゃないんだな。


「まあ、せっかくの意見だし考えておくよ」


 と言っても、既に付き人以上の存在としてふたりを支えているんだけどな。

 しかし、珍しいことじゃあるけれど、こうして好意を向けられたわけだし、こっちも好意で忠告してやるか。


「それよりもお前らの方こそ、そろそろ身の振り方を考えたらどうなんだ? さすがにその歳だと将来について現実的な視点が必要になってくる頃だろ?」


 先ほども気になっていたことだ。こいつらも10代後半なんだから、そろそろ社会人としての堅実な将来について考えるべきだろう。


「余計なお世話よっ。

 全く、せっかく人が好意的に接してあげてるってのに、こんな風に返してくるなんて」

「本当よっ。なんであんたなんかにそんなこと言われなきゃならないのよっ」


 う~ん、善意でのつもりだったんだけど、忠言耳に逆らうになってしまったか。


「いや、悪気が有って言ったわけじゃないんだけどな。

 まあ、気に障ったってんなら謝るよ。すまなかったな。

 ただ、お前らも受験とか就職活動とかが控えてんじゃないかと心配だったんでな。まさか無職の浪人でってつもりじゃないんだろ?」


 まあ、さすがに親の(すね)(かじ) (※1)ながらって気は無いとは思うけど。そんな理解の有る親なんてそうそういようわけもないし、仮にいたとしてもきっと、自立した上で働きながら目指せと言うに違い無い。


「う……、だ、だから余計なお世話って言ったでしょ」


 やはり反論してきたか。

 ただ、今の反応だとなんだか心配になってくる。

 まあいいか、結局は本人が決めることだ。幸いこいつらはまだ若いんだし、あと数年は粘れないこともないだろう。


「ああ、解ったよ。それじゃあ精々がんばるんだな」


 これ以上は言っても仕方がないだろう。余計に意固地になるだけだ。

 そんなわけでオレはこの場を立ち去ることにした。


          ▼


 契約更新をした翌日、オレは聖さんに呼び出されていた。

 いったいなんの話だろう。

 フェアリーテイルは卒業と同時に復帰したし、その活動については既に予定が立っている。

 もちろんリトルキッスやWISH、BRAINについても同様だ。今年は4ユニットの全てが揃って活動することになる。

 う~ん、忙しくはあったけど、それでも全てのユニットの活動についてはなんの問題も無いようにしたはずなんだけどな…。

 ……もしかして、またしてもWISHの連中がなにかやらかしたってのか?

 いや、まさか。

 否、そんなことはないはずだ。確かにデビュー後の少しまでは、やたらと手の掛かるやつらだったけど、今じゃ一応はそれなりの一人前になったはずだ。少なくともなんらかの問題を起こすような、そんな段階じゃなくなったはず…。


 まあ、変に考えてみたところで仕方がないか。やはり一番は本人の話を聞くことだ。

 ということで、聖さんの待つ部屋へと向かう。


「失礼します」


 扉を開けてみたところ、中には当の聖さんと、そして黒色(がか)った金髪を持つ肌の色の白い少女がひとり。年齢は…中学生くらいかな? 外国人の血の混ざっているせいか実年齢は解りづらい……って…。


 カ、カレンっ!


 危うく声に出し掛けた。

 いや、本当にヤバいところだった。だって彼女とオレは面識の無いことになっているからな。


 彼女の名はカレン・ミューラー。独系アメリカ人と日本人とのクォーターで、かつて早乙女純とドラマで共演したことのあるジョージ・ミューラーの妹だ。

 こいつは重度のブラコンで、なにかにつけて噛み付いてきてくれたものだ。

 まあ、それがきっかけでジョージから英語を習うことになり、今じゃそれなりに堪能になったわけだからなにが幸いするか解らないよな、本当。


 いや、そんなことよりも、なぜこいつがこの場にいるのかだ。聖さんがなんの理由も無しに連れて来たとも思えないし、ってかそんなわけがあるわけがない。

 と、なると…。

 なんだろう、良い予感がしない…。


「こうして来てもらったのは他でもない。実はこの子を君の下でデビューさせようって話が出ているんだ。

 この子はいろいろと多才でね、歌も踊りもなかなかのハイレベルで(こな)すし、長年子役を勤めてたこともあって俳優としての演技も優れているってことで上の方からもかなり期待されている逸材だ」


 やっぱり……。

 でも聖さん、解ってるのかな、こいつが早乙女純とは面識があるってこと。


「聖さん、一応訊くんですけど、この子って歳はいくつなんですか? 見た感じ中学生くらいに思えるんですけど」


「ああ、今年で中学二年生になる13歳だ。でもそれがどうかしたのかい?」


 てことは、あと二年ってところか。


「だったらあと二年待ってもらえませんか?

 なるほどそれなりに才能は有るんでしょうけど、それでも中学生ですしね。せめて義務教育くらいは終えてからの方が好いと思うんで。

 実際、フェアリーテイルなんてデビューしてもすぐ高校受験で休業になったわけだし、それなら高校入学まで待った方が良いでしょ?

 それにオレの方にしても今は4ユニットで手いっぱいですしね。もう少し慣れるまで待ってほしいってのも有ります」


 今挙げたものは表向きの理由で、本当の理由は別に存在する。そんなわけで聖さんに顔を近付けてその耳許で囁く。


「なによりも一番の理由はカレンと早乙女純が面識のあることなんですよ。カレンの英語に早乙女純が平然と英語で対応するって話は聞いてますよね」


 そう、カレンがオレの下でデビューするということは、カレンと早乙女純が顔を合わせるというこだ。いかな佐竹といえども、カレン相手にいきなり実践的英語で会話するというのは剰りに酷というものだろう。どうがんばってもボロが出ること間違い無い。


「むぅ…。確かにそれは難しいだろうな。だが二年もあれば、彼女ならきっと期待に応じてくれるはず」


 やはりさすがは聖さんだ。オレの言いたいことを即座に理解してくれたか。


「ちょっと、なにをひそひそと話し込んでるんですか? 言いたいことが有るのなら、そんな風にこそこそと話してないではっきりと言ってくださいっ」


 一方でカレンはといえば、こっちの事情を知らないせいかこんな風に素直に不満をぶつけてくれる。こいつのこの気の強さは相変わらずで、人を選ぶことはないようだ。


「ああ、確かにな。

 仕方がない、そっちがそんなに望むのならば言ってやるけど、正直今はどうしようもないぞ」


 というわけで、最もそれらしい理由をでっち上げて伝えてやることにした。


「な、な、な、なによっ、この変態っ!

 スケベっ! 痴漢っ! 変質者っ!」


 はあ……、やっぱりこうなったか…。

 まあ、そうはいっても解った上でやったのだから仕方がないといえばその通りなのだが。


「いったいなんて言ったんだい? 彼女がこんなに真っ赤になって罵るなんて」


 聖さんの言う通りで、カレンは羞恥で顔を真っ赤にし、肩で息をして(あえ)いでいる。


「いや、カレンって以前早乙女純を目の敵にしていたから『最近早乙女は成長期が(ようや)くきたことでいい気になってるみたいだから、今デビューしたらそれで見下されるかも知れないぞ』って、胸を指して言ってやっただけですよ」


「ああ、なるほどね。それじゃ、ああいう反応にもなるわけか。

 でも、相手は年頃の女の子なんだから、そういう言動は余り褒めるわけにはいかないよ」


 ううっ、そんな。せっかく良い手だと思ったのに。


「わ、解りました。悔しいけど確かにJUNさんの言う通りですしね。

 その代わり、二年後を見ていてくださいよっ。絶対にあの女を凌駕するようになって、必ずや見返してやりますからっ!」


 はは、なんとも単純な。中学生とはやはり子供ってことか。否、子供のようでもやはり女の子っていうべきか。

 でも、たった二年でそんなに変わるもんなのだろうか?

 まあ、こればかりは男のオレには解らないか。


「これでこの話は立ち消えですね。こうして当事者不在となったわけですし」


「全く、君って子は。

 でも、さっき君が言っていたことも本音なんだろ?

 まあそこのところは任せてくれて構わないよ」


 おおっ! さすがは聖さんっ、話が解るっ!


「但しこれはあくまで今回のことだけだけどね。

 いつもこうして上からの話を断われるわけじゃないから、そこのところは理解を頼むよ」


 おおっ⁈ それってつまり……今回のことは貸しだから次になにかあれば取り立てをするって、そういうことになるってことか?


 はは、なんだよそれ。そんな都合の好い話ってないだろ。

 結局は聖さんも人が好いようでいて強かってことか。


 まあ、とはいえ所詮は宮仕え。上の言葉は絶対だ。

 でも、聖さんにも聖なりの苦労もが有るのだろうし、今回だけでもこちらの要望が通っただけでも良しとするべきなのだろう。


 はあ……。仕方がない、今はとりあえずできることをするだけだ。そうすれば自ずとなにごともできるようになってくるはずだしな。…って、表向きの建前だったけど、結局はそういうことになるんだな…。


 まあいいか、なにごともきっとなせばなる。

 精神一到何事か成らざらんってやつだ。つまり気合いだっ!ってやつだな。

 余り精神論ってやつは好きではないけれど、完全な間違いってわけでもない。

 ここは千里の道も一歩からってことでこつこつとやっていくとするか。

※1 この『(すね)(かじ)る』という言葉ですが『臑を齧る』とも書くようです。

 辞書では『脛』も『臑』も同じ意味らしいですが、実際は少し違うようです。

『脛』は『膝から(くるぶし)までの総称』で、前側を『向こう(ずね)』、後ろ側を『脹ら(はぎ)』といい、通常『脛』とは『向こう脛』のことをいいます。

(すね)』は『(すね)』と同じ意味。但しそれは日本語の話であって、漢語では『生贄とされた動物の前脚上部分』、人でいう『肩から肘までの間、二の腕』という意味合い。日本語の『すね』という意味合いは無いそうです。ただ、なぜか慣用句では『臑』が多用されているらしいです。

 他にもこの漢字には『柔らかい』、『煮る』なんて意味も。つまり『臑』とは『柔らかく煮込んだ動物の前肢』のことのようです。

[Google 参考]

 親を食い物にするという意味では『臑齧り』の方が皮肉が利いているのですが、一般的にはやはり『脛』なわけで。まあ、上記のように慣用句では『臑』らしいのですが…。


※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の(にわか)な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。

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