大人の対応ってのは、誠意と妥協のことらしい
今回の話を作るのにあたって、以前NHKBSプレミアムで放送されたテンペスト(池上永一氏原作 2011年放送)の台詞を使用しております。
この作品、原作小説ではいろいろと言われたりもしているようですが、その内容については結構高い評価のようです。そしてテレビの方でも出演俳優達の演技が素晴らしく、また再放送されたりしないかと思っております。
あの頃って、まだ首里城が焼失していなかったんですよねえ…。
「お、いたいた。漸くだ」
一年生の教室を巡り漸く高階のクラスを探し出した。
いや、なんていうか覚えてなかったんだよな。高階には悪いけど、積極的に関わるつもりはなかったし。
とはいえど、やっぱりチョコレートを貰ったからにはそのお返しをしないってわけにはいかないしな…。これが例のただオレに取り入ろうって目的のやつならば、そういうことを気にせず無視ってのもありなんだけど、こいつの場合は純粋に好意だからさすがにそれを無下に扱うわけにはいかない。
というわけで…。
「あ、男鹿先輩っ」
オレが声を掛けるよりも先に高階の方がオレを見つけたようで、逆に声を掛けられてしまった。
「遅いですよ、男鹿先輩。あんまり遅いから貴子のこと忘れてるんじゃないかって疑うところだったじゃないですか」
そして機先を制されてしまったせいで、高階の幼馴染みっていってた子にこんなことを言われる始末。
「もうっ、奈緒子ったら、そんな失礼なこと言っちゃダメじゃないっ」
こうして高階に注意されているけれど、果たしてそれにどれだけの効果があることか。三つ子の魂じゃないけれど、根付いた性格ってのはそう簡単に治るものじゃないからなあ…。
「いやぁ、悪い悪い。ちょっと高階のクラスを探すのに手間取ってな」
だが、ここは我慢。大人の対応だ。今日はこの間みたいなことにするわけにはいかないからな。
「ほら、バレンタインのお返しだ。と言っても、あくまでこれは義理だけどな。
この間にも言ったけど、今のオレは特定の誰かとそういう付き合いをするつもりは無いんだ。だから悪いけどそれで我慢をしてくれ」
この返事は高階に対してだけのものではなく、香織ちゃんに対しても同じ対応をしている。逆に言えば香織ちゃんに対するのと同じくらいの誠意を示したわけである。だってこの子は香織ちゃんと同じで、オレに対して純粋に好意を懐いてくれているわけだからな。まあ、それを言ったら香織ちゃんは不満そうにしてたけど…。
「はあ…。全く、この先輩は…。
これがこの人の女性を誑かす手口なのね」
ぐぐっ、この女は…。
いや、我慢だ。ここで怒ればこの間と同じだ。
「ちょっと、いい加減にしなさいよっ」
高階が咎めに入った。しかし今回は止まらない。
「だってよ、これって一見、体の良いことを言ってるけれど、実際はただのキープでしょ。これが女誑しじゃないっていうのなら、いったいなんだっていうのよっ」
うぐっ、この女、痛いところを突いてくる。
「別にそんなつもりは無いっての。まあ、端から見ればお前の言う通りなんだろうけどな。
でもな、なんでもかんでも切って捨てればいいってもんでもないだろ。そんなんじゃ人間関係なんて築けないぞ。
考えてもみろ、仮に天堂がお前の言うようなことをやってたら、校内の……否、世の中の若い女性の殆どを否定することになるんだぞ。そんな馬鹿なことをしていたら世間から孤立するだけじゃないか。
ひとりの女性を得るためならば世界の全てを敵にまわしてもよいなんて台詞があるけれど、そんなのは精々読物の中だけの話で、ただの女性の幻想に過ぎねえんだよ。そりゃあ覚悟としては立派だけれど、現実的じゃないってんだ」
正直こんな馬鹿なこと、夢見がちな由希でさえ言わないってんだ。理想は理想、現実は現実。混同することなく理性的にちゃんと分けて考えるべきである。
「だったらそんな風に中途半端な状態で放置される方の立場はどうなるのよっ。
そんな詭弁で逃げようなんて、そうは問屋が卸さないわよっ」
くそっ、この女、こっちが道理を説いてるってのに、感情の問題と返してきやがった。一応理屈は成り立ってはいるけど、恐らくは思考よりも感情優先の感情論だろう。
この手のやつってのは思考と感情がごちゃ混ぜになっているからな。だから考えが主観的に偏るし、それ故に自己弁護が多く自分に都合の好い意見しか耳に入らない。物事を自分主導で進めるのが目的だから、それを否定されると余計に頑なになるし、場合によっては目的と手段が逆転し本末転倒になることさえもあるんだよなぁ。全く以て迷惑なタイプだ。
さてそうなると、この手の相手の扱い方だが、やはり言いたいことを一通り言わせるってことになるんだけど、でもそれってそれで話が終わる可能があるんだよなぁ。自分の意見だけ言うだけ言って他人の意見は無視ってやつだ。
かといって、下手に口を挿もうものなら一層意固地になるわけだし、本当扱いが難しい。個人的にはこういうタイプはぎゃふんと言わせて黙らせたい。
でもなあ、会話ってのはお互いに意見を出し合って、その妥協点を探るのが目的だ。そういえばなにかのテレビドラマで言ってたな、『交渉に有るのはお互いの思惑と妥協点のみ』みたいなこと。
ただ、『交渉は人間同士のつき合いです。最後は誠意を尽くすほかに手はないのです』という台詞も有り、それは間違い無いだろう。『相手に対する敬意を失えば、相手は言葉を捨てて、今度は迷いなく武器を手にするでしょう』なんて台詞も有ったしな。きっとそれは間違いじゃない。増してやそれで己が有利になるのならなおさらだ。やはり話し合いってのはよくよく考えて話すことが大切なわけだ。
いや、さすがにそれはやらないぞ。女の子相手に腕力に物を言わせるってのは、いかにオレでも絶対にない。オレの主義に反するからな。てよりも、なによりもそれは男として最低だ。
というわけで、改めて誠意を以て返答することにする。といっても内容の変わるわけじゃないけれど。
だってこれ以上の妥協なんて、全く思い付かないわけだし。
「悪いけどそれはどうしようもないな。
だけどよ、好きでなければ嫌いっていうのは、剰りに乱暴過ぎやしないか?
それにオレは特別な関係になる気が無いってはっきり言っているわけだから、そんな風に咎められるいわれは無いはずだろ。
あと、キープだなんだって言っているけど、別にオレはそれを強要するつもりなんて全く無いから。だから嫌なら無関係ってことでも構わないぞ。
逆にだけど、それでもっていいっていうのなら、友人として付き合うのもありだ。現に香織ちゃんとはそういう関係なわけだしな」
正直に言えば諦めてくれた方が助かる。
でも嫌う理由も無いんだし、妥協っていうならこの辺が落としどころだろう。不本意ではあるけれどな。
「ええ、それで構いませんっ。仮令それが友人の関係だとしても、こうして気持ちを受け容れてもらえて、その上こんなお返しまで…。本当にありがとうございますっ」
うん、高階に関しては予測通りだ。基本この子は善良で少し内気な人間みたいだからな。
「もうっ。全く、あんたってば。こんな人のどこが良いっていうのよ。
今のこの人の台詞って、来る者は拒まず去る者は追わずってことでしょ。つまり貴子のことなんてどうでもいいって思ってるってことじゃない。なのになんでそんなのでそんなに喜んでいられるのよ?」
全くだ。自分で言っておいてなんだけど、確かにこいつの言う通りなんだよな。
それなのに、なぜか高階は喜んでいるし。
なんでだろうな。オレにもそこが解らない。
「なにを言っているのよ。男鹿先輩はそんなこと言ってないじゃない。
だいたい今の男鹿先輩の言葉は、その懐の広さの表れでしょ。
今は友人からだけど、でもそれはあくまで今だけで、将来にそれ以上を望んではいけないなんて一言も言っていないんだから、その可能性だってあるわけでしょ。だったら諦めるなんてそんなことできるわけないじゃないっ」
っちゃあ~……。やっぱりこうなったか…。
自分ながら優柔不断とは解っているけど、でも未来のことは解らないんだし、否定する理由にはならないしな…。
いや、以前ならこんなことで迷うことなんて無かったんだけど……。これってやっぱり香織ちゃんの影響だな。
「はあ~……。全く、もう。恋は盲目とはよく言ったものよね。
もういいわよ、好きになさい。但し後で後悔しても知らないんだからねっ」
う~ん。この結果って…。
一応なんとか落ち着くところに落ち着いたわけじゃあるんだけど、これって新たに余計な面倒事を抱えたような気が…。
まあ、さすがに香織ちゃんみたいなことにはならないとは思うんだけど……ってか、ならないでくれよ…。多分、大丈夫だとは思うけど……多分。
ま、まあともかく、一応はホワイトデーの問題も片付いたわけか。
どこかで絶叫の響く中、オレはそんな妥協的安堵を受け容れたのだった。




