Wの惨劇
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーっ!」
女性の絶叫が響いてきた。
その突然の大声に、美咲ちゃんを始め何人かの人間がビクリとしている。
「な、なによあれ。昼頃からちょくちょく聞こえてくるけれど、いったいなにが起こってるのよ」
まあ、いきなりのあの大声だもんなあ。由希のこの反応も当然か。
「本当、心臓に悪いよね。いつもいきなりくるから」
それは由希に限ったことではなく、美咲ちゃんや他のやつらも同じように困惑しているようだ。
「ねえ、さっきからやけににやにやとしているけれど、あなた、なにか知ってるの?
もしかしてあれ、あなたの仕業なんじゃないでしょうね」
え? そんなにか?
こんな中、なぜか佐竹は平然で、しかも冷静にオレにツッコミまで入れてくる。
「待ちなさいよっ。なんで純くんの仕業ってことになるのよっ。そんな根も葉もないことで純くんを疑うなんて失礼じゃないっ!」
当然香織ちゃんが反論する。まあそうだろうな。香織ちゃんがオレを疑うなんてことはないだろうし。
それ以前に、なにが起きているか解っていないこの状況で、なんの疑惑を掛けるのかっていう話だ。
「でも、男鹿くんだったらあり得るかも。男鹿くんって、女の子相手でも容赦無いし」
でも、それでも疑うやつはいるんだよな。
因みにこの台詞は斑目だ。
「否、さすがにこれは違うだろ。
そりゃあこいつならなにかやりそうだけど、でもそれだと動機が不明だろ」
ただ、それは河合によって否定された。
否定されたんじゃあるけれど…。
おい、河合。だったらその台詞はないだろ。なにが「こいつならなにかやりそう」だ。
まあ確かに、理由が有れば女であろうと容赦はしないけど。
「男鹿くんはいるっ⁈」
そんな中、女子生徒がオレを訪ねて来た。
その口調は敵意剥き出しだ。
そして口許は真っ赤。但しそれは口紅の類によるものではなく、何かで炎症し腫らしたかのよう。事実彼女のその声は少し枯れ気味になっている。
「なんか用か?」
とりあえず彼女に応える。…のはいいんだけど…。
「…ってよりも、とりあえずその鼻水を拭けよ、女のくせにみっともない」
オレの指摘にその子は顔を赤くさせた。いや、既に来た時から少しばかり赤味がかってはいたけど。
「うぐぅ…。だ、誰のせいでこんなことになってると思ってるのよっ」
そんな悪態を吐きながらも素直に鼻を擤むその子。やはり女の子ってことだな。
「アンタ、この子になにをやったのよ?」
由希がオレを問い糺してくる。
「いや、なにをやったって言われてもなあ…」
そりゃあ確かにオレが関係はしてるけど、でも直接の原因はオレじゃない。
「知ら逸っくれるんじゃないわよっ。よりにもよってあんな物を寄越しておいてっ」
いや、そこまでか?
……ああ、そこまでなんだろうな。
改めて彼女をよく見れば、口許は少し腫れているかのようだし顔も赤い……って、これはさっきも見た通りか。目許も赤く、涙の跡が残っている。あと、またしても鼻水が…。
「あれってそんなにキツかったのか? 一応は普通の市販のグミなんだけどな」
まあ要するにあれである。バレンタインのお返しってことで、彼女にはグミを返したのだ。
その意味は『あなたのことが嫌い』だ。
いや、だって、こいつのくれたチョコレートってのが、ただの義理じゃなかったからな。
つまり彼女は俄かに湧いてきた、オレの名声に肖ろうっていう下心まる出しの連中のひとりだったってわけだ。まあ顔までは覚えちゃいなかったけど。
でもそれは仕方がないってものだ。そんな有象無象になんて、いちいち気を遣ってられないからな。
「どこが普通なのよっ! あんな激辛グミなんてあり得ないでしょっ!」
いや、そんなことはないはずだ。普通に市販の商品だって聞いているし。まあ、正しくは期間限定品なんだけど、そこはそんなに関係ないはずだ。
彼女のいう激辛グミとは、昭和製菓の新商品『リトルキック』のことだ。
で、この商品なんだけど…。
『リル・ニトロ』というグミがある。このグミを一言でいうならば超激辛グミである。その辛さを数値で表すならば900万SHUという、世界で一番辛いグミだ。なんとも頭のイカれた話だ。恐らくこれがアメリカンジョークってことなのだろう。
かつて望まぬバレンタインのチョコレートに辟易したオレは、そのお返しにこの『リル・ニトロ』をなんて考えたことがある。もちろん思っただけで実行はしていない。
これは仮令冗談であっても他人に食わせていい物じゃないからな。自分で食うにしても自己責任。実際、動画配信をしているやつがうけ狙いで食って病院に搬送されたって聞くし。つまりそこまでヤバいグミなのである。
そんな話を昭和製菓の人間にしたところ、それならばなんて話になったのだ。
でも、それってあくまでも冗談って話だったのにな。まさか本当に商品化してしまうなんて…。
もちろんこの商品には『リル・ニトロ』のような、そんなイカれたレベルの辛さは無い。その味は唐辛子がベースらしく、その見た目もそれに合わせて唐辛子。因みに本家の『リル・ニトロ』は可愛らしいくまさんである。
「まあ、とりあえずそこはおいておくとして、それでも食べる時には解るだろ。
つまり辛いのを承知で食べてるんだから、あとはお前の自己責任じゃねえの」
パッケージにもそれっぽいことが書いてあるんだし、開封前にも解るしな。
「そこまで辛いとは思わなかったのよっ」
はは…、馬鹿だこいつ。恐らくは好奇心に負けたってところかな。
「なによ自業自得じゃない。それで純くんを責めるなんて筋違いよ」
さっきまで怒っていた香織ちゃんも、呆れきったのか、今ではすっかり気が抜けてしまっている。
「全くだわ。ねえ、あなた、もうこの辺りにしておいた方が良いわよ。まあ、まだ恥の上塗りをしたいっていうのならば止めないけど」
佐竹のこの言葉がとどめになったのか、彼女は悔しそうに去って行った。
「しっかし、アンタも呆れたことをしたものねえ」
由希が呆れたように言う。いや、ようにじゃなくって本当に呆れているんだけど。本人もそう言ってるしな。
「いや、だってなあ、あいつに限ったことじゃないけど、俄かでチョコをくれたやつらって明らかにあれだろ。素直に好意が有るってんならともかく、下心しかないようなやつらなんて鬱陶しいし、迷惑なだけだ。
だったらせっかくのホワイトデーなんだし、お返しでちょっとした意趣返しの悪戯くらいしたっていいじゃないか」
できればこれで懲りてほしい。変に他人に取り入ろうなんて、そんな不純なやつに用はないってんだ。やはり付き合う人間は選ぶべきだろう。
「好意って言えば、高階さんにはちゃんとお返しは渡したの?」
うぐっ…。やっぱり佐竹の言う通り、渡さないってわけにはいかないんだろうな…。
「……そうだな…。
はあ……。仕方がない、それじゃ行ってくるか…」
ああ、憂鬱になってくる。
いや、高階に問題があるわけじゃないけど、でも恐らくはこの間の連れの子がいるだろうからなあ…。
まあ、だからといってこうしていても仕方がない。
そんなわけで、オレは佐竹達に見送られ、高階の元へと向かうことにしたのだった。




