面倒臭い訪問者
放課後、高階がオレを訪ねて来た。
傍には女の子がひとり。物珍しそうにオレを観察している。
「ちょっと、奈緒子っ、そんなにじろじろと見るなんて失礼でしょ」
全くだ。オレは珍獣か何かかってんだ。
「まあそれも仕方ないんじゃない。アンタみたいな歳下の女の子よりも小さい男なんて、珍しくってそうそういるわけじゃないから」
「うん、本当、高階さんと並んでると余計にそう思えるよね。これってどう見ても姉と弟にしか見えないもん」
「るせえな。横から余計な茶々入れてんじゃねえよっ」
全く、由希に斑目ときたら、せっかく高階が注意してるってのにこれじゃ台無しじゃないか。
「なにつまんないこと気にしてんのよ、男のくせに。身長だけじゃなく器まで小さいなんて、そんなんじゃ高階さんに愛想を尽かされるわよ」
「余計なお世話だってえのっ」
斑目と違って、由希の場合は高階の連れの子に対するフォローって意味合いが有るんだろうけど、なにもここまで貶してくれなくってもいいじゃないか。
ほら、高階が気まずそうにしているじゃないか。
因みに連れの子は笑いを噛み殺している……んだよな? できてないぞ、こんちくしょうめ。
「それよりもなんの用なんだ? まさかオレを見せ物にってつもりじゃないんだろ」
うん、ここはさっさと話題を変えるに限る。
「えっ? あっ、ご、ごめんなさいっ。
そ、その……、実は…、この子が先輩に会ってみたいって言うもので…」
……はは…、本当に見せ物にするつもりだったようだ。
否、高階にそんな悪意は無いか。単にオレの僻みだな。
「ああ、要するに品定めってわけね。
そりゃあ高階さんって美人だものねえ。友人なら、変な男に引っ掛かってるんじゃないかって心配にもなるのも当然よね」
まあ、由希の言う通りってことだろう。不本意だけど、最近のオレって女の子を誑かしては侍らせる女誑しみたいに思われてるっぽいから。
別にハーレム願望なんて無いのにな…。
恐らくは周囲からの妬みだな。男女関係なく。間違い無い。
「で、実際に見てみればチビのちんちくりんか。そりゃあ、まじまじと見たくもなるってもんだよな。己の目を疑いたくもなるわけだ」
「誰がチビのちんちくりんだっ。全く、オレの気にしていることを指摘しやがって」
河合のやつ、これぞとばかりに欠点を突いてきてくれやがる。
「そんなに興奮しないで落ち着きなさいよ。低身長だってちゃんと需要が有るんだから」
「そうですよっ。小さくたっていいじゃないですかっ。だってこんなに可愛いんですからっ」
佐竹の言葉を肯定するように高階がそれに乗ってくる。
でも、可愛いってのはなあ…。
「ねえ、貴子。そんなことよりもそろそろ私のこと紹介してよ」
そんなことって…。否、まあ、確かにそうだけど…。
そんなわけで、高階により、連れの子の紹介が始まった。
彼女の名前は、鈴木奈緒子。高階のクラスメイトで幼馴染みってことらしい。
他にもいろいろと説明されたけど、それについてはどうでもいいだろう。だって正直、そんなことに興味なんて無いからな。人間に大事なのはやはり性格なわけだし。
で、その性格なんだけど…。
「あの、ところで御堂先輩は…」
と、こんなわけで、この子の関心はオレや高階のことなんかじゃなく、天堂と面識を得ることだったようだ。
本当、いい性格をしているよな。友人の心配よりも自分の欲望優先だなんて。
こんな幼馴染みを持った高階が、なんだか可哀そうに思えてくる。
「残念だったな。あいつなら今日は剣道部だぞ。春からの時代劇に出演が決まってるみたいだからな」
因みに朝日奈と向日もあちら側だ。まあ、御堂玲の親衛隊としては当然そういうことになるんだろうな。
それにしても、本当に天堂は真面目だよな。出番がどれだけあるかは知らないけれど、こうして役に役立つであろう技術を琢く べく、努め励んでるってんだから。きっと御堂玲の人気ってのは、こういう地道な努力によって支えられているのだろう。
「ええ~っ。
せっかく御堂先輩ともお近付きになれると思ってたのに~」
それに比べて、なんだよこいつ。頭の中にはそういうことしか無いのかよ。
隠す気なんてのは全く無いみたいだし、当然悪怯れることもない。
「ははっ、まあそれもそうだよね。普通に考えれば男鹿くんなんかよりも絶対に天堂くんだもん」
いや、確かにそれはそうなんだけど、でも斑目みたいに面向かってはっきりと言われると、それはそれでやはり面白くない。
「悪かったな、天堂じゃなくって。
用が済んだんならもう行っていいぞ。オレの方にはお前なんかに用は無いしな」
「ちょっと、純くん、さすがにそれはないと思う。
そりゃあ私は純ちゃんの味方だから高階さんには味方できないけれど、でもこの対応は酷過ぎだよ」
これまでずっと黙っていた美咲ちゃんが、ここにきて話に入ってきた。今の言葉の通りってことで、早乙女純に対して遠慮していたということだろう。
しかし、よりにもよってこの場面でって、美咲ちゃん、人が好過ぎだろう。
「そうですよっ。いくらなんでも女の子に対して酷過ぎですっ」
こいつ、本当に性格が悪いな。なんでもかんでも女だってことを持ち出せば許されるって思ってやがる。オレの嫌いなタイプだ。
「酷いもなにも、お前が用の有るのはオレじゃなくって天堂なんだろ。だから解放してやるって言ってるのに、なんでそんな風に言われなきゃならないってんだか、心外だ」
「言い方が問題なんですよっ。それにその後の台詞っ。「お前なんかに用は無い」なんて、普通、男の子は女の子に対して絶対に言いませんからっ」
なるほどな。そんな風に思い上がってるから、ああいう態度になるわけか。
「残念だったわね。彼にそういうのは通じないのよ。
基本彼は好意には好意で、悪意に対しては悪意で返す人間なの。それは相手が女の子であっても例外でないわ。
だからさっきのあなたみたいに相手を無視するようなことを言えば、ああいう反応が返ってくるのは当然ってわけ。つまりあなたの自業自得ね」
「そうそう。男鹿くんってば、女の子に対しても全く容赦ないもんねえ。本当、こんな人でなしな男の子って、私も初めてだったもん」
佐竹の言葉に斑目が続くけど…。
「お前に言われたくねえっての。
だいたいなにが人でなしだよ、単に公正に振る舞ってるだけじゃないか」
全く、本当にこいつは空気を読まないやつだな。
「うわぁ……。この人、本当に素で言ってる。フェミニストって言葉を知らない人だ」
そっちこそ素で言ってるのかよ、この女。
「それくらい知ってるってえの。逆に知らないのはお前の方だってんだ」
「あ~、言っちゃったよこの子。男鹿くんって、こういうモードに入ったら凄く鬱陶しいのに…」
斑目がなんか言っているけど知るものか。こういうのは中途半端だとナメられるからな。やるなら徹底的に叩き踣すべきだ。
「確かにフェミニズム ってのは女権拡張主義とか女性尊重主義みたいな意味合いだけど、行き過ぎたそれは最早フェミニズムとは言わないんだよ。つまり女性至上主義とか女性崇拝主義なんて意味合いじゃないってことだ。どうせお前もそこんところ思い違いしてる口なんだろ。
そんなお前らみたいなやつがいるから、男の側にも男性に対する性差別撤廃なんて情けないこと言う連中が出てきたり、女性嫌悪なんて言うやつらが出てきたりするんだよ。
だいたいだ、最近のフェミニズムってのは男女の関係なく性差別の撤廃を訴えるようになっているんだ。つまりお前の思っているそれは、最早時代遅れなんだよ」
「で、でも、それでも女性を労るのが紳士ってものでしょ」
全く、こいつは自分に都合の好いことばかり。
「まあ、確かにそれは理想的だろうけど、でもそれは自身のあり方の問題であって、相手から強要されるもんじゃないだろ。全く、なにを勘違いしてんだか」
「う…、なによこの先輩。絶対性格悪過ぎでしょ」
どうやら反論は無いようだな。つまり勝負あったってことか。
「もうっ、奈緒子ってば、いい加減にしなさいよっ。さっきから男鹿先輩に対して失礼なことばかりっ。
ごめんなさい男鹿先輩。こんなつもりじゃなかったんです。後で奈緒子にはよく言って聞かせますから。
それじゃ先輩方、これで失礼します。
ほら、行くわよっ、奈緒子っ」
そう言うと高階達は去って行った。
「なんというか、随分とまた、面倒そうな子だったわね」
佐竹じゃないけど、全くオレも同意見だ。「これで勝ったと思うなよーっ!」なんて、そんな負け犬の遠吠えが聞こえてきそうな気がする。
あんなのが幼馴染みだなんて、高階も苦労してそうだ。
※1 この『琢く』という言葉ですが、『磨く』や『研く』という漢字でも厳密な違いは無いそうです。
ただ、それでもやはり些かの違いはあるようで、それは次のような感じのようです。
【磨く】玉をみがいて光らせる。
【研く】刃物等を研いで切れ味を良くする。
【琢く】技術や学問等を上達させるように励む。
ただ、どの『みがく』でも、余計なものを取り除いて、より良きものにするという意味合いみたいなので、結局は殆ど同じということなのでしょう。
なお、他にも『みがく』と読む、同じような意味合いの漢字が存在するようです。
※2『フェミニズム』の語源はラテン語の『femina(女性)』から発生した言葉だそうです。なので『女権主義』ってのもある意味では間違いではありません。
本来は女性のあるべき権利を取り戻し、男性からの抑圧から解放しようって話だったのですが、やはり一歩譲れば二歩踏み込んできて終いには行き着くところまでってのが人間ってもので、気付けば女性至上主義を謳いだす有り様。虫の女王や日本の神話等好きなものを取り上げての正当化。そりゃあアンチの女性嫌悪なんてのも出てくるわけです。
ただ、そんな問題が出てきたりしたせいか、最近では作中にあるように男女平等を謳うように、いや、そればかりか社会的性別平等、つまり生物としての性別だけでなく精神的性別さえも越えて平等を謳うようになってきているようです。
※この作中や後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




