増えたバレンタインチョコレート
遅くなりましたが投稿再開です。ただ、暫く休んでいたため些かボケが残っていてペースダウンしています。できるだけ早めに以前のペースを取り戻せるようがんばるつもりですが恐らくは時間が掛かると思われます。すみませんが御容赦ください。
2月14日。世間は男女を問わずにある種の狂騒に包まれる。女性達は浮き足立ち、男どもは浮かれ立つ。そんな日の名はバレンタイン。女性が男性にチョコレートを手渡し愛を伝えるイベントの日だ。そんなわけで、周囲を見渡すだけでも女性達の意中の男性に告白する姿が見られたりする。そして男達の方はというと、チョコレートを貰って浮かれる者と、貰えず妬み嫉む者とに大きく分かれる。まあ、中にはそういうことに興味のないやつも少なからず存在するが。
オレにとってもそういう日だった。精々が親しい友人から親愛を込めた義理チョコを渡される日。実際、今朝方既に美咲ちゃん達友人連中からそれを受け取っている。それが変わったのは去年からだった。
「はい、純くん。バレンタインのチョコレートよ♡
一生懸命に作った私の渾身の力作よ、是非受けとって」
昼休憩、早速それを手渡された。
こんな風に気安く渡されているけど、実はこれは本命のチョコレート。しかも本人の言う通りの手作りに違いない。
ああ、周囲の男連中からの視線が痛い。まあ、なんてったって相手が相手だからなあ…。
彼女の名は加藤香織。国民的人気アイドルだ。そんな彼女はなぜかオレに対してぞっこんで……いや、理由については聞いてはいるけど、今ではそんなきっかけなんて関係なしにオレへと惚れ込んでいる様子。光栄で喜ばしくはあるけれど、でもなあ……。
「ごめん、悪いけど香織ちゃんの想いには応えられない。香織ちゃんのことは嫌いじゃないけど、未だそういう気持ちにはなれないんだ。だから今まで通りの友人としてとしか受け取れない」
今度は女性達からの視線が突き刺さる。先程の男どものとはまた別の視線だ。
「なによ、あのヘタレ。男のくせに情けない。あれじゃ香織ちゃんの苦労が偲ばれるわ」
「本当よねぇ。そりゃあ、変に擦れてるよりはいいけれど、それでも限度があるもんねぇ。男ならやっぱりそれなりの度量の大きさを持っててほしいところだわ」
くそっ、こいつら他人事だからって、勝手なこと言いやがる。
そりゃあ、こいつらの言うように受け容れるのは簡単だ。だけどその気もない相手を受け容れるってのは将来の可能性を放棄して妥協することに他ならない。
いや、香織ちゃんに不満があるってわけじゃないけれど、それでもなあ。
あくまでもそれは今の話であって将来に関してまでは解らない。香織ちゃんには悪いけどな。そんな気持ちで付き合おうだなんて失礼だろ。これじゃ相手の好意を弄んでいるのと変わらない。誑かしと非難されても反論の仕様もないだろう。
まあ、周囲からの非難云々はともかくとして、これだけの好意を示してくれる相手に不誠実な対応はしたくない。そんなわけで、この返答はオレとしては最大限の誠意のつもりだ。
「はあ…。やっぱり今年もダメなのね。でも、嫌いじゃないって言ってくれたし、一応チョコレートは受け取ってくれたわけだし良しとするわ。
それに今まで通りってことは、これからも同じようにアタックし続けてもいいってことでしょ」
はは、さすがだな。やっぱり香織ちゃんは香織ちゃんだ。
去年は散々悩んだけれど、対応の仕方の解った今ではそこまでの苦悩はなくなった。まあ、実際は香織ちゃんのお情けに縋っているだけではあるのだけど。
いや、本当のところは少し違う。これはお互いの妥協によるものだから。
オレは未だ恋愛事はよく解らないので、誠実であろうとするとできる返答はどうしても拒否になる。かつて真彦が美咲ちゃんに告白して撃沈したのがこの典型的な例だろう。
一方、香織ちゃんの方としても、拒否されてそれでお終いってよりは、ダメでも再度のチャレンジ可能な方が良いわけで…。
そんな理由で、お互いに友人の関係のままで保留というのがオレの出した答であり、そして香織ちゃんは今年もそれを受け容れてくれたってわけだ。
うん、解っているさ、オレが優柔不断なだけってのは。
いや、それでも何度も断わってはいるのだ。最初は鬱陶しいくらいにしか思ってなかったし。でも、これだけ好意を向け続けられていれば、どうしても絆されてしまうものだろう。
実際のところ、香織ちゃんは嫌いなタイプじゃない。明るく前向きで一生懸命、一途で滅げないその姿はどちらかといえば好ましく思う。些か盲目的なところは璧に瑕 だけれど。
でもなあ…、香織ちゃんには悪いけど、それでもやっぱり友人として以上の感情は湧いてこないんだよなあ…。
「まあ、できれば程々で頼む。あまりこういうので悪目立ちしたくないんでな」
そんなわけで、あくまでもオレ達は友人同士。ただ、それでもやはり負い目 は感じるわけで、なのである程度のことは目を瞑る ことにしている。但しそれはあくまでもある程度だ。過剰なものや、本人や他者に勘違いをさせるものはさすがに認めるわけにはいかないからな。
「もうっ、純くんったら。そんな人目なんて気にしないで放っとけばいいのに」
「オレは気にするのっ」
全く、香織ちゃんは相変わらずだ。普通、こういうのは人目を憚るものなんだけどな。「恋はやっぱり秘密にしたい」なんて歌っている曲もあるくらいなのに、香織ちゃんは派手に見せ付けたいタイプ。勘弁してほしい。
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放課後。オレの鞄にはチョコレートがいっぱいに詰まっていた。といってもほぼ全てが義理チョコだが。
だが、それでも例年とは大違い。去年に続き香織ちゃんから本命チョコが有るってこともあるのだが、今年は義理チョコの数が増えている。
「さすがは名プロデューサー様だよな。全く以て羨ましい限りだぜ」
河合の言う通りなのだろう。去年を大きく上回る量のこの義理チョコの数はオレの正体が割れたことの影響に違いない。
「どこがだよ。だいたいあいつらが見てるのはオレ自身じゃなくってオレの社会的身分だろ。そんな不純な動機のチョコなんて貰っても嬉しくねえっての」
いわゆる賂みたいなもんだ。ゆえにそんな物に靡こう気になれるわけがない。
「よく言うぜ。それが無ければお前も俺と同じ立場のくせに」
「全然違うよ。男鹿くんには香織ちゃんの本命が有るんだから」
河合のオレに対する僻みは、即斑目によってばっさりと切って捨てられた。日頃から空気を読まないやつだけど、今回ばかりは褒めてやってもよいだろう。河合のやつ、ざまをみやがれ。
「男鹿くん、なんかまた女の子が来てるよ」
なんて馬鹿なことをやってる間に横から声を掛けられた。どうやらまた新たな子がやって来たようだ。
はあ…。全く、勘弁してくれよ…。これが純粋にオレに対する好意ってんならばまだしもだけど、どうせこの子も例によって他の子と同じなのだろうな。
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「あ、あの…、これ、受け取ってくださいっ!」
彼女に連れて来られたのは、人気の少ない校舎裏。そして差し出されたのはチョコレート。
やっぱりな…。
「一応訊くけど、なんで? しかもこんな所まで連れて来て」
解っているけどあえて訊く。少し意地が悪いとは承知しているけど、どうせこいつも他の子達と同じで、オレになにかを頼み込もうって下心が動機なんだろうから、これくらいのことは構わないだろう。
「え?
……い、いや…、その…、それは……」
ん? なんだ? なんだか様子が変だ。
一瞬きょとんとしたかと思えば、その後なんか妙にもじもじとして、なかなか言動が続かない。
「あ、あのっ…、その……」
う~ん、全く要領を得ない。いったい何が言いたいのだか。
「ねえ、これってもしかして…」
「ええっ? 嘘?
でも、確かにこの反応は…」
向日と朝日奈がなにやら言っている。
こいつら、またしても覗きかよ。見れば美咲ちゃん達までいるし。そして当然香織ちゃんも。
いや、それよりもだ、もしかして、この反応がなにか解るのか?
「はあ……。まさか香織ちゃん以外にこんな物好きがいるなんてね」
由希もなにやら察したようだ。
…って、ええっ? これってもしかして…?
「ちょっと、由希ちゃん、純ちゃんのこと忘れてる」
そして美咲ちゃんも。
これってつまり……。いや、マジでか?
「な、なあ、もしかして、これって……」
恐る恐る本人に訊ねてみた。
返ってきた彼女の反応はというと、恥ずかしそうに一度こくりと頷くというもの。そして今は小さく俯いている。
はあ⁈ ま…。
「マジでえっ⁈」
思わず声に出し叫んでしまった。
※1 通常は『玉に瑕』と書きます。ただ個人的には『完璧』という言葉を意識しているので『璧に瑕』と表記しております。
これが『史記・廉頗藺相如列伝第二十一』の『完璧帰趙』の故事からというのは以前も取り上げましたが、実は『蕭統』の『陶淵明集序』出典の『白璧微瑕』(『白玉微瑕』ともいう)という四字熟語も存在するそうです。[Google 参考]
※2 この『負い目』という言葉と間違いやすい言葉に『引け目』という言葉があります。どちらも否定的な感情を表す言葉ですがその違いは次のようになります。
【負い目】相手に対して感じる感情。罪悪感など。
【引け目】自身に対して感じる感情。劣等感など。
[Google 参考]
※3 この『瞑る』という漢字には『つぶる』と『つむる』の二通りの読み方がありますが、ここでの読み方は『つぶる』が正解だそうです。
なんでも『目をつむる』の場合は『目を閉じる』という意味だけですが『目をつぶる』の場合は『見ないふりをする』という意味合いが加わるとのこと。
そんな理由でここではあえてふりがなを打ってみました。[Google 参考]
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




