embody the nobody -embody the non entity-
今回のサブタイトルは『何者でもないものの具現化』という意味合いのつもりです。綴りの似た言葉を使っての遊びでつけたものなので、正しく通じる意味となっているかは不明です。恐らくは『embody the non entity』のほうが正しい文章かも知れません。
因みにGoogleによると『non entity』には『想像の産物』といった意味の他に『取るに足らないもの』という意味もあるそうです。
オレ達の話に首を突っ込んできた神部。こいつはイラストレーターを目指しているという。
なんか変なやつではあるけれど、これって渡りに船なのかも知れない。せっかくなのでこいつにいろいろと相談してみよう。
「一応これは来月発表のリトルキッスのアルバムのカバーイラストでな。いや、もちろんこれを使おうってわけじゃなくってあくまでもこれはイメージの参考で、実際はこれを基にいろんなやつから意見を聞いて、それを参考にイラストレーターに依頼する予定だったんだ。
お前、イラストレーターを目指してるってんならちょうどいい、ちょっと相談に乗ってくれないか?」
「はあっ⁈ ちょっと、なんでそんな……って、そういやその子ってリトルキッスの花房咲なんだっけ?
でも、普通そういうのって事務所とかのやる仕事だろ? それをなんでお前なんかがやってるんだよ?
しかもまるっきりその手の才能が無い素人に任せるなんて、事務所も正気の沙汰じゃないな」
どうやらこいつ、オレの正体については知らないようだな。ならば面倒だしこのまま黙っていることにしよう。
「いろいろと事情があるんだよ。
それよりも、協力する気があるのか無いのかどっちなんだよ?」
オレは改めて神部に問い掛けた。
「協力って……。まあ、いいけどな。
で、それって結局どういうイメージだったんだ?」
ということで、再び前の質問に戻った。
「あー、口で説明するのは苦手だし、とりあえずそっちの持つイメージの魔女を簡単でいいから何種類か描いてみてくれないか? 多分、そこから選んだ方が早そうだ」
正直、オレの持つイメージよりもこいつの持つイメージの方が多そうだ。ならばそこから選んだ方が選択肢が多くて好い。中にはオレの思ってもいないようなものもあるかも知れないしな。
オレの差し出したノートに次々といろんなタイプの魔女が描かれていく。
イラストレーターを目指しているというだけあってオレとは比べようもなく巧い。
まあ、やたらオタク色の強いのがアレではあるけど、あとロリっ娘とかが少し多いか。
う~ん、オレのイメージは少し古いのかも知れないな。オレのイメージの魔女といえば、洋風のお伽噺のそれだもんな。あとは○様は魔女の○ンゴメリーとか、漫画の魔法使い○リーとか。
ああ、漫画といえば魔法少女マジカルリリーを忘れてたな。自分も携わった作品だっていうのに。
「あっ、そうだ。せっかく描いてるところ悪いんだけど、イメージを洋風のお伽噺風に近付けてもらえないかな。あと、日本の漫画っぽいものだけじゃなく、海外風や絵本の挿絵みたいなものとか、そういうのも描いてみてくれ。
あっ、でもさすがに老人のものはいらないから」
魔女といわれて一番浮かぶイメージのひとつが最後に言ったやつだけど、さすがにこれは必要ない。なんてったってリトルキッスのふたりのイメージなんだからな。
まあ、それは言うまでもないことのようで、その手のイラストは少なめだけど。代わりにロリっ娘がやや多い。しかも幼女までが混ざっているし、雑ざってもいる。同じ雑ざるなら動物耳とか尻尾までにしてほしかった…。
いや、デフォルメ風にすればそれも可愛らしくていいかも知れないな。これも候補のひとつに入れておこう。
そしてノートいっぱいのイラストができあがった。
これだけの数のイラストだけに結構時間が掛かっているのだけど、こいつのイラストは見る者にそんなことを思わせない。そんな見る者を魅了するイラストの数々がそこにあった。
鉛筆描きの絵のはずなのに、それらはとても凛々しかったり、知性的だったり、可愛いらしかったりと、そのひとつひとつがどれも魅力的だ。
「うわ~、すっご~いっ」
「本当、マジで巧いな」
いつの間にか鳥羽と小鳥遊が来ていた。
「へえ~、大したものね。
ねえ、純くん、今度はこの子を使ってなにをするの?」
そして香織ちゃんも。
ただ、神部の絵に感心したのか、いつものようにオレに抱き着いてくるのを忘れている。
……って、香織ちゃん、オレのことどういう目で見てんだよ。ただ神部が絵を描くのを集まって見てただけだってのに、まるでなにか企んでいるかのような言い方だな。
いや、まあ、企んでいるといえば企んではいるんだけど、でも今回のこれは星プロの仕事のことなんだし、とやかくいわれることじゃない。
「ああ~、ちょっとな。
実はちょっと魔女ってやつに興味があったんで、こうしてみんなで語り合ってたんだ。
で、神部がこういうのが得意だっていうからさ、こうしてイラストを描いてもらってたわけなんだ」
香織ちゃんが来たとなるとちょっとまずいな。
否、別に構わないか。特になにかしてくるってわけじゃないんだし。ただ、念のため口止めだけはしておくか。
「ああ~、香織ちゃん、ここで見たことは他言無用にしといてくれよな。それができないってんなら悪いけどここは遠慮してくれ」
「解ったわ。秘密にしておけばいいのよね。
で、これってなにをしているの?」
ここはやっぱり香織ちゃんだな。仲間外れよりも黙秘の方を迷うことなく選んできた。
そしてやっぱりオレの隣へ。
もうこの全てが予想通り過ぎて、殆どお約束の予定調和だ。ならばこの先もきっとオレの期待を裏切らないと信じたい。
「一言で言うなら、リトルキッス絡みの仕事だな。
来月に出すリトルのアルバムのジャケットのイラストがまだ決まってなくてな、そこでみんなに相談に乗ってもらってたってわけだ」
「え? それって、私が聞いてても良かったの?」
オレの説明に香織ちゃんが戸惑いの反応を示す。
香織ちゃんって、こういうところはちゃんと空気を読んでくれるんだよな。
「まあ、そうなんだけど、そこはさっき言った通りだ。ちゃんと約束は守ってくれるんだろ?
まさかオレの信頼を裏切るなんて真似はしないよなぁ。なあ、香織ちゃん」
「と、当然よっ。私が純くんを裏切るなんてわけないじゃないっ!」
「ああ、そうだよな。信頼してるぜ、香織ちゃん」
香織ちゃんに向かい、にこりと微笑んでみせる。
これで口止めは完璧だな。
「うわぁ、悪い男。惚れた弱みに突け込んで…」
「こいつ、なにげに誑しの才能があるよね。WISHの三人もすっかり手玉にとってるみたいだったし」
おい、向日に朝日奈、聞こえてるぞ。こいつら、人聞きの悪いことを言いやがって…。
そんなわけで、予定外の香織ちゃんまで交えての意見交換ののち、無事イラストの案が決定した。
そしてそれは神部にイラストに起こして もらっている。
よし、これで漸くだ。
オレは急いでこの場を飛び出した。
※1 ここで使われている『起こす』以外にも『下ろす』という言葉をよく耳にします。でも、このふたつの違いとは何なのでしょうか? 実は次のような違いがありました。
【下ろす】既存のものや以前にやったものではなく全く新しいものを発表したり使ったりすること。
【起こす】資料を下地に具体的な形にする作業。
[Google 参考]
そんなわけで、今回の作中のように、基となるものがある場合は『起こす』となるわけです。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




