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ピカソじゃねえよっ

 冬休みも終わり新学期。

 年は開けたが依然としてオレは忙しい。

 これでもオレは星プロから美咲ちゃん達リトルキッスを始めとしたアイドルを任されたプロデューサーのひとりだからな。まあ、今はまだ曲のプロデュースがメインだけど。

 それでもやはり忙しいことには変わらない。いくら年末の山場を越えたといっても、それでもやはりやることはある。

 例えば春に向けた新曲の製作とか。

 従来のリトルキッスだけでなく、昨年デビューのBRAINにWISH、それに受験の終わったフェアリーテイルも復帰してくる。


 ああ、以前のソングライターだけのままの方がまだ楽でよかった…。

 いや、そんな弱音を吐くわけにはいかない。大任とはいえプロデューサーを任されたからこそできることってのもあるからな。

 実際去年の夏の一件だって、オレがプロデューサーだったから美咲ちゃん達をあのスケベ写真家(カメラマン)の魔の手から守ることができたんだし。

 やはり武器となるものは多いに越したことはない。

 大事な友人を守るためだ、ならばどんなことだって甘んじてやってやるってんだ。


 さて、そんなわけで目下の問題なんだけど……。


「ちょっと、何よ、その奇妙な落書きみたいなの。

 もしかしてこれって抽象画 (※1)

 キュビズム (※2)……とはちょっと違うわよね。あなたが用意したからには、なんらかの意味のある見立絵みたいな謎掛け絵ってところかしら」


 うぐぐ…、佐竹のやつ。こいつ、解ってて言ってるのか?

 いや、それとも変に深読みしているだけか…。


「はは、そんなんじゃないわよ。

 そりゃあ、純の常日頃の性格の悪さを考えるとそんな風に穿つのも仕方ないけど、実際はただ絵が下手くそなだけだから」


 確かに由希の言う通りだ。

 だが、自分で描いたものではあるけど、それでも自分でそうとは認めるのはつらい。


「え? そうなの? 知らなかった。

 純くんってなんでもできるイメージがあったから、これは正直ちょっと意外だよ」


 はは、ありがとう、美咲ちゃん。でも、残念ながらそれは買い被りだ。いかにオレだって人間なんだ、苦手なもののひとつやふたつくらいある。


「でも佐竹さんも抽象画とはよく言ったものよね。これじゃピカソが裸足で逃げ出すわよ」

「うん、本当酷い絵。これなら子どもの落書きの方がまだマシなんじゃない?」

「ははは、全くだ。まさかここまで酷いとはな。

 まあでも、これもある意味一種の才能だな。こんな絵が描けるのは世界広しといえど男鹿だけだ」


 くそっ、朝日奈も向日(ひゆうが)も、そこまで言わなくてもいいじゃないか。

 あと河合、お前、あとで覚えてろよ。


「で、その変な絵って結局何なわけ?」


 斑目がオレに訊ねてきた。


 変な絵……。

 そりゃ、確かにそうだけど、なにもそうはっきりと言わなくたって……って、斑目にそれを望むのも無理な話か。だって斑目だもんな…。


「ちっ、お前ら揃いも揃って…。

 ったく、変な絵で悪かったな。一応これでも魔女のつもりだったんだよ。

 今度のリトルのアルバムでカバーに魔女のイラストを使うつもりなんでな」


 そう、目下の問題とは来月発売予定のリトルキッスのアルバムのことだ。

 これが決まっていないため、工場では生産が途中でストップしているのだ。

 いつものこととはいえ、毎度工場には迷惑をかけているよなぁ…。


「えっ⁈

 ちょっと、純くん、まさかそれを使うつもりじゃないよね?」


 オレの説明を聞いた美咲ちゃんが露骨に不安を口にする。


「今度のアルバムのイメージってホラーなの?

 これ、魔女っていうよりも殆ど妖怪の類だよね」

「否、妖怪ですらないだろ。

 でも、他に(たと)えようがないか。こんな奇妙な落書きじゃな」


 くっ、斑目に河合め、まだオレを貶めようってのか…。


「ま、まあ、佐竹さんの言ってたような抽象画としてならこれもアリなんじゃ……って、ごめん、やっぱり厳しいかも」


 ぐぐぅっ…。て、天堂…、お前でもフォローしきれないってのか。フォローがフォローになってない上に、それさえも厳しいと認めるって……。


「あり得ないな。まさかこんな冗談みたいセンスのやつが現実に存在したなんて。当に現実は小説よりも奇なりだ」


 美咲ちゃん達の背後から声がした。

 見上げればそこには少し陰りのある男子がひとり。


「あっ、神部くんっ」


 美咲ちゃんに神部と呼ばれたそいつはオレ達の中に入ってきた。そしてオレの絵を手に取り改めて目近に見て言う。

 こいつ近眼なのか? なにもそこまで近付けて見なくても。


「う~ん、やっぱり解らない。ここまでド下手くそだと、何をイメージしているのか読み取ることも難し過ぎる。せめて色でも付いていれば、辛うじてそこからイメージくらいは理解できたかも知れないけど、鉛筆描きじゃそれも無理か…」


 こいつ…。そんな真面目な分析されたんじゃ、本気で酷いみたいじゃないか。


「結局どういうイメージだったんだ? 悪いけど説明してくれないか」


 神妙な顔でオレに迫ってくる神部。

 いや、なんでだよ? そんな真剣な眼差しを向けられる覚えはないんだけど。


「お前、なにをそんなにマジになってんだよ?」


 河合が不思議そうに訊く。

 まあ、そうだよな。突如横から首を突っ込んできてこれだ、誰だってそう思うに違いない。


「ああ、これでも僕はイラストレーターを目指していてね、なのでこういうことには極力疑問を残したくはないんだ」


 これが神部の答えだった。


 ああ、またなんか変なやつに関わってしまったようだ。

※1 実在するものを具体的に描いた絵画を『具象画』というのに対し、具体的な対象を描写しない、色や線、形などで描かれる絵画を『抽象画』というそうです。

 この抽象画ですが、下で説明している『キュビズム』の他、『アクション・ペインティング』や『新造形主義』等と、やはりいろいろと種類があるようです。

[Google 参考]

 残念ながら作者には難しいことはよく解らなかったのですが、Googleのとある説明には『解らないのが抽象画』とありました。『意図は描いた本人のみぞ知る』ということで『考えるよりも感じる』的な楽しみ方でよいようです。

 まあそんなわけで『意味のある意味不明な絵』というのが抽象画という解釈でよいのではないでしょうか。もっというなら『独りよがりの中二病的な絵』ともいえるかもしれません。(笑)


※2 キュビスムとは、人や自然の立体的な風景を全て複数の視点から見た幾何学的な形で捉え、平面にそのまま表す芸術様式。20世紀初期にパプロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって産み出された新たな芸術表現らしいです。

 語源は、ブラックの描いた風景画が「小さな立方体(キューブ)のようだ」と評されたことといわれているそうです。

 有名な作品として、ピカソの『アヴィニョンの娘たち』『ゲルニカ』、ブラックの『ギターを持つ男』等があるそうです。

[Google 参考]


※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の(にわか)な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。

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