スカウトする者の責任
夏休みが終わった。
そして新学期がやってきた。
当然香織ちゃんもやってきて、お約束とばかりオレに抱き着いてくる。
「あら? 純くん、どうかしたの? なんだか疲れてるみたいだけど」
そんなにか? 態度に出したつもりはないんだけどな。やはり香織ちゃんには隠せないか。
「うん、ちょっとね。私達の仕事のことでいろいろと迷惑掛けちゃったから」
オレが応えるよりも先に、美咲ちゃんが気不味そうに応えた。
「ああ、あれね。全く本当にその通りよ。
あなた達ってば、どこまで純くんに迷惑掛ければ気がすむのよ」
香織ちゃんが美咲ちゃんを責める。
どうやらあの顛末は香織ちゃんの耳にまでも届いていたようだ。まあ、その可能性はあるだろうと覚悟をしてはいたから不思議なこととは思わないが。
「あ、それってもしかして例の写真集のこと?
てことはあの噂って本当だったんだ。男鹿くんがリトルキッスのプロデューサーだったって話」
え? なに? こんなところまで知れ渡ってんの?
まさか斑目までが知ってるとは…。
「え? おい、それってどういうことだよ⁈
そんな話初めて聞いたぞ」
「うん、私も今初めて聞いたわ。
ねえ、それって本当の話なの⁈」
河合と朝日奈は初耳だったみたいだ。
いや、それはふたりだけでなく由希や向日、他のクラスメイト達も同じで、斑目だけが例外なようだ。
「うん、ネットで噂になってるみたいだよ。
リトルキッスのプロデューサーは見た目が中学生くらいの、同じ歳の男の子だって。
これ、名前とかまでは出てないけれど、明らかに男鹿くんのことだよね。
リトルキッスに御堂玲、フェアリーテイルと親しい男の子って他には思い当たらないもん」
さらに斑目が応じる。
ネットかぁ…。
それについては解っちゃいたけど、まさかそれを身近なやつが見てるとまでは思わなかった。否、あえて考えないようにしていた。
でも、そうだよなあ。見てるやつがいないなんて、そんなことあるわけがないよなあ…。
「いや、だからってそれが必ずしもオレとは限らな…」
「悪いけど、誤魔化すのはもう無理よ。
だいたい文化祭だのなんだのと、あれだけ派手にものごとしておいて、今までバレてなかったことが奇跡みたいなものだったんだから」
オレの台詞を遮ったのは由希だった。
普段は空気を読んだ言動に拘るやつがこんなことを言うなんて…。
いや、こいつが言うからにはその通りなんだろう。
つまりは最早ここまでか。
「なんだよお前、やっぱり気付いていたんだな」
「そりゃそうでしょ。今も言ったけどあれだけ迂闊な言動をしてんだから怪しまれないわけがないのよ。
実際、私達の目の前で曲を作ったりしてたでしょ」
……あ、そう言えば。
そうか、やっぱりバレてたんだ。
さらに加えて由希が囁く。
「……それに仁さん達に偶に曲を作ってたのも知ってたし」
これを聞いて、より納得。
そりゃあバレるのも当然だ。
「でも、それでも黙っていてくれたんだな」
「まあね。私には他人のプライバシーを暴いて悦ぶなんて、そんな悪どい趣味はないもの」
さすがは由希だ。
清廉潔白が旨だと公言しているだけのことはある。
「ねえ、それって、男鹿くんに頼めば、もしかして私達でもアイドルになれたりする?」
クラスの女の子がオレに期待の視線を向けてくる。
それもひとりふたりじゃない。よく見りゃ男まで混ざってるし。
「なわけねえだろ。誰でもいいって程アイドルは甘い仕事じゃねえんだよ。
そりゃあ、確かにオレの周りにそういう子は少なくないけど、でもそいつらはそれだけのものを持っているからなれたんだ。そしてそれを磨き続けて漸く今の地位を維持できているんだよ」
こいつら、アイドルってのを、否、芸能人ってのを甘く見過ぎだ。
その耀かしさにばかり目がいって、その裏の苦労を知ろうとしない故の世迷言だ。
「それになにもいいことばかりじゃない。この度の美咲ちゃんみたいな仕事だって回ってくるんだぞ」
「水着写真集のことでしょ。その程度、別に普通じゃない」
オレが諭すもこんな反論をしてくる。
以前は同じ水着の盗撮で騒いでいたくせに。
「それで済めばな。
でも、そういうのって、相手によっては読者に媚びるべく過激なものを求めてくるし、その手の仕事を受け続ければ、アレな業界からも声が掛かる。
順調に売れてる間は気にせず拒むことも可能だけど、売れなくなってくればその手の話も断わり辛くなってくる。営業ノルマを熟そうと思えば、手段を選べなくなるわけだからな。
それだけ競争は熾烈なんだけど、お前らそういう覚悟があるわけ?
仮にお前らがあると言っても、オレは知り合いの子にそんな真似をさせるなんてのは御免だ。
だから芽の無いやつはお断わり。相手はちゃんと選ぶんだよ」
そう言うとオレは溜め息を吐いた。
だってなあ……。
WISHの三人。こいつら本当にどうしよう。
今のままじゃ、本当にこうなりかねないよな…。




