純と三人のアルバイト
リトルキッスの水着撮影の仕事が終わった。
ただ、なにごともなくというわけにはいかずいろいろとあったのだが。
お陰でそれなりの対応をせざるを得ない状況となり、オレとしてはそれに適した対応をしたつもりだったのだけど、実際のところは織部さんの手を煩わせることになっていたようで、恐らくは事務所にも迷惑を掛けていることだろう。
まあ、だからといって後悔はしていないが。あれだけは絶対に譲れないからな。
とにかくオレとしては、今回の仕事では最善を尽くしたつもりだが、それでも事務所側にどれだけの影響があったかは解らない。だとするともう少しその穴埋めを考えるべきだろう。
そんなわけで、オレは新たな手を打つことにした。
「え? ちょっと、それ本気で言っているわけ?」
電話先の佐竹が困惑しているが、それを余所にオレは話を続ける。
「ああ、この間のクイズ大会で見た時にすっかりと気に入ってな。それで今回声を掛けようと思ったわけだけど、大丈夫か?」
「それは訊いてみないと解らないけど、でも、いったいなにをさせる気?」
やはり姉として弟のことが気になるのだろう、その内容を確かめたいようだ。オレが変なことなんてするわけがないのに。
「心配なら要らねえよ。精々女の子をナンパするくらいだからな」
「はあ⁈
ま、まあ、あなたのことだから一応は信用はしてるけど、変なことだけは絶対にしないでよ」
疑問塗れの佐竹だったが、それでも弟達に話をしてもらえることとなった。
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佐竹の弟達はオレの依頼を引き受けてくれた。
そんなわけで待ち合わせ場所に指定したファミレスで彼らを待つ。
さほど待つこともなく彼らは現れた。
「お? 来たか。こっちこっち」
彼らに声を掛け呼び寄せる。
こちらに気付きはしたようだけど、どうにも様子が怪訝しい。もしかして解ってないのか?
「お前ら佐竹の弟とその連れだろ?」
改めて声を掛け直してみた。
「ええっ? もしかして? てかマジで?」
「いや、でもこんな子どもがかあ? どう見ても中学生とかだろ?
あ、そうだ、今は担当が席を外してるだけで、本当は……」
まさかとは思ったけどそのまさかだった。
くそ、こいつらめ。誰が中学生だってんだ。失礼なやつらだ。
佐竹のやつもちゃんと説明しなかったのかよ。
……しなかったんだろうな。
恐らく驚かせたかったとかそんな理由だろう。他人の劣等感を面白がりやがって。
「悪いがここにはオレひとりで、お前達を呼んだのはこのオレだ。
にしても口の利き方を知らないガキどもだ。こんなんでよくクイズ大会をあそこまで勝ち抜けたもんだ」
暗にこっちはそっちについてある程度のことは知っているんだと仄めかす。
実際は詳しくは知らないのだけど、それでも全く知らないってわけじゃない。威圧するには十分なはずだ。
「否、嘘だろ?それ。だってお前みたいな…」
ち、不十分だったか。否定してくれやがって。
でも、こうして会話している時点で、オレが呼び出した相手と半ば認めているようなものなんだけど、こいつ気付いているのだろうか。
「待て、浩司。恐らく彼は俺達よりも歳上だ。姉ちゃんの知り合いって言ってたし、多分間違ってないはず」
佐竹弟は姉同様に慎重な性格なのだろう。否、頭の回転が速いというべきか。状況を理解しつつあるようだ。
「ああっ、思い出したっ! こいつってあの時、あのお姉さんと一緒に居たやつだ」
佐竹弟の指摘に浩司と呼ばれたやつもオレのことを思い出したようだ。ってか、あの時美咲ちゃん達のことだけでなくオレのことも見てたんだ…。
「でもなんで…。普通こういうのって大人の人の仕事だろ」
もうひとりのやつが問い掛けてきた。
まあ、当然の疑問だろう。
でも、それについては答えられない。正体を明かすわけにはいかないからな。
なのでそれを自己紹介で誤魔化す。
リトルキッスと親しいということで星プロと縁ができたってことで強引に納得させるというわけだ。
お互いの自己紹介が終わったところで早速と仕事に入る。
但しこちらの思惑については教えない。あくまでも今は女の子談議 として振る舞う。
「それと仕事とどういう関係があるんだよ。まさかナンパを手伝うのが仕事なんて言うんじゃないだろうな?」
窓越しに通りを行く女の子についてあれこれと語り合うのが仕事っていうんだから、当然こんな疑問を持たれる。
「ナンパか…。まあ当たらずとも遠からずだな。
お前らにやってもらうことってのは、これって感じの女の子を連れて来てもらうことだし」
オレがこんな風に答えたせいもあって、困惑する佐竹弟達。
「どうだ? 可愛らしい女の子達と仲好くなれて、それで金が貰える。いい仕事だろう?」
こんなことを言ってみせたから余計にだ。
「なあ、もしかしてこれ、ヤバくない? あまりにも話が美味過ぎる」
実際こんな風に囁き合ってるし。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だって。
だいたい人を騙したりなんだりしようってやつが身バレするようなことをするかってんだ。少なくともオレの場合は佐竹……つまり良昭の姉が身元の保証人みたいなもんだし、変な悪さなんてできないっての」
とりあえず警戒を解かせるべく説得する。
「でも、それがあんたが騙されてないってことにはならないだろ」
そう簡単にはいかないか。でも、それなら…。
「だったら問題無いって。ちゃんとした相手からの依頼だから。これでもオレって事務所からは結構信頼されてるんだぜ」
オレに対する信用は無くても、事務所の信用ならどうだ。
「う~ん、ジュンさんがそう言うんなら、信頼してもいいかな」
ひとりは納得してくれた。だけど佐竹弟と残るひとりはまだ不審そうだ。
「いや、だってジュンさんって、あの時リトルキッスやそのマネージャーみたいな女性と一緒だっただろ。仕事とはいえあんな場所にまで態々連れて来るってことは、それくらい事務所側から信用されているってことの証明じゃないか。そんな人物の言うことなんだから俺は十分に信憑性はあると思うんだけど」
ただ、彼がこんな風に説明してみせたことでふたりも漸く納得して……否、佐竹弟はまだ微妙か、でも一応は受け入れてくれたし良しだ。
今日は女の子談議だけに終わった。
でも問題は無い。予定通りだ。
焦っても良い結果を得られるとは限らないし、まずはどんなことをするか慣れてもらえればそれで良しだ。
明日は実際に声を掛けもらおう。
※1 この『談議』という言葉は、多くの辞書で『談義』と同じ意味として扱われているのですが、新聞等では別の意味合いの言葉として扱われているようです。
記者が記事を書く時の国語表記の手引書である『記者ハンドブック』には、「談義〔道理を説く〕談義僧、法話談義」、「談議〔話し合うこと〕談議に花を咲かせる」という使い分けの用例が掲載されているとのこと。[Google 参考]
要するに『談義』とは『偉い人のお言葉』で、『談議』は『俗なレベルの話し合い』ってことになるみたいです。
さすがはお堅い新聞社。ものの権威に拘るってことでしょうか。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




