佐竹弟と怪しいバイト -結局なにがしたかった?-
「なあ、お前らあの子達どう思う?」
は? なに? これって仕事の話じゃなかったの?
そう言って彼が訊ねてきたのはガラス窓から見える女の子三人組について。
これっていったい……。
「どうって女子高生が三人だろ。三人とも結構可愛らしくっていい感じじゃね?」
浩司が早速答えてるけど、これってそういう話なのか?
「ふ~ん。で、どんな感じに?」
え? どういうこと? マジでそういう意味の問い掛けだったわけ?
ジュンさんの返しに余計困惑してしまう。
「え? そんなのいきなりなんだから詳しくなんて見てないって。
てか、それと仕事とどういう関係があるんだよ。まさかナンパを手伝うのが仕事なんて言うんじゃないだろうな?」
「いや、まさかそんなわけないだろ。
でも、浩司じゃないけどこれってどういうことなんですか?」
俺と同様なことを思ったのだろう、健次が浩司を窘めながらもジュンさんにその真意を訊ねた。
「ナンパか…。まあ当たらずとも遠からずだな。
お前らにやってもらうことってのは、これって感じの女の子を連れて来てもらうことだし」
「「ええっ? マジで?」」
あまりに以外な答えに、俺達三人の声が揃ってしまった。
これって冗談だよな?
いや、でも表情は至って真面目だし……? 真面目だよな?
彼の浮かべるその笑顔からは、残念ながらその真意は測れない。
「ああ、マジだ。
オレひとりの主観だけじゃどうしても似たようなのばかりになるからな。だから他のやつの意見ってのも参考にしたいってわけだ。
どうだ? 可愛らしい女の子達と仲好くなれて、それで金が貰える。いい仕事だろう?」
やはり冗談としか……否、怪しい話としか思えない。
どこの世界にこんな仕事があるってんだ。もしこの相手が知らない大人だったなら、俺は絶対に逃げ出している。
……まさか姉ちゃん、騙されたりしてないよな。いや、この人が騙されてるって線も……。
「なあ、もしかしてこれ、ヤバくない? あまりにも話が美味過ぎる」
健次が小声で囁いてくる。やはり不安に思ってるのは俺だけじゃないってことか。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だって。
だいたい人を騙したりなんだりしようってやつが身バレするようなことをするかってんだ。少なくともオレの場合は佐竹……つまり良昭の姉が身元の保証人みたいなもんだし、変な悪さなんてできないっての」
俺達の不安を察し、ジュンさんがこんな風に言ってくるけど…。
「でも、それがあんたが騙されてないってことにはならないだろ」
浩司がジュンさんに反論する。
なんだ、浩司も不審 に思ってたんだ。
まあそうだよな。いくらこの人姉ちゃんの友人だからといっても、精々この人の不信感 が拭えるだけで背後の不審さまでが拭えるわけじゃないからな。
「ははははは、なんだ、そんなことかよ。
だったら問題無いって。ちゃんとした相手からの依頼だから。これでもオレって事務所からは結構信頼されてるんだぜ」
本当かよ? どうにも胡散臭いんだよな。
「う~ん、ジュンさんがそう言うんなら、信頼してもいいかな」
え? 健次はそれで納得なのか?
俺と浩司は健次と顔を見合せた。
「いや、だってジュンさんって、あの時リトルキッスやそのマネージャーみたいな女性と一緒だっただろ。仕事とはいえあんな場所にまで態々連れて来るってことは、それくらい事務所側から信用されているってことの証明じゃないか。そんな人物の言うことなんだから俺は十分に信憑性はあると思うんだけど」
言われてみればそうかも知れない。
でも、だったらこの仕事ってどういう意味があるんだ? 女の子達を連れて来こいって話だったけど、それでどうしようってんだか。まさか本当にナンパってわけじゃないんだろうし…。
解らない。全くその真意が読めない。
お陰でどうしても怪しい話に思えてくる。
それでも態々俺達を雇ってまでっていうからには、絶対になんらかの意図はあるはずだ。
「まあ、健次の言い分も尤もか。
それに相手は一応は大手の芸能プロダクションだし、変なことをするようなやつを野放しなんてこともないよな」
浩司も健次の意見に乗るようだ。
理由は今言った通り。
ジュンさん自身の信用よりも事務所に対する信用か。確かにそれなら安心感は違う。十分に納得できる理由だ。
「まあ、そういうわけだな。だから心配は無用だ」
そんなわけで仕事に戻った。
仕事? これが仕事ねぇ…。
やっぱり違和感が拭えない。
だってこんな仕事なんて、普通じゃ聞いたことがないし。
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結局今日一日やったことといえば、女の子達を見てはその良し悪しを論じたこと。
最初は連れて来るみたいなことを言ってたはずだけど結局それはなかった。
「へ? なによそれ?
アルバイトってそんな内容だったの?
全く本当、いったいなにを考えてるんだか」
俺の話を聞いた姉ちゃんもやっぱり理解不能とのことだった。
でも、それって依頼人があのジュンさんって知ってたってことだよな。
「なあ、姉ちゃん、あのジュンって人、いったいどういう人なわけ? 確か姉ちゃんのクラスメイトなんだろ」
「う~ん……。
一言でいうならば変なやつってことになるのかしら。
悪い人間じゃないんだけど、時々変なことをするのよねぇ…」
なんだよそれ。姉ちゃんが毒のある言葉を吐くのはいつものことだけど、それでもここまで変だ変だと繰り返すっていったい…。
いや、でも確かに変人だよな。今日一日がそうだったし。
「でも、大抵やることにはなんらかの意図があるから、だから今回の良昭達の仕事にもなにかしらの思惑があるはずよ。よく注意しておくことね。
あと、ちょっとばかり気難しくて性格の悪いところがあるから、そこにも注意が必要かも」
はあ⁈ 変人な上に気難しい⁈
しかも性格が悪いって……。
いや、確かになんとなくそんな雰囲気はあったけど…。
姉ちゃんに性格が悪いなんて言わせる変人って…。
やめてくれよ、そういうの。不安になってくるじゃないか。
※1 以前にもやったかもしれませんが『不審』と『不信』、どちらも怪しいという意味合いの言葉ですが、その違いは次の通りです。
『不審』は『物事自体の怪しさ』で『はっきりしないため疑わしい』という意味合い。『不審な~』というように多くは『形容動詞』として使われます。
『不信』は『信用の怪しさ』で『信用が無く信頼できない』という意味合い。大抵は『不信』とそのまま『名詞』として使われるようです。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




