怒りの態度にもいろいろとあります
クイズ大会の収録に飛び入り参加した翌日、例の写真を持って許斐さんと宮内さんがやって来た。なんか漸くって感じだが、愈々写真の選別だ。
これはオレ達の希望による立会いで、美咲ちゃん達ふたりに対する気遣いでもある。
いや、だって人目に晒す写真だぞ、それがどんなものかは一応確認しておきたいと思うだろ。
まあ、あの采女の撮影とは違うんだから、さすがにヤバいものは無いと思うけど、それでもこれは嫌だなんてものが有るかも知れないしな。
そんなわけでふたりの許可をとっておこうってわけである。
……とはいっても、これってそういう写真集だからなぁ…。やはりふたりにはどこかで妥協してもらうことになるだろう。
つまりこれは、宮内さんにとってはふたりの許容できる妥協点を探る作業となるわけだ。
だが宮内さん、悪いけどオレは美咲ちゃん達の方に味方させてもらうぞ。なんてったってオレの関わるアイドルに安売りなんて言葉は無いからな。
というわけで、早速先制攻撃だ。
「ええっと、宮内さん、もう今回の写真集のタイトルって決めました?
もしまだだってんなら、この度新曲を作ったんで、それに合わせてもらえればありがたいんですけど」
「『私達そんなに安くない!』?」
曲のタイトルに宮内さんが困惑する。
いや、まあなぁ…。
あまりにも露骨なこのタイトルだけど、そのつもりで作った曲だから。
「ぶっ…。あの時作ってた曲ってこれだったのね。
全く、あなたって人は…」
小森さんが笑いを怺えながらも呆れるという、なんとも器用な反応を示す。
あ、これ多分、フェアリーテイルの命名の話を聞いてるな。まあ、この人は本来フェアリーテイルのマネージャーなんだから不思議ってことはないんだけど。
当時はあのふたりって、生意気で身の程知らずだったからなぁ。その教育には相当手を焼いたものだ。
そんなふたりだけに教訓としての命名だったわけで、同名のデビュー曲にもたっぷりと皮肉の毒を含ませてたものだ。
そんなふたりも今じゃある程度は丸くなって……いると思う。少なくとも身の程くらいは弁えるようになったと信じたい。
「まあ、そうだよね。純くんって、こういう状況で曲を作るのが得意だから。
中学の時の文化祭とかがそうだったし…」
そう言いながら美咲ちゃんも佐竹と顔を見合わせる。
ああ、そう言えば『Resistance』は生徒会選挙戦での応援のために作った曲だったっけ。
あれは相手側が相当に悪辣だったからなぁ。
なお、そんな騒動でありながらも、その相手である連中は学校側の都合により厳重注意ってことで内々にすまされている。いわゆる大人の事情ってやつだ。
「千鶴さんにもそんな悪戯をしたって聞いてるわよ。
あの『恋愛中毒』もそんな悪ふざけで作った曲だって話だし」
佐竹が美咲ちゃんに相槌を打つ。
いや、さすがにそれはそこまでのことじゃないだろう。ちょっとアダルトっぽい路線の歌詞にしただけだし。
まあ、あの時一緒に作った曲について言われるのなら反論のしようもないけれど。
なお、その曲『恋のFire Works』(仮)は想定通り聖さんの手により『恋花火』という演歌へと変わっている。
もちろん千鶴さんがそんな曲を受け入れるわけもなく、それは演歌歌手である皐月さんの手に渡ることとなり、その代わりの曲が先ほどの『恋愛中毒』なわけである。
「なんだよ、よりにもよって三人揃って。
これでも一応イメージ戦略に基付いて作った曲なんだから、そんな文句を言われる覚えはないっての。
もちろん今回の写真集も意識しているから、そんなに聞く者に対しても……、否、そこはやっぱりお高く留まっているって捉えられることにはなるけど、でもあまり媚を売っているみたいに思われるのも心外だろ。
この曲は、ある程度は気を許すけど、だからって過剰な期待には応えないって、そんな当たり前のことを言ってるだけの曲なんだよ」
そう言ってオレは曲の歌詞を見せて説明する。
「ふ~ん、なるほどね。今回の曲は大人っぽくなった純ちゃんのイメージなんだ。
確かに純ちゃんならこんな風に言いそうだもんね。
純ちゃんって結構お堅いところが有るから」
一番最初に理解を示してくれたのは、やはり美咲ちゃんだった。さすがはオレのよき理解者だ。まあ、恋愛事についてを除けばだけど。
「あら、当たり前のことを言ってるだけでしょ。なにごとにも順序ってものがあるし、けじめっては大事だって言ってるだけなんだから」
佐竹が美咲ちゃんに抗議する。否、諭しているって言うべきかな。
でも、そんなんだからお堅いって言われるんだよな。
「まあ確かに。こういうのって見る者に変な誤解を与えやすいからね。
それにこういう仕事を受け始めると、そういう路線を期待されるものみたいだし。
実際、この手の仕事からその手の方面に移行するタレントさんも少なくはないって話はよく聞くよ」
宮内さんがとんでもないことを暴露してくれた。
ああ、やっぱりそうなんだ。その手の業界の宮内さんが言うんだから、きっとそういうことなんだろう。
いや、宮内さんの勤める出版社がそういうのを主体とした会社ってわけじゃないんだけど。
まあでも、そんなものなのかも知れない。
なんてったって、そういう需要があるところにひょいと顔を出すんだから、その手の供給をする意思があるって思われても仕方のない話だろう。むしろその気がないんなら、思わせ振りなことをするなって話か。
「う~ん、被写体に対してとやかく言うのもなんだけど、確かに宮内さんの言う通り、これはそういう声のかかりやすい仕事だからね。だからその気がないならこの手の仕事は控えた方がよいってのは本当だろうね」
写真家の許斐さんも肯定しているし、ますます信憑性が高まってきた。
「いや、さすがにそこまで言わなくても。だいたいそういう人達全てがそっち方面に流れるわけじゃないんだし。これはあくまでもそういう声がかかりやすいってだけの話だから、だから本人達にその気がないって解ればそんな話も出てこないから」
慌てて宮内さんが否定する。
でも、この話を振ってきたのは宮内さん本人だろうに。
いや、だからか。そんなことを言い広めたなんて噂が立てば、その業界の人達からの非難の的になるもんな。
「はは、まあそういうのはその手の路線でいく人達に任せればいいとして、このふたりに関してはそのつもりは全くの皆無ですので、そのつもりでお願いしますよ」
「え、ええ、解ってます。
基本的には、そういう仕事を受ける人達ってのは、余程仕事に余裕がないか、あるいはなんらかのイメージチェンジを図りたいって理由の有る人達が殆どですから、少なくともこのおふたりに関しては全く縁のない話でしょう」
宮内さんがオレの申し出に当然と肯く。
でも、それならなんで一時はあんな話になったんだよ。いや、その原因は明らかか。なにもかもみんなあの采女ってスケベ写真家が悪い。
「ああ、それなんだけど、彼をそんなに悪く言わないでもらえないかな。今回の件はただの不幸な意見の食い違いで、彼としては彼なりに真剣に仕事をしてただけなんだから」
オレの呟きを聞き取った許斐さんが采女のフォローに入った。恐らくは今回の仕事を回してもらったことに対する義理ってことなんだろうけど、でもなあ…。
「ええ、そうですね。今回の仕事を企画した私が言うのもなんですけど、できれば彼のこと悪く思わないでもらえないでしょうか。
もともとはそっち方面を主体としていた采女に、あえて今回の仕事を依頼した私に落ち度があっただけなんですし」
まあ、そうなんだよな。後から聞いた話によると、今宮内さんが言った通りで、でもだからって一緒に仕事をする相手と協調できないってのは問題だろう。全く、いい大人が聞いて呆れるってもんだ。
「でも、それならばそれでちゃんと話し合いをするべきだったのでは?」
小森さんがオレの心中を察したかのように代弁する。
まあ、察するとかしないとか以前に、あいつのあの傲慢な態度ってのは、オレじゃなくとも腹に据えかねる酷さだったし、小森さんも同様に感じてたってことだろう。実際あいつってば、オレ達のことを女子供なんて言って小馬鹿にしてくれて、全く話し合いにならなかったもんなあ…。
「いや、それに関しては本当に申し訳ありません。
ただ、あいつの場合、この業界でそれなりの立場を築いてしまったせいでしょう、一旦事を構えたからには素直になれなかったわけで。それでもこの許斐さんを紹介してくれたわけですから、それを謝意と受け取ってはもらえないでしょうか」
それに対して宮内さんはあいつに代わって謝罪してきた。
まあ、宮内さんってあいつとは友人ってことだったからなあ。でも、だからってここまでするものだろうか。なんとも人の好い話だ。この人だってあいつに面子を潰されたひとりだろうに。
「まあ、それに関しては私がとやかく言える問題ではないですし、判断は事務所の方に任せてますんで正直仕方がありません」
小森さんは、やっぱり未だにご立腹のようだ。表面上は仕方がないなんて言っているけど、あくまでもそれは事務所としての意見に従うってことであって、自身のことについては一言も言及していないし。
「まあ、それについては今さらどうでもいいんじゃないですか。そんなことよりも早いところ写真選びに入りましょうよ」
このままじゃ話が進みそうになかったので、強引に進めさせてもらうことにする。
因みにオレも小森さん同様で、あいつのことを許すとは一言も言ってはやらない。その代わりにどうでもよい扱いをしてやったわけだ。
しかしこの大人の態度ってやつだが、怒らない代わりに無視を決め込むってのは、ある意味相手にとっての一番の侮辱になるんじゃないだろうか。これだから大人ってのは質が悪い。




