雨の日の過ごし方なんて、だいたいこんなものじゃないだろうか?
撮影日翌日は雨だった。あの撮影の終了後、撤収と同時に空模様は怪しくなり始めホテルに着いた途端に本降りに。風が吹き荒れ雷鳴が轟くといった嵐のような大雨が一晩中続いたのだった。
う~む、こうなるとあの時点で撮影が終わったのは僥倖だったな。
否、撮影前に天気を気にしていたからには、それを計算に入れた撮影進行だったのだろう。
しかしそれでもあそこまで完璧に読みきれるものなんだろうか。あまりにもタイミングが合い過ぎだ。
まあでも、読みきったんだろうな…。
だとすると、写真家ってのは随分と繊細さが求められる職業ってことになる。
確かに美咲ちゃん達の撮影はふたりに抵抗感を感じさせることもなく、それどころか自然体で撮影に臨めたみたいだったし…。
ふたりの撮影前の心境ってのは、恐らくは『臨む』よりも『挑む』ってのが相応しかったはずだろうからな…。
これらのことから考えるに、許斐さんってのは随分と優秀な写真家なんだろう。これなら写真の方も期待できそうだ。
「あ~あ、せっかくのお休みなのに雨なんて、これじゃどこにも遊びに行けないよ」
ああそうだった、そういや今日の予定だったな。
許斐さんの写真ができあがるまでの間は再び暇となるわけだからなあ。
まあ、今はそこまで激しいってわけじゃないけど、それでもやはり雨は雨、外出するには不適切な天気であることには変わりない。なので美咲ちゃんがぼやくのも当然か。
「仕方ないでしょ、こればっかりはどうしようもないもの、諦めるしかないわ」
佐竹が美咲ちゃんを宥める。
でも、この様子だと佐竹の方も案外楽しみにしてたんだろうな。こんな風に遠くまで来て遊べるなんて、そんな機会はそうそうあることもないだろうから。
「あなた達ねえ…、ここになにしに来たと思ってるのよ。一応は仕事で来てるんだから、遊ぶことばかり考えてちゃダメでしょ」
小森さんがふたりに注意を促す。
だだ、この前のことを考えるとなぁ…。
仕事に託つけて自分の水着を購入し、剰えそれを着込んでたりと、明らかにこの指摘は自身にもブーメランの如くだろうに。
「むぐぅ…。な、なにもこんな場面で揚げ足を取らなくても…」
オレのツッコミが聞こえたのか、小森さんが恨めしそうに睨んでくる。
否、愠めしそうにか? 恥をかかされ小腹を立てるって感じだしこっちかな。
でも、自業自得なんだから自身を憾むべきだろうに。
…って、あれ?
この『憾む』って、他人に対しても使うんだったっけ? なんか『遺憾に思う』なんて他人を責める言葉も有るし…。よく解らなくなってきた。
ええっと、『恨む』が『不満』で『怨む』が『憎悪』、『憾む』が『後悔』だったか。でもこれって『残念に思う』って意味だし…。
「もう、またやってるし。そこは素直に『遺恨』の『恨む』でいいじゃない。『怨念』の『怨む』は常用漢字外で『遺恨』の『恨む』に置き換えられることが多いんだし。あと、最後の『憾む』だけど、あれは自身に向けられるもので合ってるわよ。
そりゃあ『遺憾』みたいに使われることもあるけど、でもだからって実際に使われる言葉でそれを気にする必要はないでしょ。
こういうのは相手に正しく伝わることが大事なんだから、それに合わせた一般的な言葉使いをすればいいのよ。
それこそ『愠色を示す』なんて表現を使ってみたところで、どれだけの人間が理解できるのかって話。難しい言い回しが求められているわけじゃないのにそんな表現を使うのは、ただ己の文才を衒らかしたいだけの自己満足の中二病くらいよ」
うわぁ…、佐竹もかよ。
いつものダメ出しのツッコミだけど、相変わらずで容赦ない。
ただ、オレの知識は否定されたってわけじゃなく、それどころか肯定されたわけだから、まあよしとするけれど。
否、人格の方は否定されたわけだし、やはり今のは取り消しだ。中二病なんて言いやがって。そこは承認欲求とか他に言いようがあるだろうに。
「…………えっと…。
ねえ、純ちゃん、今の『うんしょく?』って、やっぱり『うらめしい』とかって意味?」
美咲ちゃんの方は、オレの呟きが聞こえてたかどうかは不明だな。
「ええそうよ。こっちは『気に障る』とか『軽く腹を立てる』とか、だいたいそんな感じの意味合いね」
「あ、小腹を立てるって言ってたやつか」
佐竹の説明に納得と肯く美咲ちゃん。
なんだよ、こっちも聞こえてたんじゃないか。
「ええ、でもそうですね。これは私自身も含めて、あまり羽目を外し過ぎないように注意が必要でしょう」
小森さんが話を締めるかのように、再び注意を促した。
但し今度は自身も含めて、オレ達全員に対してだ。
「とりあえず今日のところは、ホテルで英気を養うってことになりますかね。美咲ちゃんじゃないけど、この雨じゃ外出に相応しいとはいえないですし」
オレも小森さんの意見に賛成とばかりに、今日の予定の確認をとる。
まあ、そうはいっても、単にホテル内でおとなしくしていようってだけの話なんだけど。他に予定なんて思い浮かばないし、そうなるとどうしてもこうなるのは必然だよな。
「あ~あ、つまんないの」
美咲ちゃんが小森さんの返答を待たずしてぼやく。
まあ、他に選択肢なんて無いだろうから、美咲ちゃんのこれで決定とばかりな態度も無理もない。
小森さんの否定は無いし、つまり実際にこれで決定ということだな。
「ところで、さっきから気になってたんだけど、あなたのそれって…」
佐竹がオレの手元を覗き込みふと言葉を漏らした。
「ああ、せっかくの空いた時間だし、それにいつもと違う環境だろ。だったらそれらしいインスピレーションが湧くんじゃないかと思ってな」
「あ、純くんってば、新しい曲を作ってたんだ」
美咲ちゃんも連られたようにオレのノートパソコンを覗き込んできた。
「へえ、話には聞いていましたが、そんな風にして曲って作られてたんですね」
小森さんもふたりに連られてパソコンの画面を覗き込んできた。
そういえば小森さんがオレの曲作りを見るのは初めてだったっけ。
いやまあ、それも当たり前か。なんてったってオレの作曲家JUNとしての姿ってのは、これまで世間には極秘だったわけだし、その正体を知ってるやつにしたところでオレの作曲作業を見たことのあるやつってのはそんなにいないからな。
知っているやつといえば……。
せいぜいが美咲ちゃんと、師と仰ぐ聖さん、あと、一緒にその場に居た織部さんか。
フェアリーテイルのデビュー曲を作った時は、レナとミナのふたりもその場に居たか。なんてったって、あいつらに実力を示す必要性があったからな。
あと、不可抗力だったけど香織ちゃんもか。本来なら正体を伏せての作業のはずだったんだけど、口の軽い誰かさんのせいでバレてしまって、それで開き直ってそのまま作業したんだっけ。
正体を伏せてってことなら由希や真彦の前で作業したこともあったな。まあ、あの時はあくまで参考意見を聞かれただけってことで通したから……あれはノーカウントでもいいか、実際のところはイメージ固めでたいした作業はしてなかったし。
でも卒業式前のあれはやはりカウントに入れるべきか。一応正体は隠していたけど、ちゃんと作業はしていたわけだし。因みにあの曲は卒業記念の曲ってことで、作詞は花房咲と御堂玲、あとその場に居なかったことになっているけど早乙女純の名前が連なっている。つまりは四人の(正しくは三人だけど)共同作詞だ。てなわけで作業に携わった天堂と、知らずとはいえ(多分)、傍でそれを見ていた由希も……やはり数えるべきなんだろうか?
あと兄貴もか。まあ、こっちはデスペラードのデビュー以前、アマチュア時代の冗談紛いだったけど、でも今じゃ正式なデビューを果たし、そして葉さん達の手により編曲されたとはいえどもその曲が正式採用されている以上これもカウントに入れるべきか。
……なんか思った以上に結構いるな。
「本当よね。私だってこうして実際に目の前で見るのは初めてだってのに」
オレが思い出しながら数えていたのを、傍で聞いていた佐竹に呆れたように呟いた。
「ええっ⁈ 純ちゃんって初めてだったの⁈
私達のデビュー曲を始め、最初の頃って結構純ちゃんが純くんの作った曲を持ってきてたから、絶対に私以上に見てるとばかり思ってたのに」
美咲ちゃんが驚愕の声を上げた。
うん、当初はオレもその設定のつもりだった。
否、佐竹がこんな風に言った、つい今さっきまでってのが正しいか。
「別に怪訝しいなんてこともないだろ。
確かに早乙女純とは長い付き合いだけど、だからった常に一緒ってわけじゃないんだから。
それに正直な話、多分だけど一緒にいた時間ってのは美咲ちゃんが一番長いと思うぞ」
実際は由希が女性じゃ一番長いんだけど、それはあくまで幼少の頃の昔の話で、今はやはり美咲ちゃんだろう。最近だとそれに香織ちゃんが次いでくるってのがなんとも悩ましいところだけど。
「えっ、嘘っ? それって純ちゃんがあまりに可哀そう過ぎだよ」
はあ……。やっぱりこうくるんだな。あくまでもオレと早乙女純とをくっ付ける気で満々か。
「余計なお世話よ。前から何度も言ってるでしょ、彼とはあくまで友人関係だって。
そんな他人のことなんかより、少しは自分の方の心配をしたらどうなのよ」
うわぁ……。佐竹のやつ、あまりに美咲ちゃんが執拗いせいか、こんな皮肉で返しやがった。
「ええ~。私はまだいいよ、そんなのなんて興味ないし」
いや、絶対に嘘だな。
否、正しくは本当だろう。ただ、自分のそれに興味が無いだけだ。
他人のそれを見て羨ましいと思わないから、そんな感情が湧いてこないってところかな。
でも、恋愛に興味が無いってわけじゃなく、憧れているのも確かだろう。
だから他人のそれに共感したがってるってのが、恐らくだけど美咲ちゃんの本心なんじゃないだろうか。
まあ、あくまでこれはオレの想像で、実際がどうかなんて当事者にしか解らないものなんだけど。
恋に恋する女の子の心理ってのはこんな感じじゃないだろうかと推測した結果に到った結論がこれなわけだ。
ただ、あくまでこれは男のオレの女の子論、つまりオレの理想の女の子像からの推測だけに、果たしてどこまでが合致しているものかは不明。
これって天堂辺りなら解るのかな? あいつってこういうことには長けてそうだし。
否、さすがの天堂でも多分無理だな。だからこそ古来より女は謎なんていわれるのだろう。
この日はこんな感じで、特にこれといったことも無く、平穏に過ぎていったのだった。
※この作中にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




