水着撮影会当日 -でも、水着の描写は今回はナシです-
撮影日当日は好天に恵まれた。
まあ、さすがに雲ひとつない澄み渡った青空とはいかなかったものの、それでも天上の雲は強い日射しを嫌ったかの如く霧散し、彼方に積乱雲が見えるだけだ。
「あ~、これはまずいな。あまり長引かせると、天気が崩れかねないや」
目の前に現れた男性がいきなりオレの意見を否定した。
「ええそうね。上空の風は思ったよりも強そうだし、場合によってはあの積乱雲がこちらに向かってくることも考えられるわよね」
それに佐竹が同意を示す。
積乱雲ってのは天気のよい日にできる積雲が成長してできたもので、要するに雷雲のことだ。つまりあれが雨を齎すわけだけど…。
やめてくれよ、せっかくの晴天だってのに。
でも、確かに佐竹達の言う通りになるのかも。
日中は海風が吹くからなあ…。
日中の陸上ってのは海と違って気温が高い。その輻射熱で熱された空気は上空へ運ばれるので地上の気圧は低くなる。そうなると当然気圧の差で海側からそれを補うように空気が移動してくるわけで、これが海風っていうわけだ。
「はあ…。天気予報じゃそんなこと言ってなかったのに…。
でも、海風とか陸風ってのは沿岸部特有の局地的なものだし、その上に規模が小さいから、予測しろってのは無理な話か」
まあ、そうはいっても、必ずしもそうなると限ったわけじゃない。なにも悲観的な考えになることもないか。
そんなわけで撮影の準備が進んでいく。
といっても、オレには特になにかすることがあるってわけじゃないので、こんな感じで様子を見守るくらいしかすることがないんだけどな。
「よし、それじゃ始めようか。
ふたりとも準備は大丈夫?」
先ほどの男性が美咲ちゃん達に問いかけた。
「あ、はい、大丈夫です」
「ええ、それではよろしくお願いします」
美咲ちゃん達がそれに応じたことで、愈々撮影が開始となった。
今さらだけど、この男性こそが今回の代役の写真家だ。
名前は許斐透。年齢は多分二十代半ば。もしかするともっと若いかも。
ただそんな若手の人物だけど、彼を連れてきた担当のおっさんの話によると、その腕前はなかなかのものってことらしい。
「もう、この前からずっとおっさん呼ばわりだけど、それってあまりにも失礼でしょう。いい加減ちゃんと名前で呼んであげなさいよ。まさか忘れたってわけじゃないんでしょ」
はは、小森さん、実は指摘通りでそのまさかだ。
いや、あのおっさん、本当なんて名前だったっけ。
「呆れたわね。まさか本当に覚えていなかったなんて」
いやだってさ、もともとはオレってこうして表に出てくるつもりはなかったし、だったら覚えてなくてもいいって思うじゃないか。
「あの担当の人の名前は宮内一夫っていうの。この際だから覚えておきなさい。
全く、こうしてすぐに代わりの写真家を迎えられたのも、彼の手腕によるものだってのに」
正しいところは少し違った。
この代役の許斐さんだけど、実はあの写真家の采女による紹介だ。
やはり契約中の仕事を放り出してそのままってのは、さすがのあいつも気がひけたってことらしい。
まあ、こんな譲歩を引き出せたのも、うちの織部さんとこの講文社の担当のおっさん……宮内だっけ? とにかくこのふたりによる談判による成果だった。
なんでもこの三人って学生時代の友人同士だったらしく、今回の仕事はその縁によっておっさんから両者に持ち込まれた話だったらしい。
それであのおっさんってばあいつに対して終始弱腰だったわけだ。もちろん仕事を依頼した会社の立場ってのもあるだろうけど。
つまりそれが無くなれば遠慮は無用、これまで我慢してきた鬱憤が一気に放出となったってことだろう。なんてったって面子を潰されたわけだからな。
そんなわけで、これはやっぱりあのおっさんの交渉の賜物ってなるわけか。
「確かにな。あとは織部さんのお陰か。
はあ……。なんかあれだけ意気込んでみたものの結局は織部さんに尻拭いをさせてしまったわけか。やっぱりまだオレも単なる子どもに過ぎないってことだな。
なんか自分の増長ぶりだけが露呈しただけの結果になってしまって、自分が情けなくなってきた……」
いや本当、あれだけ散々格好付けたこと言ってきてこれだ。端のやつらの目にはさぞや滑稽に映ることだろう。
「やめてよ。それを言われると私も同じなんだから。
せっかくふたりの代理マネージャーを任されたっていうのに、結局はなにもできなかったわけなんだから」
うん、確かにな。現場にいるオレ達じゃなくって、この場にいない織部さんが解決してしまったわけだから本当オレ達っていい面の皮だ。
「いやまあ、ふたりだってしっかりと務めは果たしてるって思いますよ。
少なくとも彼女達が、こうして気分好く撮影に臨んでいられるのは、あなた方の尽力があったからなんですから」
傷を舐め合うかのようにへこむオレ達に慰めのかけてきたのは担当のおっさん、つまり宮内さんだった。
でも、今回の一件の立役者のひとりにこんな風に言われてもなあ…。
ただ、確かにおっさんの言う通りで、あの写真家をこの撮影から排除するきっかけにはなれたわけだから全く役立たずってわけじゃないだろうけど…。
「まあ、そうですよね。
宮内さんの言ってくれたように、少なくともふたりを守ることはできたわけだし。
それに結果が良ければ全て良しってわけじゃないですけれど、それでも大事なのは過去よりも現在、そして未来。
今回はこんな無様を曝してしまいましたけど、でも今後で挽回してみせます。
ってことで、まずはこの企画を成功させることですかね」
ああそうだ。確かになんの結果も残せていないってわけじゃない。
今回は他人に尻拭いをさせることになってしまったけど、それでも自身のベストは尽くしたわけだし、その意気込みは全くの無駄ってわけじゃないはずだ。
ただ、己の力不足ってことには間違いない。だからそれを補う努力は必要だ。
とはいっても、いきなり急成長なんてあり得ない。ならば堅実に実績を積んでいくべきだろう。
「すみません、お気遣いいただいて。
でも、そうですよね。大事なのは結果です。
この度のことはご迷惑をおかけすることになりましたけど、ならばせめて却ってこれで好かったと、災い転じて福となすと、そんな結果が出せるようにがんばればいいんですよね。
ありがとうございます。お陰で元気が出てきました」
どうやら小森さんの方も復活を遂げたようだ。
さすがは大人だ。いつまでもうじうじとなんてしていない。
「よし、オッケー。撮影はこれで終了だ。
じゃ、結果は後日ってことで」
許斐さんが撮影の終了を告げた。
こちらの要望は守られたようで、あの采女のやつみたいな卑猥な要求ってのは無し。
お陰ですんなりと撮影は終り、無事天気の崩れる前の撤収だ。
「お疲れ様。どうだった、撮影の感じは?」
オレはふたりに労いの言葉をかけた。
「う~ん、最初は結構恥ずかしいものだとおもったんだけど、なんか思った程そんな感じはなくって、どちらかというと純くんに撮ってもらった時みたいに自然な感じで進んでいって、なんか気付けば終わってたって感じかな」
マジか?
さすがはプロの写真家、被写体への接し方も完璧ってことみたいだな。
お陰で美咲ちゃんは終始リラックス状態だ。
「ええ、本当に。そりゃあプロの撮影だから、それなりに注文はあったけど、でもいろいろ配慮がされていて、もしかすると学校とかの記念撮影以上だったんじゃないかしら」
そして佐竹もこの評価。
これなら最初っからこの人に頼めばよかったんじゃないの?
オレがこんな感想を持つ間に、海のほうから遠雷の音が響いてきた。
「一雨くる前に我々も急ぐことにしましょう」
小森さんに促され、オレ達はホテルへの帰路についた。
※この作中にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




