どうするおっさん
→使用している言葉の意味に問題が有ったため、一部変更をしました。[2024/01/27]
「今回のこと、誠に申し訳ございません。
采女さんの方にも現在皆様方へのご配慮をお願いしているところですので、なんとか皆様方にも曲げてご辛抱いただけませんでしょうか」
オレ達の説得にやってきた講文社のおっさんの台詞はこれだった。
「そう言う話は例の写真家の謝罪の言葉を持ってきてからにしてください。今後の話はそれからです」
オレがおっさんを追い返したのは当然だろう。
だってオレ達に対して、まだ辛抱しろ、言うことをきけなんていうんだから。オレ達を怒らせにきたってわけじゃないってのは解っているけど、これじゃ交渉の余地無しだ。こっちの我慢はもう限界を超えてるんだから。
一応写真家のほうとも話をしているらしいけど、恐らくはオレ達に対するのとほぼ同じようなことを言ってるのだろうな。恐らくこっちと同様なことになっているじゃないだろうか。
と、こんなやり取りをおこなった翌日、例のおっさんがまたオレ達の元へとやって来た。
全く、懲りもしないことだ。
それともまさかオレ達の要求が通った?
否、無いな。
ならば話すことも無い。今回もお帰り願うこととしよう。
「ま、待ってくださいっ。せめてっ、もう一度話だけでもっ」
しかし、おっさんの方も必死でオレ達に喰らい着いてくる。
「話つってもどうせ昨日と同じだろ? だったらこっちの返答も同じ。
それともなに? 向こうから謝罪とか引き出せたわけ?」
無駄とは思いながらもやはり訊いてしまった。案外オレも人が好いようだ。どうせ返答は想像通りと決まっているのだろうにな。
「い、いえ、それが……」
おっさんの返答はやはり予想通り、というかそれ以上で、あいつらは機材を片付けて撤収の準備に入っているのだとか。
どうやら今回の仕事はオレ達の方からキャンセルを言い出さずにすむようだ。
ありがたい。原因はともかく、こっちから切り出すのは形の上といえどやはり借りを作ることになるからな。でもこの形ならば借りを作るのは講文社側。オレ達にとって理想的な形で話が流れてくれるわけだ。
トゥルルルル……
と、電話が入ってきたようだ。
このシンプルな電子音はこの部屋備え付けの電話機だ。つまりオレ達宛てへの電話である。
「ちょっと失礼します」
話の途中だが一時中断、小森さんが受話器を取った。電話の主は織部さんらしい。
小森さんは少し話をしたかと思うとオレへと受話器を渡してきた。
なんだか嫌な予感がする……。
「はあっ⁈ なんでそうなるんだよっ⁈
そんなの向こうの勝手だろっ⁈
こっちになんの責任が有るってんだよっ⁈
全く、それをなんでこっちがその尻拭いをしなけりゃならないんだよ」
思った通り、嫌な予感ってのは往々にして当たるものだ。でも、だからって謝罪なんて冗談じゃない。オレは間違ったことなんてしちゃいない。
「別に写真家なんていくらでも、それこそ世の中には掃いて捨てるほどいるでしょ。だったらそいつらでもいい話じゃないですか。
どうしても契約に拘るってんなら、とりあえずそれで担当者と相談してみますよ」
ということで、オレは受話器を置いた。
「というわけなんですけど、どうします?
そちらで別に写真家を用意するってんなら、こっちとしてもこのまま撮影を続けるのも吝かじゃないってことになったんですけど」
オレは今の織部さんとのやり取りについてざっと説明をしてみせ、それに則り一応は前向きの提案というか相談を持ちかけた。
「いやしかし、今回の企画は人気アイドルのリトルキッスを大物写真家の采女好司が撮影することが条件だったんだ、彼無しに話を進めるなんてことはできるわけがない」
「でも、あの写真家の説得ってのはまず無理なんでしょう? あんな風に依頼を投げ出して帰っていくくらいなんだから」
渋るおっさんにオレは現実を突きつける。
「まあ、私達も他人のことは言えないけどね」
ちょっと美咲ちゃん、横から茶々を入れるのはやめてくれ、こっちは真面目な話をしているんだ。
「でも、私達はここにまだいるんだし、彼らほど無責任ってわけじゃないでしょ」
佐竹がすかさずにフォローを入れた。
でも、これって誰に対してのフォローになるんだろうな。
やはり自分達自身の罪悪感の払拭のため?
それともおっさんを安堵させるため?
どちらにしても効果は微妙な気がするけど。
「もちろんですけどオレ達の説得も無理ですからね。
なので選択肢はふたつにひとつ。
リトルキッスかあいつらか。
つまり被写体か写真家か。
さあ、どっちを選びます?」
脇役ってのは正しくは違うな。写真家は演出家ってのが多分正しい。
でも重要度からすればこう表現するのが相応しい。
なんてったって主役ってのは代え が利かないからこその主役。
一方で脇役は替え が利く。
いや、こちらも代えというのが正しいんだけれど、主役に比べれば重要度の低い脇役なんて、気持ち的にはこんなものだろう。
まあ、場合によっては脇役も重要だったりするけど、それでも所詮は主役となるものが有ってこそ。主役を喰うのは二流なのだ。抑々演出家ってのは主役を立ててこその演出家なんだから。
うん、やはりあいつを演出家とは呼びたくないな。どう考えてても代理で十分な脇役だ。
「ねえ、この際あんな代えの利く二流の脇役なんかよりも、より相応しい人間がいるはずですからいっそのこと替えてしまいましょうよ」
迫られた決断に戸惑う担当のおっさんにオレはさらに催促のように誘いかける。
「迷うことは無いでしょう、本来はリトルキッスを撮る企画なんだから。
言っときますけどもう二度と無いですよ、こんな機会は。なんてったってこれは本来なら受けるはずの無い企画なんですから」
煮え切らないおっさんにさらなるだめ押しをしてみる。
「ええ、そうですね。ここまでこのふたりを手掛けたプロデューサーの彼が言うんですからまず間違い無くそうでしょう」
「今回のこれは仕方が無いけど、できればこれで最後にしたいところだわ」
「うん、やっぱりこういう恥ずかしいのはあんまりやりたくはないもんね」
そこへ小森さんからの後押しが続き、佐竹も美咲ちゃんも賛同の意を示す。
「わ、解りました。とりあえず上に相談させてみてください」
遂におっさんは折れた。
といっても、独断でなにかができるってわけではないので、今後の対応については上の判断を仰ぐってのは仕方の無いことだろう。
こうしておっさんは帰っていった。
さて、結果がどうなることか。
あとは果報は寝て待てだな。
※1 意味合いの違いとしては『代える』は一時的な
『代理』で『替える』は完全に『変更』、つまりお役御免となります。
→どうやら違ったようです。『代える』は完全な変更を意味する場合みたいです。『○代目』とかいわれる人は復帰することは稀ですしね。買い物の『代金』なんかも金と品物を引き換えにしたら、基本払い戻しとかいいませんし。上記の『代理』も完全に信用して任せっきりにするのでやはり間違いですよね。
なお、『替える』のほうも、同種のもののほぼ完全な取り替えとおよそ似たような意味合い。違いは用いるものの対象の重要さかと思われます。『替える』は『衣替え』等のように気軽なものに使われているようですしね。[2024/01/27]
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




