交渉事は最初が肝心
オレ達の部屋にやって来たのは例の講文社のおっさんだった。
他に誰かが付いてきているってこともなく、彼一人でオレ達と交渉する気でいるらしい。
「まあ、こんなところで話ってのもなんですし、中へどうぞ」
小森さんがおっさんを部屋へ迎え入れた。
オレ達の部屋はこのおっさん達の会社、講文社が手配してくれたものなので、こういうのもなんか微妙だけど、でも、それでもやはり彼はお客さんってことになるだろうから。
オレ達の部屋はコネクティングルーム?とかいう二つの部屋が内部の扉で一つに繋がった部屋で、片方を美咲ちゃん達と小森さんが使い、もう一方がオレに宛がわれている。
で、おっさんを招き入れたのは当然ながらオレの側。まさか女性側ってわけにはいかないからな。
因みに今までオレ達が話をしていたのもこっち側。基本的こっちが応接間を兼ねることになっているのだ。
とりあえずこんなことよりも、おっさんとの話だ。
「今回のこと、誠に申し訳ございません。
采女さんの方にも現在皆様方へのご配慮をお願いしているところですので、なんとか皆様方にも曲げてご辛抱いただけませんでしょうか」
まあ内容なんて、こう予測通りではあるのだが。
「さあ、それはそれはどうでしょう。
抑々今回の件ですけど、正直こっちは気乗りしない、もっと言うならば本来の方針から大きく外れる請けるべきでない仕事だったんですよ。
だいたい何の必要が有って業界トップクラスのアイドルがこんな路線に趨らなけりゃならないってんだか。あり得ないでしょ。
それをこうして引き請けたのは、講文社さんとうちの事務所の付き合いに免じてで、断ってのお願いとそちらが頭を下げてきたからなんですよ。
だというのに、いざ赴いてみればこの仕打ち。いくらこっちが女子供だからってあまりにも馬鹿にした話じゃないですかね?
こんな女子供にだってそれくらいのことは解るんですよ。
で、今の話ですけど、要するにまだこっちに辛抱しろ、言うことをきけって話でしょ?
全く厚顔無恥にもほどが有るってんですよ。
そう言う話は例の写真家の謝罪の言葉を持ってきてからにしてください。今後の話はそれからです。
まあ、嫌なら否でも構いませんよ。その時はこんな馬鹿な仕事、放り投げるだけの話です。
ということで、話はこれで終わりです。お引き取りください」
言うだけのことは言ったので、あとはお帰り願うだけだ。
そんなわけで、オレはおっさんを部屋から放り出した。
「ちょっと、さすがにあれは拙かったんじゃないの?
いくらなんでもろくに話も聞かないで一方的にこっちの言いたいことだけを言った挙げ句、そのまま追い出してしまうなんて」
小森さんが不安気にオレに話しかけてきた。
でも、その気持ちは理解できるけど今はそんな場合じゃない。毅然とした対応が必要な場面だ。
「なに言ってるんですか。一応、話は聞いたじゃないですか。
まあ、あんな戯言じゃ耳に残りはしないでしょうけどね。
ともかく、今はこちらの意志をしっかりと示す必要が有るんですよ。
交渉事ってのはナメられたら終わりです。否、始まりさえもしないですね。だって話し合うことに意味が無いんだから。ただ一方的な通達が有る。それだけです。
もちろんそれで喧嘩を売ってくるってんなら、捨て値で叩いてやるだけです。どっちが上かはっきりさせてやりますよ」
でも、そんなことにはならないだろう。そうでなければ馬鹿者だ。
あっちは大人、こっちは子ども。背負っているものが違うんだ。
向こうは仕事にこれからの人生が懸かってるだろうけど、こっちは負けてもただの高校生に戻るだけ。つまりリスクに絶対的な差が有るってわけだ。
まあ、そうは言っても負ける気は無い。
実際はオレの背負うものだって軽くはない。
事務所の信用はもちろんのこと、その他のことにだっていろいろと問題や損失が出るだろうから、それらに対する責任が有る。序でに小森さんの冗談が怖い。
そして個人的にも、大事で譲れないものが有る。
美咲ちゃんだ。
彼女の夢と期待とが、オレの双肩に懸かっているのだ。
いや、それは美咲ちゃんだけじゃない。ミナとレナだってそうである。あいつらだってこのオレにその夢を預けて託したんだ。
そう、これがオレの背負うもの。
どうしてそれを裏切れようか。
これに応じなけりゃ男じゃない。
そりゃあ世の中は甘くない。いろいろな苦難は待ち受けているだろう。
だがそれがなんだ。男の道はど根性だ。厳しいなんて言ってられるか。
「全く…。解ったわよ。だったら私も付き合うわ。こうなったらもう一蓮托生よ」
すみません、小森さん。
でも、もしも仮に駄目だったとしても、まだ若いんだからいくらでもやり直しは利きます。なのであれは冗談だけにしといてください。
「もちろん私も付き合うよっ。
だって本来は私達の問題だもん。ここで逃げ出すなんてできないでしょっ」
美咲ちゃんも賛成してくれた。
これは心強い援軍だ。
「当然私も付き合うわよ。だって咲ちゃんの言う通りだもの。
それに今回のことを快く思ってないのは、私だって同じだもの。
ふ…、ふふふ……。この私にあんな恥ずかしいことをさせたこと、嫌ってほど後悔させてあげるわ」
あ、これマジだ。
いつもならさっきのでツッコミが入るところなのに、それを忘れてるってことは、佐竹のやつ相当怒ってるってことか。
怖っ、なんか黒い笑みを浮かべているし。
「あ、あくまでも、今のはもしもの話だからっ」
まさかオレのほうが宥める側になるとは思いもしなかった…。




