レベルアップ! …って、やめてくれよ
結局オレ達は相手側、講文社側の言い分を認めさせられることとなった。正確にはその写真家の采女好司の鶴の一声で話が終わったようなものだが。
否、一声ってのは正しくはないか、散々にオレ達のことを見下した発言をしてくれたわけだし。
ああ、思い出しても腹が立つ。誰が女子供だよ。否、確かに女性と未成年者だけど…。
だからって、あんな横暴な態度が許されて良いわけが無い。けど、豪 けりゃ偉い で通るのが現実だ。恐らくその実力だけは一流ってことなのだろう。まあ、あの傲慢さゆえに性格のほうは最低だが。
オレ達の不満は大きいが、不本意でも仕事は仕事。渋々ながら美咲ちゃん達ふたりは着替えに向かった。
不憫ではあるがこれも仕事。それでも痛ましさは拭えない。…ご愁傷さま、ふたりとも。
小森さんに伴われ、漸くふたりが戻って来た。
とりあえずふたりに目をやる。
一応上からパレオで覆っているためふたりの肌の露出は少ない。そのせいでその下はどんな感じかは解り辛い。はたしてどんなことになっていることか…。
「ちょっと、そんなにじろじろ見ないでよっ」
いや、そんなんじゃ撮影にならないだろ。
そりゃあ、繁々と視線を送られれば羞恥に悶えもするだろうけど、でも今はパレオで覆ってるんだからそこまで言うことは無いんじゃないか。
「純くん、さすがにそれはひくよ。
そりゃあ気持ちは解らないわけじゃないけど、でも女の子のあられもない姿をマジマジってのはあり得ないから」
それと美咲ちゃん、人聞きの悪いことを言うんじゃない。なんだよそのあられもない姿ってのは。
「あられもない姿ってのは、普通じゃあり得ない姿って意味なんだけど、まさか知らないわけじゃないでしょう」
「知ってるよっ。てか、そんな話をしてんじゃねえよ。
だいたいこれはそういう仕事だろ。それを恥ずかしがってたんじゃ仕事にならないってんだ。
あと、マジマジってのは訂正してほしい。そんなに穴が明くほど見つめた覚えは無いからな」
まあ、真剣に見てたってことは否定できないけど、でもそれはふたりのことを心配してなんだから許してほしい。
愈々撮影の開始。
怖じ怖じとしながら肉体を覆うパレオを脱ぎ去る美咲ちゃん達ふたり。
……って…。
……ゴクッ!
思わず生唾を飲み込んだ 。
同じ唾を飲むでも、固唾を呑む とは意味合いが違う。確かに緊張はしているのだが、なり行きを見守るなんて余裕は無い。ただその緊張を嚥み下す だけだ。
まず美咲ちゃん。
小柄でスレンダーな体格に布地の少ない群青のビキニがフィットして、よりいっそうにそのシャープさを際立たせている。
う~ん、まさかな。やはり馬子にも衣裳…否、衣装って、どっちでも良いか。
ともかくこんなアダルトな水着なせいか、普段がアレな美咲ちゃんも凄く大人びてセクシーな雰囲気を醸し出している。
次に佐竹。
こちらも深紅のビキニの上下だ。
日頃から美咲ちゃんの指摘する豊かなソレをトップのビキニが重たそうに支えている。否、抱えている?
う~ん、なるほど、確かに立派なモノをお持ちだ。
で、その下のくびれだぁっ……たっ、…だあっ!
「この変態っ!
そんな風に女性の恥ずかしい姿を語っておいて、どこがマジマジじゃないってのよっ!」
佐竹がオレの耳を捻り上げた。
由希のように吊り上げられるってことはないけどそれでも痛い。痛いっ、痛いってばっ。
「そうだよっ。
それにスレンダーとかシャープとかって、結局は○っぱいが無いってことじゃないっ!
だから孫ってことなんでしょっ!
酷いよっ、純くんっ!」
さらに美咲ちゃんの非難が続く。
って、気になるのっそっちのほうなの?
あと、馬子であって孫じゃない。
まあ、それはともかく確かに美咲ちゃんの言う通り。
でも細い体型ってのはそんなものだろう。余計な脂肪が付いてない分ソレだって乏しくなるのだ。
否、その前に乳腺の問題があるのか?
確かその周囲に脂肪が付くって話だったし、要はその数が大きさの基盤となるらしい。ただ、それは全体の一割程度に過ぎないのだが。
「だ、大丈夫だって、今はまだ成長期だろ。それに30代までは女性ホルモンだってしっかりと分泌されるんだからまだまだ十分に成長するって」
うん、そんなことよりもまずは美咲ちゃんのフォローだ。こんな地雷地帯はさっさと突破するに限る。
「なんで男のあなたがそんなことに詳しいのよ」
げえっ、しまった。そういやこいつがいたんだった。だからこんなことを言えば、当然こうなるに決まってる。
「純くんのえっちっ!」
そして美咲ちゃんも。
……オレの脳内でレベルアップのファンファーレが鳴り響いた。
オレは○っぱい好きから○っぱいマニアに昇格した。
冗談はさておき、今度こそ本当に撮影だ。
カメラを前に様々なポーズをきめていく美咲ちゃんと佐竹のふたり。
さすがにそういう仕事の達人というのだろう、それはあまりに妖しく、あまりに淫猥…。
……って、おいっ。オレはなにを考えてた。
まさかこのオレが友人相手に…。
「じゃあ、そろそろ上を脱ってみようか。
ああ、もちろん隠してくれて構わない。さすがにそこまでの許可はもらってないからな」
な⁈ なんだ? 今のはオレの空耳か?
い、否、違う。だって美咲ちゃん達も驚き耳を疑って、戸惑っているし…。
つまりこれは……。
……こ、この…。
「ふざけるなっ、このくそ写真家がっ!」
オレは怒りを爆発させた。
「なんだ、子どもと思ってたがやはり男ってことか。
まあ、今言ったようにこれ以上の許可は出ていないんだ。残念だろうが諦めてくれ」
はあ⁈ こいつ何かを勘違いしてやがる。
オレをいったいなんだと思ってやがんだ。
「当たり前だっ。そんなの出るわけが無いだろうがっ!」
余りに剰りなふざけ加減に余計に頭に血がのぼってくる。
「じゃあなんだ。つまらんことで仕事の邪魔をしないでくれ」
おい、まさか本気で言っているってのか。
「いえ、さすがにこれはやり過ぎですっ。こればかりはお受けできませんっ」
おおっ⁈ 小森さんかっ。以前はやり込められないいたけどさすがにこれは看過するわけにはいかないからな。
「ちょ、ちょっと星プロさんっ。そこをなんとかなりませんか。
一応隠すべきところは隠すわけですし、特に問題は無いでしょう」
ちっ、またしても担当のおっさんか。いかに相手が大物写真家だからって、ここまで阿り諛う 必要が有るのかよ。
「はっ、いい大人がそういうことを言うんだ。
ねえ、あんたって家族とかいないの? もしして独身?
まあ、いないんだろうなぁ。いたらあんな台詞絶対に出てくるわけが無いもんな。
仮にいるとして奥さんや娘さんがそんなことをするなんて言った時、あんたは賛成するの?」
「そ、それは……」
お? 効果あり?
「そいつに気を遣うのも解らないわけじゃないけれど、でも追従が過ぎて追従になってないか?
それに気を遣うべき相手ってのは、なにもそいつだけってことはないだろ?
それともなに? あんた如きの一存で星プロ全体を敵に回すってこと?
ああ、それならそれで構わない。
さあ、小森さん、こいつらを連れて帰りましょう。
これ以上、こんな侮辱に付き合う必要なんて無いでしょう」
オレは小森さんに促した。
これ以上やってられるかってんだ。
「ちょっと、純くん⁈
残念だけど、私の一存それは無理よっ」
小森さんがオレに反論する。
でも、そんなことなど関係無い。
「はんっ、当たり前だ。こいつにそんな権限なんて有るものか。
さあ、解ったらそこのふたり、今から撮影を続けるぞ」
そして関係無いと考えているのは、横暴に振る舞うこいつも一緒だ。
美咲ちゃんがおろおろと狼狽している。
佐竹はじろじろとオレの様子を窺っている。
そして小森さんは職務と倫理の板挟みで葛藤中。困惑の表情がありありと窺える。
「だったら言い直しますよ小森さん。
プロデューサー権限でオレがそれを認めます。
さあ、それでは帰りましょう」
オレは覚悟を決めた。
大事な友人達を守るためだ。だったら使えるものは何だって使ってやる。
「…はあ⁈」
三人を連れて去るオレの背中に、間抜けな声が零れていた。
※1『豪い』と『偉い』どちらもよく似た意味合いですが、実は違いが存在します。
【豪い】能力が凄い。状況が酷い。大変
【偉い】功績が凄い。
と、こんな感じで、『偉い』は褒め言葉であることに対し、『豪い』は必ずしも褒め言葉限らないわけです。「えらいこっちゃ」の「大変だぁ」って意味合いが『豪い』の例です。他にも「えらい迷惑だ」なんて使われ方も有りますしね。あと、しんどい時の「えらい」って泣き言も『豪い』です。
※2『生唾を飲む』は欲しい物を前に緊張すること。『固唾を呑む』は緊張しながらも様子を見守るという意味。
『のむ』の漢字には下記のようなものが有りますが、通常は『飲む』が使われます。
【飲む】飲み物を飲む。
【呑む】噛み砕かずに丸飲みする。味わうことは二の次。飲食しない物を対象に比喩で使われる。非常用漢字。
【嚥む、咽む】つかえた物を飲み下す。『咽む』の方は表外読み。
【歠む】飲み物をすする。
【喫む】飲み物や煙を飲む。基本は食事をとることのようで『喫』には『食べる』『飲む』『吸う』の意味が有ります。表外読み。
【服む】薬を飲む等に使われる。吸収の意味合い? 表外読み。
※3『へつらう』という漢字ですが、同じ読みで同じ意味合いの漢字がいくつも存在するようです。
これらを合わせた『阿諛便佞』なんて四字熟語も存在します。
【諛う】相手の気を引きます。
【諂う】裏に思惑が有ります。旁の部分のの『臼』は『陥る』の意味合いらしいです。『諂』は『諂』とも読む?
【佞う】悪知恵を働かせます。
【諞う】言葉が巧みです。
【倖う】気に入られるように振る舞う。『倖』とは人に気に入られるという意味合い。
【便う】周りに気を遣う?『便』には『滞りが無い』『安らぐ』の意味合いが有ります。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




