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純、野球部を退部する

 放課後、オレは久々に野球部へと来ていた。


「「来ていた」じゃないでしょ。

 なによ、ここのところずっとサボりっ放しでっ。あなた、エースとしての自覚って無いのっ」


 三波の言う通り、この一ヶ月近くはずっと顔を出してなかったからなあ…。


「一ヶ月じゃないでしょ。三学期の間は一度も出て来なかったくせに」


 ……言われてみれば…、うん、完全に忘れてたな。


「いや、でも冬場って練習は休みじゃなかったのか?

 確か、そんな風な決まりが有るとか言ってたと思ったんだけど」


 でも、言い訳は有る。なのでそれで誤魔化そう。


「それは練習()()だけ。

 そりゃあ怪我とかのリスクが有るから派手なことはできないけど、それでも体力作りとか、他にも戦術の研究とか、いろいろやることは有るのよ。

 ほら、男鹿くんだって、あの練習試合での変な1点のことは覚えてるでしょ?」


 やはり駄目か。まあ、そんなに甘くはないよな。

 でも、三波のやつ、よほどあの時のあれが納得いかなかったんだな。まあ、普通のやつじゃ、あんなのなんてとても理解できないしな。


 と、それよりもだ。


「でも、今はもうオレに拘ることも無いだろ?

 ほら、植杉だって随分と力を付けてきてるんだし。

 いつまでもオレみたいな素人紛いなのがエースってより、そっちのほうが相応しいんじゃねえの?

 てか、だいたい仮部員のオレがエースってのがどうかしてんだよ」


 そう、これが今日の本題だ。


「て、わけでだ、いい加減そろそろ脱けさせてもらおうと思って今日は来たわけだ」


 そう、今日オレがここを訪れたのは、こういう理由が有ったからだったのだ。


「あ、あんた、エースとしてのプライドってのは無いのかよ」


 そんな風にオレに零したのは……なんてったっけ? どこかで見た覚えが有るような無いような…。


「加藤香織の弟の伊織だよっ!

 前にも会ったことがあるだろっ!」


 …ああ、そう言やそんなこともあったっけ。こいつあの時のシスコンの弟か。野球部だったんだ。

 まあ、そんなことどうでもいいか。だって…。


「別にいいだろ。どうせオレ、ここを辞めるんだし」


 だからそんなの関係無いよな。


「それとエースとしてのプライドだっけ?

 ()えよ、そんなの。さっきも言った通りオレはただのド素人だし。野球に関わったのだって去年が初めて。それがなんでか無理やりエースに据えられて…。

 まあそんな人間なんだから、そこまでの熱意なんて有るわけも無いってわけだ。

 だったらそんな人間がエースをやるよりも、本気で野球に取り組んでるやつのほうが相応しいってもんだろ?

 幸い、さっきも言ったように植杉って適任もいるわけだし、これ以上オレがこの座に居座る理由も無いだろ。

 それに、最近はオレのほうもいろいろと忙しくてな。だからこれ以上野球部のほうに付き合うってのは無理なんだよ。

 と、そういうわけだ。だから今日、今を限りにこの部を辞めさせてもらうぞ」


 てことで、オレは退部届けを三波へと突き出した。

 そしてその場を早々に立ち去る。

 あとは三波が部長なり何なりに手渡してくれることだろう。


          ▼


「はあ…、まあ、これも仕方がないわよね。だって事情が事情なんだし…」


 翌日、野球部を退部をしたとオレが告げると、由希がため息を吐いた。


 由希の言う事情ってのは、早乙女純の体調の不調のことだ。

 いや、実際はそんなことはないのだが、世間的にはそういうことになっている。早乙女純の休養の原因は初めてのアレが重くって、それで体調を大きく崩したってことになっているのだ。

 で、それ以降もその影響が残り、復帰後もそれを引きずっていることになっている。

 なお、本当のところは佐竹の不馴れさによる違和感が早乙女純の不調の正体。

 そんなわけで、オレが早乙女純からの強っての願い (※1)で、そのサポートをすることとなったわけだ。


「うん、純ちゃんからの信用を取り戻すチャンスなんだから、純くんにはがんばってもらわないとね」


 はは…、美咲ちゃんってば、まだオレが早乙女純と喧嘩していたと思ってるみたいだ。


「全く、あの女は。なんて厚かましいのよ。

 …って、ねぇ、純くん、もしも……」


 香織ちゃんは悪態を吐いたか思うと、続けて今の話に乗っかるようなことを口にしようとしたようだ。

 当然オレは、それを途中でぶった切った。


「ねえよっ。だいたいそれだと本末転倒だろ?

 不調だからこそそれを支えてるってのに、支えてもらうために不調になろうなんて馬鹿な話だ。

 そんなやつのどこに同情の必要が有るってんだよ。

 ってわけだから、くれぐれも馬鹿なことを考えないでくれよ」


「もうっ、純くんのいけずっ」


 やっぱりか…。まあ、これは仮の話。実際にそんな馬鹿な真似事なんてするわけが……無いよな?香織ちゃん。


「なに言ってんだよ。人間誰だって元気が一番だろ。

 だいたいオレが好きなのは、今みたいに元気な香織ちゃんなんだから。だからそんな痩せて弱々しくなった姿なんて御免だっての」


 無いとは思うけど念を入れておくことに…。


「嬉しいっ! 純くんってそんな風に思ってくれてたんだっ!

 しかも…、私のこと、好きって」


 しぐじった。うっかり余計なことまで言ってしまった。お陰でまた、例のパターンに突入だ。

 胸元にオレの頭部をがっちりと抱きしめる香織ちゃん。しかも斑目のやつが「あ、デレたっ」なんて言ってくれたもんだから、そのままもじもじとし始めるし。

 そうなるとオレの頭部はよりいっそう埋もれていくわけで…。香織ちゃんのソレは極度にアレってわけじゃないはず(多分)だけど、それでもオレは窒息寸前。

 こ、こんな恥ずかしい死に方なんて嫌だっ!

 だ、誰か、誰でもいいから…助けてくれっ!

 Help! Help Me~!


「アンタ、いい加減にしときなさいよっ、こんな公衆の面前でっ」


 オレの助けに入ったのは、意外なことに由希だった。でも…。


「げほっ、げほっ、な、なんでオレのほうを見て言うんだよっ。それを言うんなら香織ちゃんだろ」


 咳き込みながらもオレは反論した。

 いや、だってオレはされた側、つまり被害者だぞ。それがなんでそんな扱いを受けなけりゃならないんだよ。


「なに言ってんのよ、完全になされるままだったくせに。このむっつりスケベ」


 酷い。あんまりにも無体だ。


「純くんのえっち」


 そして由希だけでなく美咲ちゃんも。


「これだから○っぱい星人は…」

「不潔」


 さらに朝日奈、向日(ひゆうが)といったクラスの女子達までもがオレを蔑んだ目で見てくる。

 みんな本気でオレのことそんな風に思ってるのかよ。くそっ、泣けてくる…。

 

「自業自得ね」


 そして今日もまた、オレは佐竹に肩を叩かれるのだった。

※1 説明するまでもなく『無理を承知の上でのお願い』という意味です。『達て』とも書かれますが、これらは当て字で『断って』が本来の字なのだとか。

『道理を断ってでも』ということで『断って』が正しいということみたいです。また、相手との『関係が途絶えてでも』というリスクを背負うゆえの『断って』ともいえるでしょう。作者は単に『断わるのを断わる』程度に思ってました。

『断って』とは思った以上に重い言葉だったようです。

 なお、『達て』は『この上の無い』ということで『限界ギリギリ』のイメージ、『強って』は『無理強い』つまり『強引』なイメージですね。

 というわけで、一番軽そうなイメージ?の『強って』をあえてここでは使用してみました。

 だいたい友人のお願いなんてこんなものですよね。…いや、十分に迷惑ですけど。



※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の(にわか)な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。

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