価値の高い金よりも、身近な銀のほうが役に立つ
今回のサブタイトルは、特別な故事やことわざの類いではありませんが、こんな経験ってないでしょうか?
高額貨幣で買い物をすると、相手がお釣りに困るってやつです。時代劇なんかでも偶にあるネタですね。
そんなわけで、今回のサブタイトルは、崇高な理想なんかよりも、下卑な習俗のほうが良いこともあるって皮肉のつもりです。
いや、それは時と場合を考えないのが悪いって指摘されればその通りなんですが…。
「でも、実際の話、本当に私なんかに勤まるんですか?
男鹿くんはあんな風に簡単に言ってくれてましたけど、でも、本当のところは…」
まあ、確かに不安だろうな。
ただ容姿が似てるってだけで二代目早乙女純に抜擢されたわけだし、そう思うのも仕方が無い。
「まあ、それに対してはオレがちゃんと指導するから大丈夫。心配は無用だよ。
でも、それなりの期間ってのは掛かるよなあ、果然り」
そう、佐竹の不安はともかくとして、その育成に掛かる時間だけはどうにもならない問題だ。フェアリーテイルの時みたいに、単に技量だけってわけじゃないからなぁ…。
「まあ、それに関しては仕方が無い。
残念だけど、暫くは活動を控えることになるだろうね」
と、こうして聖さんの許しが出たことにより、リトルキッスの活動方針は決まった。
さあ、それでは二代目早乙女純育成計画を始動させるとしよう。
▼
問題が起きた。
いや、こうなることは解り切ってはいたんだ。ただ考えていなかっただけで。
「早乙女純二号っ!
あなた、果然り純くんが目当てだったのねっ!」
この台詞が誰のものかなんてのは説明不要だろう。
それにしても、実に上手いことを摘う。
だって香織ちゃんの示うその人物ってのは、二代目早乙女純(暫定候補)の佐竹のことなんだから。…と説っても、それは世間には秘密なのだが。
つまりこの台詞は、単に佐竹の容姿ゆえってことである。
「それは違うわ。私はあなたと違って、男鹿くんにそんな気持ちなんて懐いていないもの」
当然佐竹は反論する。だってその通りなんだから。
でも別の意味では間違いではない。お互いの認識に齟齬が有るだけなのだ。
「確かに男鹿くんには、私に付き合ってもらっているけど……」
「つ、つ、つ、付き合ってるですってえっ⁈」
…って、もしかして佐竹の奴、解っててこんな風に言っている?
そんな風に感じてしまったせいか、なんだか激昂する香織ちゃんを、佐竹が冷笑っているようにも思えてくる。
「で、実際のところはどうなのよ?
まあ、アンタのことだから本当にそんなことになってるなんてことはないと思うけど」
「当然だろ。まあ、確かに佐竹の述うように放課後はいろいろと付き合うことは多いんだけど、でもそれは付き合うの意味合いが違う。
…って、本当アレって態とじゃないのかよ…」
「ああ、果然りね。そんなことだと思ったわ。
でも、佐竹さんってああ謂う性格だったのね…。って、よく考えたら転入初日からこんな感じだったわね。
だけどこんな人との接し方じゃ、友達を作るのにも苦労するんじゃないかしら」
由希の指摘も尤もだ。でも…。
「でも、それは仕方無いだろ。
なんてったって、佐竹の奴、ここに転校してくるまでは、早乙女純に間違われてあんな風に絡まれることが多かったみたいだからな。
ああ、それでか。つまり佐竹のあの対応はそれに対する嫌悪感の表れってことなんだろうな。
そんな理由でだ、今はそう謂うことに過敏になってるだけで、本来の佐竹はそこまで他人に冷たい奴じゃないんだよ」
「あ、そうなんだ。良かった~。
もし佐竹さんがずっとあんな対応だったらどうしようかと思ってたんだけど、それなら私達の接し方次第で心を開いてくれるようになってくれるってわけだね」
オレのフォローに美咲ちゃんが安堵の声を漏らす。
全く、あれからずっと冷淡な態度で接されてるってのに、なんとも人の好い。
「まあ、そうだろうな。実はそう謂うことも含めて、オレは毎日佐竹の相談に乗ってたってことなんだよ。
でも、それって端から俔れば、香織ちゃんみたいな感じになるんだろうな。全く、溜め息が出できそうだ」
「自業自得だろ。
早乙女純との噂の有る奴が、その上位互換が現れたなんて宣って、そっちに靡いたかのように毎日付き回っていれば、誰だってそう思うって。
ってか、本当はその気が有ったりするんじゃねえの?」
く…、納得がいくだけに反論し難い。
なんてったってその理由を説明するわけにはいかないんだ、どうしようも無いじゃないか。
「説っただろ、相談に乗ってるだけだって。変な勘繰りしてるんじゃねえよ」
まあ、それでも反論はする。
俔え効果が薄くとも、それでも主張するべきことはしておかないと、認めたなんて解られかねない。『沈黙は金』ってわけにはいかないのが現実なのだ。そんなわけで『雄弁は銀』の方を採ったわけだ。いや、実際は先程述べた通りで雄弁とはいかず、銅にもならない……じゃなくってどうにもならない程に拙い駄弁レベルにまで落ちるのだが…。
▼
あんな容疑を掛けられたオレだが、それでも今日も佐竹と共に学校を出た。
端からすれば、これからデートってことに俔えるだろう。
解っちゃいるんだけど、それでも止めるわけにはいかない。なんてったって佐竹のため、否、それ以上にオレ自身のためだ。
そんな理由で、これより佐竹の教育だ……ってわけにはいかないよな…。
以前にもこんなことが起った。千鶴さんがオレを訪ねて来た時だ。
あの時も美咲ちゃん達がこんな風に…。
「お前ら、どう謂うつもりだよ。勝手にオレ達のこと姑息りと跟けてきやがって、ストーカーかってんだよ、全く」
ここでの『こっそり』には『密か』で『密然』と当てるよりも『人目を窃む』ってことで『窃然』が相応しいだろう。でもそれ以上に『姑息 』の方が相応しい。本来の『息を姑く休める』って意味合いも有るが、どちらかと謂えば俗な意味合いの『卑劣』の方のだ。
「そんなこと摘うけど、でも、私達だって佐竹さんのことは気になるんだよ。
だって、同じクラスの友達だもん、困ったことが有るんなら相談に乗りたいって思うでしょ?」
美咲ちゃんの言葉に由希や天堂、他の仲間達も肯く。はは…、皆揃って人が好い。……あ、香織ちゃんは多分別。香織ちゃんの目的は佐竹じゃなくってオレの方だろうからな。
ともかくだ、こんな美咲ちゃん達からの好意的行為だけれど、今回ばかりは都合が悪い。
「悪いけど、今回はオレひとりのご指名なんだ。
事情については話せないけど、そう謂うことってことで遠慮してくれ」
誰にだって、事情と謂うものは有るのだ。中には特定の人物にしか相談できないことも有る。相手を選ぶものも有るのだ。
「ありがとう。でもごめんなさい。
実はそういう事情なの。
みんなの好意は嬉しいけれど、今回は男鹿くんに頼ろうと思うの。
でも、みんなの気持ちだけは貰っておくから。
本当にごめんなさい」
オレと佐竹の説得の言葉に美咲ちゃん達は引き下がってくれた。
恐らくは佐竹との微妙な距離感が幸いしたのだろう。一応それなりに友人付き合いを始めてはいるのだが、それでも心胆相照らすってレベルには当然だけど程遠い。だってまだ知り合ってから数日だからな。
それに対してオレの方は、初見での印象が好いからな。……まあ、一点を除いてだけど。
そんな理由で、美咲ちゃん達は去っていった。
香織ちゃんもまた同様だ。
彼女の場合、オレが本気で嫌がることはしないからな。だから間違いは無いはずだ。
可し、これで邪魔者達は消えたわけだ。
それじゃ始めようか。二代目早乙女純育成計画を。
※1『姑息』とは、作中で取り上げているように、本来は『息を休める』という意味合いの言葉です。そこから転じて『一時の間に合わせ』という意味合いも有るのだとか。
恐らくは『休むための時間を作る』ということかと思われます。で、そこからまた転じて『小細工を弄する卑劣なやつ』となったのではないでしょうか。まあ、これも作者の私見ですが。
『姑』は『姑』という読み方で知られていますが、他に『姑』『姑く』という読み方が有るようです。意味は『舅』『暫く』と読み方の通り。
再び私見となりますが、旁の部分に『古』と有るのが『時間が経つ』ってことを意味するものと思われます。なので『暫く』の意味合いとなるのでしょう。
で、もうひとつ、『休む』の方の意味合いなのですが、恐らくは『休み休みで使う必要が有る』ってことかと思われます。『女性』も『古いもの』も体力や耐久力は低いでしょうから。
ただ、そんな者達だってその弱点を補う術は講じるわけで無策ってわけじゃありません。で、それを指しての『卑怯』ってことなのでしょう。
強者ってなんでこんなに狭量なんでしょうね…。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。
また、この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




