3月って、こういうイベントもあるんだよな
学年末試験も終わり、3月に入った。そして1日の卒業式も終え、あとは終業式を待つばかり。
でも、卒業式が終わったってことは……。
「なに呆っとしてるのよ。もしかして純って朝が弱い人間?
なんにしても、候々 準備しないと朝食よ」
この台詞はオレの従姉妹の男鹿操(19歳)のものだ。
この度こちらの大学に入学することとなり、それで住む家を探すため、それが見付かるまで我が家に居候と謂うわけだ。
うちの両親はこのまま我が家に下宿すればと提案してるみたいだけど、オレとしては彼女に棲まれるってのは都合が悪い。
なにを不人情なって咎われるかもしれないけど、でもオレにはいろいろと秘密が多いんだ。それがなにかの勢みでバレるのはヤバいだろ。
あと、あんなのでも一応は若い女性に分類されるわけだから……って、まあそっちは可いか。なんてったって、血の繋がった従姉妹だしそれに関しては問題無いもんな。大体、身内に欲情するなんて、そんなの漫画の類いだけだ。
え? なに? 他にも気になる点が有る?
みさ姉の年齢が可怪しい?
18歳じゃないのかって?
いや、別に19歳で間違い無い。だって一浪してるからな。
なにを倒痴狂った のか、「芸能人に私はなる!」と意気込んだ結果がこれだ。だから可笑しくはあっても可怪しくはないってわけだ。
「なにが「可笑しくはあっても可怪しくはない」よっ!
悪かったわねっ、可笑しくってっ!」
んでぇっ⁈
ちょっと、みさ姉、まだ居たのかよっ⁈
オレの両側頭部、顳顬 の部分をみさ姉の拳がグリグリと。
一応は普通の女性なので由希程ってことはないにしても、それでもこうして拳で挟むようにして穿たれるのは、しかも捻り抉じ られるとなるととてもじゃないけど堪えられたものじゃない。
ギブだ、ギブっ、ギブアップ~っ!
▼
全く、酷い目に覿った。
未だに顳顬が疼々と痛む。きっと未だに傷みは治ってないのだろう。
「へぇ~、操さんが来てたんだ~」
今は学校の一時限目。幸い自習となったので、こうして仲間内で集まってお喋りに興じていたりする。
で、今の台詞は美咲ちゃん。
実は美咲ちゃんと天堂は、以前ドラマの収録で偶然みさ姉と知り合い、オレと謂う共通点から仲好くなったという経緯が有る。
オレ? もちろんオレもその場に在た。当然早乙女純としてだが。
でも美咲ちゃん、精々が顔見知りって程度のはずだろ?
そりゃあ多少は親しくはなったけども、なに?この馴れ馴れしい感じ。
そう謂えばみさ姉も、如何にも知古を得たと謂わんばかりのこと言ってたし。
否、だからって知遇を得たなんて思い違いをしてなければ良いのだけど。
知古と知遇は違うのだ。
『知己を得る』ってのは『親友や知人になる』ってことで、対して『知遇を得る』とは『知名の士に厚遇される』ってこと、つまり『そっち方面にコネができる』ってことなのだ。
まさかとは思うけど、みさ姉って……。
否、遉にそこまで馬鹿ってことは無いはずだ。
そりゃあ確かにあの時って、オレ達出演者だけでなく、監督やなんかにもあれこれと自己宣伝してたみたいだったけど、でもだからってそう安易と、そう、簡単に物事が進もうわけが無い。そこのところ解ってりゃ良いんだけど…。
「ところで操さんって、どこの大学に入ったんだい?
そこのところって聞いてるんだろ?」
そりゃあまあ聞いてはいるけれど、それって訊いて解るのか?
……解るんだろうなぁ、天堂だし。
何故か天堂って、そう謂うことには詳しいから。
否、実際は天堂でなくても、ここに居る全員に解るんだけど、だってなあ…。
「まあな。確か森越の附属の大学で、芸術学部に入ったみたいなこと説ってたな。
本当は日本大学の藝術学部に入りたかったみたいだけど、あそこはレベルが高いからなあ…」
あれはどう考えても無謀だ。みさ姉がどの程度の成績だったかは知らないけど、一浪して森越じゃあなあ…。
まあ、学力はともかく、学べることや実績はそれなりなはずだと思うけど。実際、瑠花さんみたいな傑物だって在るわけだし、皐月さんや弥生さんも在籍中。
うん、結構森越って悪い選択じゃないかもな。
「ふ~ん、じゃあ将来私達の先輩ってことになるんだ」
ああっ! 美咲ちゃんじゃないけど摘われて考ればその通りだ。
「そっか、あの人、アタシ達の先輩になるんだ。
大学に知り合いの先輩ができるってのは、将来を考える時心強いわよね」
「ああ、由希ちゃんじゃないけど、親しい先輩が在てくれるってのは凄く頼もしいからね」
由希と天堂はそんな風に喜んでいるけど、でもオレは別の方面で逆に頼りにされそうな気がして厭だ。
実際、今でもそうならないよう気をつけてるって謂うのに。
「はあ…、女子大生の従姉妹とひとつ屋根の下かよ。
くそっ、お前なんか爆発してしまえっ」
しかもなんだよ、この河合の嫉妬は。
相手は血の繋がった従姉妹だぞ、どこに羨む要素が有るってんだよ。
そう謂うことはオレじゃなくって、鳥羽にこそ誂えってんだ。まあ小鳥遊辺りに切って捨てられそうな気がするけど。
「……って、そうだよな、小鳥遊にでも相談して試るか。あいつん家って下宿だったもんな、全然り忘れていた」
と謂うことで、オレは小鳥遊のところにみさ姉を斡旋することにした。
「いや、それって半ば嫌がらせだろ。
まあ、俺としてもあいつらが下宿で淫戯着くのはなんか癪だから賛成だけど」
否、そんな河合が摘うようなつもりは……有るな。あいつらバレンタイン以来一層鬱陶しくなってるから。
しかもそれに香織ちゃんが張り合おうとするものだから余計に質が悪い状況になる。
まあ、そう謂う理由だ。鳥羽に小鳥遊、悪く思わないでくれ。
※1 普段は尾崎紅葉の真似で『漸々(そろそろ)』と当てることが殆どなのですが、今回はいつもの『漸く』と意味合いが反対で『もう直ぐ』なので別の漢字を探し、『遠野物語 (柳田国男著)』に倣って『候々(そろそろ)』を採用しました。
『候』の意味合いは『兆しを候う』で読み方も『候う』と両方がマッチ。もしかするとこれが『そろそろ』の語源かも?
※2 以前も説明したこの当て字ですが、『倒錯』という言葉を参考にしたものです。
『倒錯』とは『錯りに倒れる』って文面のようなので、こちららも倣って『痴に傾く』で『倒痴』としたわけです。
この『とち』の意味合いも『馬鹿みたいに』って感じなので、『栃』語源説の『慌てて失敗する』よりも近いのではないでしょうか。
そんな理由で『馬鹿みたいに狂ったような』との二重表現で『倒痴狂う』と当ててみました。
※3 この『顳顬』ですが、このように『こめかみ(しょうじゅ)』と表記されることが多いですが、他にも『蟀谷』(島崎藤村著・藁草履)『米噛』(夏目漱石著・硝子戸の中)等と当てられたりしているようです。
※4 この『抉じる』ですが、『抉る』と表記されることも有るようです。但しこちらは通常は『抉る』と読みます。
他にも『抉る』なんて読むことも有るとか。
頭の中が拗れてきそうですよね。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




