緊張塗れの勉強会 -10%の荒れ予報?-
いろいろと頭を悩ませてくれたバレンタインだったが、なんと謂うか、一言で謂うなれば……。
馴れた。
否、本当、あの苦悩がなんだったのかと、我ながら嘲笑するしかない。人とは何事にも順応してしまう生き物だと謂うことだろうか。
まあ、順応できていなければ、今頃ノイローゼで発狂していたことだろう。
…………ああ、そうだよ、いつもの現実逃避だよっ。
でも、なにが悪い。
逃避ってのは一種の自己防衛機能だろう。
それになにかのドラマでも有ったじゃないか。『逃げるは恥だがなんとやら』ってのが。
いや、こうして例に出しはしたけど、オレって実はこの番組って観てないんだよな。だからタイトルもよく覚えてないわけで…。
って、縦いだろ、そんな話。
今はそんな話をしてるんじゃないんだから。
話を戻すと、なんでもかんでも全てに向き合うことなんて誰にだって不可能だって話だ。
だからオレは、オレに可能なことだけに向き合うことにしたってことだ。
だってなあ……。
オレがどう考えてたにしても、案外日常ってのはそう代わり映えしないみたいだから。
2月後半、学年末試験がやってくる。
そんな理由で、その一週間前頃からオレ達の話題はバレンタインなんて無かったかのように試験の方へと変わっていった。
まあ、そうだろうな。オレや天堂、序でに由希。この辺りは成績に問題は無いのだけど、それ以外の面子は、特に美咲ちゃんは余所事なんて気に掛ける余裕なんて無くなってくるのはお約束。
朝日奈や向日、斑目だって気を抜けば美咲ちゃんのことを指摘なんてできなくなることだろう。
河合? 当然こいつも同類だ。ってか、下手すると美咲ちゃんの仲間入りってレベルだし。
そんな理由で、オレ、天堂、由希の三人は他の連中の面倒を看ることとなったわけだ。
ってことで、これより勉強会の開始。
もちろん香織ちゃんだって、オレ達の勉強会に参加してきた。
で、当然いつもの如くオレへと擦り寄ってくるのだが、今回は美咲ちゃんまで擦り依ってきてるから始末が悪い。って、よく考えたらこっちの方だっていつものことか。
まずは香織ちゃんを引っ剥がす。
まあ、勉強会なんだから当然だろう。そう説って諭せば、渋々ながらもちゃんと納得して離してくれた。
で、次は美咲ちゃん。
こっちは判然り謂ってかなりの難敵。
だって勉強会だからなあ。香織ちゃんのような不純な目的じゃなく、飽くまで勉強を教わるためってんだから、なかなか放してくれないのだ。
いや、香織ちゃん。美咲ちゃんにその気が無いのは解ってるはずだろ。羨ましいのは解るけど、そんなに恨めしそうな目で眄ない でくれ。
観てると謂えば、否、こっちも眄てる?
ともかくこっちの様子を俔てる奴がひとり。
……ってか、なに、なんでこっちの方に来るわけ?
「あんた、前にも諭ったわよね。
人目が有るんだから少しは遠慮しなさいって。
なのになによ。今日はこんなに女の子を連れて睦戯睦戯?
そう謂うのを視せ付けられる身にもなりなさいよっ。
もうっ、なんで私って、こんな日に当番なんかが回ってきたのよっ」
うん、そう謂えばそうだった。ここは図書室だったんだ。
で、やって来たのは選りにも選ってこの前の時の図書委員。度々迷惑を掛けてごめんなさい。
「なによ、厭なら覗なけりゃ宜いだけじゃない」
って、ちょっと香織ちゃん、気持ちは解るけどそんな八つ抵たりは止めてくれ。
「そうしたいところだけど、こうして監てるのが仕事なのよっ。でなければなんであんた達みたいなのを督るようなこと…」
ほら、機嫌を損ねてしまったじゃないか。
「ああ、すみません、ご迷惑をお掛けして。
必要上、これだけの人数が集まったもので、つい浮かれてしまいまして」
香織ちゃんの悪態を遮るように、ふたりの間に天堂が入り込む。
「え、あ、その、まあ、解ってもらえれば、その…」
ん? なんか言動が怪しくなってないか?
その図書委員は、言葉も半ばな状態で、逃げ出すかのようにこの場を離れて……。
「あ、逃げ出した」
「まあ、相手が天堂くんだもの、そう謂う反応も起るわよね」
うん、なるほど果然りあれは逃げたのか。向日や朝日奈がそう謂うんだからそうだろう。
「ははっ。遉は天堂だな。お陰で助かった」
いや本当、『美童』の異名はここでも健在、見事に顕在化してくれたってわけだな。
「でも、鳥羽達が居なくて良かったよな。
あいつらが居たら、それこそ先程の図書委員じゃないけど遠慮してくれってなるもんな」
確かにな。河合じゃないけど、あいつらのあれじゃあ間違い無くそうなるだろうな。
因みにその鳥羽と小鳥遊だけど、今頃は下宿のはずだ。恐らくふたりで仲好くやってることだろう。
「はははっ、本当そうだよね。
それでなくっても、香織ちゃんだけでもうお腹いっぱいなのに」
斑目の余計な一言に、和気藹々となるはずだった場が、今度は極寒の如く凍り付いた。せっかく嵐が過ぎたと思ってたのに。
いや、本当に勘弁してほしい。
オレ、漸く立ち直ったばかりなんだぞ。なのにこれって、剰りに過ぎた仕打ちじゃないか。
そりゃあ確かに馴れたとは宣ったけど、だからってこれは無いだろう。
「なるほどな、だから自分にはそう謂う話が無いわけか。他人の話で満足するなら確かに必要無いもんな」
だけどオレは立ち直ったのだ。
たから以前と変わらないってことを周りに示す必要が有る。
そんな理由で斑目には悪いけど、……否、そんな罪悪感は不要だな。まあ、なんにしてもだ不用意にオレを嘲ってくれたからにはこれは当然の讐いだ。
否、報いだな。因果応報。良し悪しに関わらず為したことにはそれに応じた報いが有る。
俔え知らずとも悪しき種を蒔いたからには、その実を喰らえば中るのは当然の話なのだ。
そう謂う理由だから、そこは理解してくれよ由希。
……恐る恐る由希を斥う 。否、候う ?
「全く、相変わらずアンタは口が悪いわね。
そんな配慮の無いこと口にしてると、そのうち周りに嫌われても知らないわよ」
……あれ? どう謂うことだ?
もしかしてそんなに怒ってない?
まあ、そうだよな。
あれは空気を読めない斑目が悪いんだよな。
って、つまりこれは、表面上オレに向けた言葉だけれど、実際は斑目に向けた忠告ってわけか。
いや、一応はオレに対する忠告でもあるのな。
なんか詰って感じでオレのこと睨んでるし。
と、こんな感じでその日の勉強会は進み、そして終わったのだった。
……ってか、なんか凄く疲れた。
※1 以前に『横目で睨む』と説明した『眄る』ですが、恐らくここで使ってる感じの意味合いかと思われます。要するに『横から睨むように様子を窺う』ってことじゃないでしょうか。
『眄』には『眄みる』『眄める』『眄』という読み方が有り、意味も読み方と同じです。
この『眄』を使った四字熟語には『右顧左眄』というものが有ります。意味合いは『右を顧み左を眄みる』と文字通りで『あっちチラチラ、こっちチラチラ』と『人目を気にして決断が鈍る』となります。
いや、やっぱり中途半端な貼り付けと、俄な知識じゃ前回みたいなことになるんですね。反省です。
※2 この『うかがう』については以前も説明しましたが、ここは改めて説明をします。
『斥う』とは敵の様子を窺うこと。『候う』とは何かの兆しの様子を窺うこと。それは『貴族』のような人だったり、『天』のような自然だったりと己の及ばぬ存在に対してです。
というわけで、ここでの『うかがう』は『恐るべき存在』に対する『斥う』と、『畏れるべき存在』に対する『候う』ということです。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




