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早乙女純、溜め息を吐く

「はぁ……」


 オレは溜め息を吐いた。


「どうしたの、純ちゃん。なにか悩み事?」


 当然ながら美咲ちゃんに心配される。


「それってもしかしなくても、やっぱり純くんのことだよね」


 但しその内容は的外れなのだが。


「全く、自業自得でしょ。

 聞いてるわよ。この度のバレンタインのこと。

 あなたがいつもの如く中途半端なことをしてる間に、加藤香織に出し抜かれたってんでしょ。

 いい加減態度をはっきりさせないからこんな目に覿()うのよ。本当、情けないわね。

 普段があれだけ大胆なくせに、なんでそっち方面にだけ臆病なんだか」


 そしてこの台詞は千鶴さん。

 今日は音楽番組の収録で、千鶴さんとは一緒の仕事である。


「そんな他人のことよりも、自分の方こそどうなんですか?

 あ、なんならせっかくなんで功さんのところへ訊きにいって……」


「ちょっ、止めなさいっ! 余計なお世話よっ!」


 果然(やは)りオレ達と一緒だったSUCCESSのメンバー大成(おおなり)功太郎の元へと向かおうとしたところ、透かさず背中から組み付かれ、そして口元を塞がれた。

 まあ、オレも本気ってわけじゃなかったので然程抵抗するつもりもなく、結果拘束も直ぐに収まってくれた。


「なんだよ、その分だとそっちも進展は無いってことだろ。他人のこと()えないじゃないか」


 余計なお世話なのはお互いさまだ。

 でも、千鶴さんの方はオレの方とは違って、本物の恋愛事だからな。他人事とは謂えなんだか心配になってくる。


「で、渡す物はちゃんと渡したんですか?

 仮令(たとえ)義理でも渡す物は渡しとかないと、そのうち忘れられてしまいますよ」


 いや本当、こう謂うことは詰理(きっちり) (※1)とやっておかないと疎遠になるだけだ。

 ゲームじゃないけど、こう謂う催し事(イベント)を積み重ねてこそ親密度も高まり恋愛へと至るんじゃないだろうか。実際オレも、香織ちゃんとの日常で随分と絆されてしまった自覚有るし……。


「そのくらいやってるわよ。親しい人間関係の基本じゃない。あなただってそうでしょ」


 ……………………。


「うん、純ちゃんも私達と一緒にチョコレートを作ったし、純くんも純ちゃんのチョコレートを受け取ってくれたって言ってたけど、でも、純ちゃんって義理チョコとして渡しちゃったみたいなんだよね。

 それに対して香織ちゃんは、同じ手作りチョコでも本命だから、それで差が付いちゃったみたいで。

 いつもの純くんなら軽く流すところなんだけど、今回は完全に動揺しちゃったみたいで……。

 って、純ちゃんっ、そうやって呆けてる場合じゃないよっ! ピンチだよっ‼」


「ちょっと、なによそれっ⁈

 そこまで深刻なことになってんの⁈」


 いや、呆けているって……って、まあ確かに美咲ちゃんの指摘通りで呆けてしまっていたけれど。

 しかし、ピンチってのは……まあ、確かにそうかも。

 しかも千鶴さんじゃないけど、結構深刻かもしれない。


「い、いや、そんな大袈裟な。

 確かに深刻な話だけど、でも、肝心なことを忘れてるって。

 どんなに香織ちゃんに絆され掛けてるって謂っても、本人がそれを否定しているんだろ。

 つまりそれは、本人にはそれを受け容れるつもりは無いってことじゃないか。

 大体、あいつにはまだ、そんな感情なんて無いんだから、周りが引っ掻き回すような真似しなくたって良いだろ」


 これが今のオレの本音だ。

 いや、だってまだそんなこと考えられないんだから仕方が無いだろ。

 そりゃあ、香織ちゃんの気持ちは嬉しいし、一緒に過ごす時間ってのも、今じゃ決して嫌なものじゃない。

 でもだからって、それが恋愛感情かどうかなんてのは未だにオレには解らないんだから、軽(はず)みな応えを出せない。そんな将来に後悔するようなこと、オレは絶対に御免だ。

 臆病? それのどこが悪いってんだ。無責任な生き方をするよりも、余程マシな生き方じゃないか。


 うん、何度も考えて()たけれど、いつだってこの答に変わりは無い。依然変わらぬ答なら、これが間違い無くオレの本心だ。


「ま、まあ、それも立派な考えだとは思うけど、つまりこれがあの子の考えだから、これじゃ告白なんてまだまだってのが、あなたの考えってわけなのね」


 なんだか結構ズレは有るけど、それでもオレの主張(言いたいこと)は正しく理解してもらえたようだった。


「そっか。それが純くんの考えってんなら、純ちゃんにもまだ目が有るってことだね。

 でも、安心はできないよね。純くんも随分と気持ちが揺らいでるみたいだから」


 ん? 美咲ちゃん、理解してくれたんじゃなかったのか?

 なんでそんな話になるんだよ。


「それなら純だって負けないように、行動すれば良いだけよ。

 要は変に意識させなければ良いだけでしょ。

 でも、それも過ぎると、まるで気づいてもらえないってことも有るのよね。

 本当、面倒臭い。純も難儀な子を好きになったものよねぇ…」


 それに千鶴さんまで…。

 なんでそんな話になるんだよ。


「でも、香織ちゃんは積極的に正面突破の正攻法で攻めるみたいなんだよね…。

 純くんの考えは解ってても、それでも純ちゃんの持久戦はどうしても心配だよ」


 いや、ちょっと美咲ちゃん、そう謂うこと()ってくれるなよ。オレだってそこのところって不安なんだから。


 それでもまだ変に煽られるよりはマシか。

 取り敢えずこっちはこれで()しとして、問題は香織ちゃんなんだよなぁ…。

 責めて以前程度に収まってくれないだろうか。

※1 この『詰理(きっちり)』という当て字ですが、『(ことわり)で詰める』という意味合いで当ててみました。

 語源は中国の言葉である『()(チン)()』だとか。『規緊』は『正しく整える』で『都』は『著しい』という意味らしいのですが、これを『整然』という意味と説明されても解りづらいですよね。

 もしかすると、以前はこの由来や『緊』が『(きつ)い』とも読まれることから、この『緊』を当てていたような気もするのですが、多分今回の方が解り易いのではないでしょうか。


※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。

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