兎に角って話
久々に純と香織メインの話です。
とはいっても想像通り、ふたりが中途半端にイチャつくだけの話なのですが。
まあそこは、所詮はヘタレな純ってことで許してやってください。
年は明けたが依然としてオレは忙しい。
来年にはフェアリーテイルのふたりの高校受験が控えてるからな。それに向けた予定を考えなければならないってわけだ。
まあ、そうは謂っても、去年…じゃなくって一昨年か、ともかくその年のオレ達リトルキッスのやり方をそのまま踏襲するだけなんだけど。
つまり今年前半で、曲の収録やCM出演の依頼を熟し、それらでこの一年を繋ぐという戦略だ。
これなら、後半は時間が取れるし、その上で世間へのアピールも出来る。
だって、一度の収録で、後は延々とそれらが流れるだけでいいんだから。
……って、この説明は前回のコピーである。
そんなわけで、今、オレがするべきことは、曲の作り溜め。なお、CMの方は聖さん達に任せてある。学生のオレじゃ遉にそっち方面はまだ難しいだろうからな。
否、そりゃあリトルキッスのCMで関わって企業なんかだと繋ぎは取れないことも無いだろうけど、まだ学生であるオレに果たしてどれだけの信用が有るのか。
それに無知な子供ってことで、向こうの都合の好いように計った上で物事を図られそうで、そうなるとその対応が面倒臭い。
なによりもだ、会議で諮ろうにも学生の身のオレじゃそれに参加するのは難しいのだから仕方が無い。
解り易く説えば、向こうの都合に振り回されるだけで、こちらになにか不都合が起ってもその場に不在のオレが悪いって話になりそうだってことだな。
前にも述ったが、大人ってやつは兎角 汚いのである。
まあそれはともかくとして、放課後の学校の図書室にて、オレは曲制作に勤しんでいた……のだが…。
「あら? 純くん、何してんの?」
オレに声を掛けてきたのは、……果然り香織ちゃんか。
まるでオレの行くところならばどんな場所でも一緒だと、そんな風に周知させんばかりに跟いて来るんだよなあ。
香織ちゃんとすれば、附いてって感じで、形影一如 を気取ってるつもりなんだろうか。以前、比翼連理の関係に憧れてるみたいなこと言ってたし。
以前のオレなら「憑いてだろ」って思ってたところで、重い想いに辟易としているはずなんだけど、もう全然りなまでに馴れてしまったよなあ…。
否、それでもまだ、完全に絆されて陥落し切ったつもりは無く、飽くまで友人のつもりなのだけど……。
でも、もしかするとこれって、周囲からは恋人同士に俔えたりするのだろうか。
「あら、だったら凄く嬉しいわね。
もう一層のこと、本当のことにしちゃわない?」
オレの呟きが聞こえたのだろうか、香織ちゃんが嬉々 としながらオレの背中から抱き締めてきた。
って、ちょっと香織ちゃん、その、頭部を胸に抱えるのは止めてくれっ。オレだって一応は思春期の男なんだから、こう謂うのはちょっとヤバいんだって。
いや、だからこそオレを籠絡し懐柔しようと色仕掛けで攻めてきてるってことか。
否、これはそんな感じじゃないな。純粋に喜びを表してるだけに過ぎないって感じか。
でも、指摘をすれば間違い無く前者の方に移行しそうだから、変なことは諭えないし…。
これってこのまま、香織ちゃんの気が治まるまで待つしか無いのか?
「あんた達、いつまでやってるつもりよ。
幾ら図書室に人が居ないからって謂っても、図書委員の私の目は有るんだから、少しは遠慮してもらえないかしら。
正直な話、そうやって婬戯着く んなら他所でやってほしいところだわ」
救いの女神は図書委員の女子生徒だった。
って態々受付からこっちを窺ってたのかよっ。ここの席って結構奥の方に在るのに。
まあ、他に利用者は在ないし、それにこれだけ騒いでりゃ目に着きはするし、気にもなるか。図書委員の業務って、結構退屈そうだからなぁ。
「あ、すみません」
別にオレは悪くないと思うけど、なんとなく申し訳ないので一応謝っておくことにする。
確かにこう謂うのって、観せられる方としては目の毒だからなぁ…。
まあともかく、これで漸く香織ちゃんの拘束から解放されたわけで、この図書委員の子には感謝である。
「で、純くんって結局何してたの?」
図書委員の子が居なくなったところで仕切り直しとばかりに、香織ちゃんが再び訊ねてきた。
「いや、ちょっとな。
ほら、フェアリーテイルのふたりって、一応受験生だからさ。だから早めに曲の収録ができるようにと、今から曲の作り溜めをしようと思って図書室に籠ってたってわけだ」
以前にちょっとしたできごとが起って、香織ちゃんはJUNの正体を知っている。
なのでこうして何をしているか明かしたところで、今さら問題にはならないのだ。
「ちょっと純くんっ、それって部外者の、それもライバル事務所の私に漏らして良い情報なの?」
香織ちゃんが驚いたようにオレに問い掛けてきた。
「否、特にこの程度なら問題無いし、それに香織ちゃんだって、このことを誰かに漏らすつもりは無いんだろ?」
「当然でしょ。純くんを裏切るような真似なんて、私にできるわけが無いでしょ」
果然りこう応えてくれるよな。
香織ちゃんがこう謂う人物だと知ってるからこそ、こうして安心して構えていられるってわけだ。
まあ、遉に曲の内容とかまで明かすわけにはいかないけどな。
否、実際はそれでも害は無いのだけど、それでも香織ちゃんの摘う通りで、これは最低限の線引きってわけである。
でも、気にせずそのまま作業は続けるんだけど。
……うん、なんと謂うか落ち着かない。こうしてじっと視られているってのは……。
気恥ずかしい?
全てを覩透かされ てる気がして緊張する?
「ああ、悪いんだけど、そんなに見詰めないでくれないか。
面映ゆいって謂うか、緊張するって謂うか、とにかく落ち着かないんだよな」
なんだか悔しいのだが、結局堪えられなくなったため降参することにした。
向こうで先程の図書委員の子が、苦虫を噛み潰したような顔をしているみたいだけど…、つまり出歯亀かよっ。悪いけど期待しているようなことをする気は無いからな。
「あ、ごめんなさい。でも、純くんにそんな風に意識してもらえたなんて。私、凄く嬉しいわ」
いや、だからそう謂うのって勘弁してくれよ。
オレはこの場から撤退することに決定した。
くそっ、例の図書委員が嘲笑ってやがる。
ああ、どうせオレはヘタレだよっ。
※1『兎角』であって『兎に角』ではありません。
『兎に角』とは『ともかく』のことであり、『とにもかくにも』が本来の形で、『いずれにせよ』って続く言葉です。つまり『置いといて』と半ば話を放置する感じですね。『そんなことよりも』と、そこから続く話の方に主題を移す言葉です。
では、『兎角』の方はというと…。
出典は中国の『述異記』や仏典の『毘婆沙論』等。『兎角亀毛』が語源で、これはその一部の抜粋。
意味としては『兎角』や『亀毛』の喩えのように『本来有り得ない』ってことになります。
アレキサンダー大王の逸話に角兎[al-mi'raj]なんてのが出てきますが、そんな伝説上の動物はここでは当然取り上げられません。
因みに原点として有名な物に、カズヴィーニー著の宇宙誌[ボルドー市立図書館蔵本(1565年作の写本)]が有るそうですが、名前は載って無いそうです。
と、こんな余談はともかくとして、『兎に角』と『兎角』の違いはこんな感じです。
共通点は『どうでも良い』ってことくらいでしょうか。
なお、この『兎角』という言葉は『夏目漱石』の『草枕』が有名ですが、『智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ。兎角この世は住みにくい。』の『兎角』の解釈に意見が判れているようです。
[Google 参考]
真相は著者本人にしか解らないはずなので、他人に意見を押し付けるような真似は勘弁願いたいものです。如何な文学作品といえども所詮は大衆向けの娯楽作品のはずなのですから。
これって、彼ら文学研究者の見下すオタクと同レベルって気づいていないはずが無いでしょうにね。
きっと著者の夏目漱石は、「『兎角』でも『兎に角』でもどっちでも良いから、とにかくさっさと先を読んでくれ」なんて思ってるんじゃないでしょうか。
※2『形影一如』とは『形と影の如く一体』ってことで、『切り離せない関係』って意味の言葉で、固い結び付きの夫婦を喩える言葉だそうです。
作者的には『主人と影の如く従う忠実な従者』って
イメージだったので、間違って使う機会が無かったことにほっとしております。
もしかすると、間違って使っている作家さんっているかも?
※3 この『嬉々として』という言葉ですが、同様な意味の言葉に『喜々として』というものが有ります。
で、その違いについて例の如く「Googleに相談だ」ってことで調べてみました。
【嬉々として】嬉しい気持ちを表す。
【喜々として】喜ぶ気持ちを表す。
……正直言って違いが解りませんでした。
で、もう一度調べ直したところ……、
『喜々』は『嬉々』の『代用表記』とのことでした。つまり『どちらも同じ言葉』です。
因みに『嬉しい』は形容詞で『喜ぶ』は動詞。『喜ばしい』と形容詞になると『嬉しい』とほぼ同じ意味とのことです。
「なんだそりゃあっ!」って叫びたいところだったのですが、自分が無知ゆえの自業自得。
とはいえ、せっかく調べたのでこうして記載してみました。
※4 いつもなら、このややスケベな感じのやつは『淫戯着く』と当てるところですが、ここは香織主体ってことで『婬戯着く』です。
なんでも『淫』に対して『婬』は特に女性であることを強調する文字らしいです。
※5 以前は『じっと見つめる』と説明した『覩』と異字体『睹』という文字ですが、実は『見分ける』『次第に明らかになる』という意味合いも有りました。
『察』と似たような意味合いです。
具体的には『火を覩るよりも明らか』なんて感じで使うようです。
熟語としては『察覩』『逆覩』なんて言葉が有るようです。
[Google 参考]
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




