みんなで初詣に行こう
1月1日。即ち元旦。
オレ達は昨日のメンバーの4人で駅前の広場へと来ていた。
目的は初詣。
ただ、今年は例年と違って人数が集まるため、こうして待ち合わせをしているのだ。
いや、だったら5人だろうって摘われても冝さそうなものだが、今回真彦は不在。
なんでも真彦は別の予定が有るらしい。多分、例のふたりとの初詣だな。オレ達と旧交を温めるよりも、新しい友人との友誼を選んだってわけだ。
まあ、昔の女よりも新しい女ってことだろうな。
「ちょっと純くん、なにもそんな謂い方しなくても冝いじゃない」
美咲ちゃんが非難の声を上げた。
例によってオレの独り言に対するツッコミだ。
って、いつも思うんだけど、オレってそんなに大きな声で独り言を呟いてるつもりは無いんだけど、何故皆してこう聞き付けるのだろう?
「いや、冗談だって。
でも、果然り古い友人よりも、今付き合っている友人ってことじゃねえの?
しかもその相手ってのは結構な美人の女の子達なんだし。
況してやそれが自分に懐いてくれて、より好い関係になれるかもってなれば、どちらを選ぶかは明白だろ」
昨日の話じゃ、まだ友人留まりってことだったけど、あの感じじゃ満更 ってわけでも無さそうなんだよな。恐らくは下心有りだろう。
なお一年近く付き合っておりながら、関係が進展していないのは、真彦が慎重になっているからか。
高校生活はあと2年も有るのだから、変に迫って失敗し、その後の関係が気不味くなるのはいただけないしな。
美咲ちゃんに告白したのが卒業式だったってのも、そんなことが関係したんじゃないだろうか。
幸いにしてフラれた今でもふたりは友好関係に有るのだが。
しかし誰もが常にこんな風にいくとは限らない。だから真彦を臆病と責めるのは酷だろう。
そんなわけで、今は待熟 と関係を固めようってところか。
「他人のことよりも自分の方はどうなのよ。
アンタも二股掛けで随分と嘉い気になってるみたいだけれど、剰り暢気に構えてて、両方から愛想を尽かされても知らないんだから」
こうして真彦の心配をしていたところ、由希からの指摘を受けた。
「以前から何度も説ってるけど、オレにはそんなつもりは全く無いんだよ。
まあ、そりゃあ香織ちゃんに言い寄られるのは嫌な気はしないけど、それが求愛ともなると話は別だ。
友人としては好ましく思ってるけど、それ以上の関係だなんて、とてもじゃないけど今は考えられないんだよ。
そしてそれは相手が誰であろうと話は同じ。
大体人生は長いってのに、なにをそんなに急っつく必要が有るってんだか。
幾ら思春期だからって、誰もが年中そんなに発情ってるわけじゃねえっての」
「女の子に発情るとか言うなっ!
このっ、性的無配慮男っがっ!」
久々の由希のアイアンクローがオレの顳顬に炸裂した。
例によって片手で宙に吊り上げられるオレ。
「女の子の純情を発情ってるなんて譬うだなんて、こいつ最っ低っ」
「うん、○ねば冝いと思う」
いつの間に来ていたのか、朝日奈と向日が由希の台詞に賛同の意見を示す。
「うん、自業自得だよね」
「遉にこれは弁護できないかな」
そして美咲ちゃんと天堂も。
おおっ、神はオレを看捨てたか?
てか、そんなことより誰か止めてくれっ。
頭が砕けるっ。ギブ、ギブだっ! GIVE UP!!
「ギャーーーー!」
ううぅ…、頭が痛い。オレの頭は無事か…?
まるでそのまま砕けて、死んでしまったかのような感覚だ。
「なにを大袈裟なこと表ってんのよ。
それでも附いている物は付いているわけ?
一層のこと、役に立たないなら捥いじゃう?」
「失礼なことを言うなっ。ちゃんと役に立つっての」
てか、なんだよ、その捥ぐってのは。
由希の奴、もしかしてその台詞が気に入ってて、敢えて使ってるんじゃないか?
「役に立つって。純くんったら下品なんだから。
女の子の前でその台詞は、ちょっと無いんじゃないかな」
そんな台詞の出るそっちの方こそどうかと思うぞ、美咲ちゃん。
美咲ちゃんと謂い、由希と謂い、女の子って意外とこういうネタってのが好きなのか?
特に美咲ちゃんなんて、去年の夏がアレだったからなあ…。
もしかすると、美咲ちゃんに限らず女の子ってのは、オレ達男の居ないところだとあんな風なのかもしれない。
で、本質がそんな風だから、オレ達男の前であっても、なにかの拍子に無意識で今みたいなことを口にするってことか…。
つまり貞淑な女性像ってのは、オレ達男の幻想に過ぎないってことなんだな。
いや、女の子だって人間なんだからって諭われれば、まあその通りなんだろうけど…。
「あっ、純くんっ! お待たせっ」
そんなことを考えてたオレに突如抱き付いて来た存在が。
まあ、今さら説明するまでも無く、オレにそんなことをするのは香織ちゃんだ。
そしてそのまま流れるように頬擦りへと移行するのもお約束。ってか、動きにより磨きが掛かってきている気がする。
「人気アイドルがこんなんで本当に可いのかしら」
「まあ、香織ちゃんは特殊な例外だろうな」
この遣り取りは、一緒にやって来ていた小鳥遊と鳥羽だ。
このふたり、対外的にはただの友人同士ってことになっていて、ふたりともそのように主張しているけど、端で接していればその関係は一目瞭然なくらいに粘々と睦戯着いてくれていて、もう間違い無しに恋愛弱者には毒な存在だ。
否、仮令そうでないにしても、その甘弛い雰囲気は、傍に居るだけでこちらの方まで中てられ胸焼けを起こさせる。
うん、こいつらに他人を羨む資格は無いな。
「お待たせしました、咲さん。…に純先輩。
あと、御堂さんに友人方も」
次にやって来たのはレナとミナ。フェアリーテイルのふたり組だ。
って、オレは美咲ちゃんのおまけかよ。
まあ、そのおまけの天堂や、さらにおまけの連中よりはマシな扱いか。
でも、それも仕方が無い。こいつらにとっては美咲ちゃん達リトルキッスのふたりは特別な存在みたいだからな。
それはともかく、こいつらの同行者としていつもの腰巾着の二人が一緒だ。
「誰が腰巾着だっ。俺達は歴とした『フェアリーテイル親衛隊』で、その隊長と副隊長だっ」
「そうだ、俺達はふたりの護衛だよ。あんたみたいな悪い虫が付かないようにな」
なんだよ、果然り腰巾着じゃないか。
もしくは太鼓持ちってやつか。
てか、おいっ、誰が悪い虫だ。それはお前らの方だろがっ。
「大宮に小宮っ。あんた達、私達の舎弟分のくせに純先輩に対してナマイキよっ!」
「そうよっ。それに悪い虫だなんて純先輩に失礼でしょっ。
大体、悪い虫ってのは、純先輩に纏わり付いているそこの女みたいなのを謂うのよっ!」
おおっ⁈ こいつらそんな名前だったのか。
どうやらこのやや小太りなのが親衛隊長の大宮で、隣の細めで身長の高いのが副隊長の小宮か。
で、オレを虫呼ばわりしてくれたのが小宮。
天堂程じゃあないけれど、それでも170cm近い身長だ。虫呼ばわりも気に入らないけど、この高身長も気に入らない。おのれ中学生のくせに…。
「誰が悪い虫よっ! 相変わらず口の減らない子達ねっ!」
ミナの罵言に、当然ながら香織ちゃんが抗言する……けど、オレに抱き着いたままの状態じゃ、どっちの言い分に分が有るかは敢えて語るまでも無いんじゃないだろうか。
「まあ、そんなことよりも、このままいつまでもここに居たって仕方が無いし、漸々出発しないかい」
と、例によって空気を読む天堂。
この場を有耶無耶に誤魔化しているけど、ミナの台詞を否定しないところを察ると、もしかすると天堂も同じ考えなのだろうか?
否、だからと謂って肯定したわけでもないし、つまりどちらにも味方はしないってことで、飽くまで中立ってことにしたいってことか。
こう謂うのって、どっち就かずの蝙蝠野郎って謂うんだけど、世間一般じゃ世渡りの巧みな八方美人とも謂うんだよなあ…。
まあ、それもその状況と人次第だけどな。最悪の場合、孤立無援の四面楚歌ってことにもなりかねない。
中立を許されるのは相手を上回る力量が有ってのこと。それは嘗てのヴェネチアの歴史を考えればよく解る。フランスの味方をしなかったがためにナポレオンに屈する羽目になったんだから 。
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閑話休題。話を戻すこととしよう。
天堂の言に順って、オレ達は昨日の神社へと向かった。
「うわぁ、凄い人集り。
純くんから話には聞いていたけれど、まさかここまでとは思わなかったわ」
香織ちゃんじゃあないけれど、確かに凄い人混みだ。そう謂えば去年は美咲ちゃんが…。
「人がゴミのようだ。はっはっはっはっ」
そう、こんな台詞を言っていたっけ。
「あ、ラ○ュタのネタですね」
ミナが早速食い付いた。
「ちょっと美咲ちゃん、去年もツッコんだと思うけど、その喩えは好くないって」
どんなに納得のいく良い喩えだとしても、良識的に善くは無いのだ。国民の代表たるアイドルならば、そこは手本を示してほしいところだ。
もちろん今の美咲ちゃんみたいな、反面教師的な悪い手本では駄目だ。
「硬えこと諭う先輩だな。誰もそんなこと気にしねえってのによ」
確かこいつは小宮だったか。ミナに追従してる方だ。
こいつの今のこの台詞も、ミナのフォローのつもりなのだろう。
「まあ、純くんの諭う通りよね。アイドルなんだからその辺の自覚は持たないと」
香織ちゃんがオレに追従し、その意見に賛成の意を示す。
こいつらここで争う気かよ。
こんな神前を穢す気かよ。まだ入り口で境内とは謂い難いかもしれないけれど、一応は神社の敷地だぞ。
否、まだ鳥居を潜ったわけじゃないから違うのかもしれないけど、どちらにしても神への冒涜には違い無い。神様は諍い事を嫌うからな。
まあ、美咲ちゃんにはそんな気は毛頭無いだろうし、ミナにもこんなつまらないことで事を荒立てる程馬鹿じゃない。
香織ちゃんはオレの意に従うだろうからこちらについても問題無しだ。
そうなると、あとの問題は小宮だけ。
って、こちらもミナに諭されたことで沈黙。
冝し、じゃあ行こうか。
※1 この『満更』という言葉ですが、Googleによると実は当て字なんだそうです。なお、語源は不明とのこと。
『満』は『満たす』、『更』は『とりかえる』という意味が有るため、『更に手を加え満たす必要性は無し』ってことで『まんざらでもない』なのではないかでしょうか。まあ、あくまでこれは私見なのですが。
※2 この『待熟』という当て字ですが、多分作者のオリジナルです。恐らくは『確り』と同様で『熟り』が本当なのかもしれませんが、残念ながらそういう読み方は無さそうで、代わりに有ったのは『熟る』でした。
そんな理由で紛らわしいため、意味合いから造語を作ってみました。
なお、この『機が熟すのを待つ』ってやつですが、以前にもネタでやったように、熟した果ては腐るだけ。つまり待ち過ぎるとダメになるんですよね。何事も頃合いの見極めが大事なようです。
※3 最盛期には『水の都』と謳われたヴェネチアですが、衰退期となると自衛する程の国力は無くなっていたみたいで、他国との問題は主に傭兵と外交で解決していたようです。
そんなせいか他国から言い掛かりを付けられることもしばしば。
最終的にはフランスとオーストリアの戦争に捲き込まれ、どちらにも味方しない中立のはずがフランスのナポレオンに攻め込まれて滅亡。
因みに戦争当事者の両国はその後和解。ヴェネチアはオーストリア領となりました。
…って、偉そうに述べてみましたが、恐らくは世界史の授業の方が詳しいですよね。
さらに詳しくって方は塩野七生さんの書籍がお薦めです。
あの人の作品って、地中海地方のものが多いですけど、ローマやギリシャばかりじゃないんですよ。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




