純、友と再会する
12月31日。大晦日。
いや、いきなりこれって間を端折り過ぎだろってツッコミたくなるだろうけど、この12月はとにかく仕事で忙しくって、余りプライベートな時間ってのが取れなかったんだから仕方が無い。例年なら終業式の日の打ち上げ会とか、クリスマス会みたいなことをしているところだけど今年は無し。普段は受けない平日の仕事でさえも、受けなければならない程の忙しさだったくらいだったからな。まあ、それでも学校を休むことはせず、放課後ってことで相手側には了承してもらっていたけど。
いや、本当に多忙だった。
年末年始向けのバラエティー番組の出演に、CM撮影、雑誌の類のインタビュー。それでなくっても普通にシングルCDの収録が有るし、2月にはアルバム発表が待っているってのに。
まあ、タレント人気ランキングの1位、2位をオレ達リトルキッスで独占してしまったのだから、この忙しさも当然か。
と、リトルキッス絡みの仕事だけでこれなのだが、オレにはJUNとしての顔も有るわけで。
まずはフェアリーテイル関係。
こいつらもオレ達と同じ学生アイドルなわけで、当然ながら仕事は土日、祝日等の休日主体だ。この冬休みに仕事が集中するのはオレ達リトルキッスと同様である。
取り敢えずこいつらも来月にアルバムを発表予定だ。
次にアニメ関係。
『魔法少女マジカルリリー』の音楽担当としての仕事だ。
主題歌にフェアリーテイルの曲を採用させた代償として、オレもその関係の仕事を受ける羽目になったんだよなぁ…。
まあ最近じゃ、その権限で来期の主題歌にサンダーバードの曲を採用させているのだが。
そんな理由で、余計にこの仕事の依頼を断われなくなったってわけで…。うん、もう完全に深みに嵌まってるよな。
これに加えて千鶴さんと弥生さんからの新曲の催促である。まあ、当然だけどこちらは無視だ。
「なにをそんなに疲れた感を出してるのよ。
そんなのがひとり在るだけどでも周囲の雰囲気が白けるのよ。もう少し空気を読みなさいよ。
大体、最近は野球部の活動も無いんだし、なにがそんなに疲れるってのよ」
相変わらず由希は口が悪い。
全く、そう謂うのはこちらの事情を知らないから摘えるんだ。
って抗弁したいところだけれど、それってしたくてもするわけにはいかないんだよな…。
今年も例年の如く、除夜の鐘つきにいつもの神社へと来ていた。
とはい説っても、今年は真彦は在ないのだが。
果然り違う学校に進学するとなると、図らずも疎遠になってしまうと謂うことか。
そんな理由で、今年のメンバーは、由希の他は美咲ちゃんと天堂、そしてオレの四人である。
「今年は真彦くんが在ないせいか、なんだか少し寂しい よね」
美咲ちゃんが沁々 とその感情を吐露した。
「なにを嘆ってんだよ。自分から真彦の告白を断わっといて。
それとも一層、来年は真彦と縒りを戻して 付き合うか?」
まあ、気持ちは理解できるけど、それで雰囲気が暗くなるのは御免なので、敢えて冗談で調戯うことにする。
「ちょっと、純くん。そう謂う冗談は止めてよ。
これでもそのことって、今でも気にしてるんだからっ」
台詞とは裏腹に、美咲ちゃんのその口調は明るい。
拗ねた感が有るのは台詞の通りだが、しかしそのことは既に過去のこととして、ほぼ消化されているってことだろう。
まあ、多少の罪悪感が痼となって残るのは仕方が無い。てか、それが全く残らないようじゃ、余りに真彦が哀れだ。
つまりこのくらいが丁度好いってことかな。
「まあ、確かに美咲ちゃんじゃないけれど、真彦くんが在ないのは少し残念だよね」
ここで天堂の合いの手が入る。
こいつのこの空気の調整の巧さには、いつものことながら感心する。
もう、人間空気清浄機って称号を与えたくなるくらいだ。
「全く、アンタはっ。
誰のせいで天堂くんが気を遣ってると思ってるのよ。
注意した端から空気を悪くすような発言をしてるんじゃないわよっ、この歩く環境汚染っ!」
うぉっ⁈ 由希の奴、なんて地獄耳なんだよ。
「ぷっ、由希ちゃんってば。歩く環境汚染なんて巧いことを喩うんだからっ」
み、美咲ちゃんまで…。
いや、この場合調戯ったオレが悪いんだけど、まさかこんな返しが待っていようとは…。
「おっ、居た居た。美咲ちゃん、それに皆も久し振り。
てか、お前ら相変わらずだな。
まあ、元気そうでなによりだけど」
オレ達がいつもの如く戯遊合って いたところ、突如横から声を掛けてくる奴が現れた。
「え? あっ、真彦くんっ!」
美咲ちゃんの驚きの声の通りで、その正体は丁度話題だった真彦だった。
噂をすれば影が差すの言葉じゃないけど、それにしてもちょっとタイミングが良過ぎだろ。
「うるせーよ。お前が余計なこと言うから出てき難かったんだよ」
どうやら先程のオレの台詞を聞いていたらしい。
でも、残念だけど、美咲ちゃんのあの様子じゃ再アタックしても撃沈だぞ。
「そんなの余計なお世話だよっ。
それに今の俺には、もうそう謂うつもりも無いしな。いつまでも執拗く拘ったりはしないんだよ。
あ、でもリトキスのファン1号で、親衛隊長ってのまで辞めたつもりは無いからな」
そう謂えばそんなこと宣ってたっけ。
でもあの告白には本当に驚いたよな。
なんか真彦のくせに無駄に格好良かったし。
普通フラれてお友達なんて宣われたら、どうしようも無く惨めなものなんだけど、こいつの場合は凄く格好良く思えたんだよな。
その結果、「遉に親衛隊長」と、ファンの間じゃ勇者扱いだ。でもきっと、美咲ちゃんがOKしていたら今頃は魔王認定だろう。
…って、否、どうかな。
よく考えたら、オレも早乙女純と噂されてたりもしたけれど、特にとやかく非難された覚えは無いんだよな。まあ、交際してるって認めたわけじゃないからだろうけど。
でも、香織ちゃんとの噂の件じゃ、未だに方々から敵視されてるか。
って、こっちはオレが認めなくっても、香織ちゃんがその気だから…、いや、香織ちゃんの方が一方的だからこそ余計にオレが妬まれてることになってるわけなんだよな…。
「て、なんだよその目は。
自分がアイドル相手に二股掛けてるからって憐れみ目線かよっ。
全く世の中間違ってるぜ。なんで俺がこんななのに、こんな奴がモテてるんだよ…」
それはオレも訊きたいところだ。
否、一応香織ちゃんからはその告白の際に、なんでオレなのか教えてもらいはしたけれど。
確か、イベントの時に暴走したファン達からオレが香織ちゃんを救けたみたいなことを説ってたと思う。
でも、これって俗に謂う吊り橋効果ってやつだよな。つまり切っ掛けは香織ちゃんの勘違いだ。
で、それを美化したものが増幅されて今日に至るってことなんだけど…。
でも、それだけってわけでもなく、同じ学校に通うようになって、友人としてだけど付き合うようになってからの評価も有るみたいで、そちらの方は多少の補整 は有っても一応は偶像でなく、実像のオレの評価。それは素直に嬉しく思う。
だけど果然りそこまでの好意を受ける程のことをした覚えは無いんだよなあ…。
いや、それよりもだ。
「そんなこと摘って他人のこと責めてるけど、お前の方こそ二股だろ。
以前に会った時のあのふたり。
女の子の乗り換えの早い真彦としては、茶髪系った黒髪の子と、少し背の高めの金髪の子と、一体どっちが本命なんだ?」
実は結構、気になっていたんだよな。
片や小悪魔風を吹かせた性格の悪そうな天然女。
もう片方は口調の淡々とした能面女。否、解り難いだけで無感情ってわけでもなかったけど。あと、こっちも若干天然が入ってたかもしれない。
どちらも美人だったけど、余り頭が良さそうになかったのは学校の偏差値のせいかもしれない。
とにかくどちらもくせの強めな感じで、付き合うとすれば些か苦労しそうな子達だった。
ただ、どちらも真彦に対して結構好意的な感じだったので、もしかするとって思ったわけだ。
いや、そりゃあオレは恋愛事には疎いけど、それでも最近は鳥羽と小鳥遊の睦戯着くところを見せ付けられるので、多少は解るようになってきたつもりだ。なお、この本人達は一応交際を否認しているけど、どう考えても本気度は感じられない。多分、形だけってことなのだろう。まあ、片方はアイドルだもんな。
そんなわけで、久々の真彦との再会に沸き立つオレ達だった。
なお、真彦とふたりの女性の関係は、飽くまでも友人とのことだ。…って、本当かよ。
※1 この『寂しい』という言葉ですが、類義語の『淋しい』とほぼ同じ意味合いです。
Googleで調べてみたところ、下記のようになっていました。
【寂しい】
意味:物足りなさ、ひっそりした様子、孤独感などの幅広い意味で用いる。
用法:「財布が寂しい」「撤退とは寂しい話だ」「寂しい山里」
【淋しい】
意味:もっぱら人が孤独を感じているニュアンスで用いる。
用法:「家族になかなか会えなくて淋しい」
【参考】
「淋しい」が、自分のおかれたさびしい状態を悲観的にとらえているのに対して、「寂しい」は、さびしさをむしろ積極的(肯定的)に楽しんでいるようなニュアンスがあります。
【寂】は家をあらわすウかんむりに「粛」に通じる「叔」がついて、家の中がひっそりと静かで物音がしないさまを意味します。静寂、閑寂などの熟語からもそうした意味で使われています。
【淋】には「さびしい」という意味は元々ありません。元来は水が注いだりしたたるさま、さらに転じて長雨のことを指すようになりました。淋を「さびしい」意味に用いるのは日本独特の用法で、おそらくは淋雨(梅雨などの長雨)に降り込まれて行き場のないわびしさから連想したのでしょう。
以上が抜粋です。
なお、『淋』は表外字なので、基本的には『寂しい』で構わないそうです。
また、これらはよく『さみしい』と読まれますが、この読み方は江戸時代以降になってかららしく、本来は『さびしい』が正解で、常用漢字表では『さみしい』は認められていないそうです。
※2 この『沁々(しみじみ)』という言葉ですが、通常は『染み染み』と書くそうです。
例によってこれも『沁』が常用漢字でないためで、そのため常用漢字の『染』を使用するとのこと。
で、それぞれの違いは次の通りです。
【染みる】液体が他の物に移り、染みが付くように広がる様子。
【沁みる】液体が目や皮膚などに触れて痛いほど感じる様子。
[Google 参考]
個人的には『染み染み』は『浸透』で『沁み沁み』は『刺激』と意味合いが違う気がするので、これらは別扱いって気がするのですが…。
ただ、『沁』の字には、その部位に『心』が含まれるように、既にこの字だけで『心にしみる』という意味が有るため、一種の重複表現っぽくなるために『心に沁みる』との表記は忌避されるようです。そのため『心にしみる』は『心に染みる』との表記が推奨とのこと。
[Google 参考]
※3『縒りを戻す』の『縒り』とは『糸などの細かいものを何本かねじり合わせること』という意味。
この絡まった『縒り』をほどいて元の状態に戻すことが『縒りを戻す』の本来の意味。
江戸時代後期から、複雑にこじれた人間関係を元に戻すことも『よりを戻す』と表すようになったそうです。
現代では男女関係を修復する場合に限って使われるこの言葉ですが、当初は兄弟関係などにも使われたらしいです。[Google 参考]
※4 ここでは『戯遊合う』と当てておりますが、本来は『戯れ合う』と書きます。
この『戯れる』ですが、『戯れる』と読むのが一般的で、それ以外だと平仮名表記か振り仮名付きで使うことが多いようです。
そんな理由で、区別のつもりで造語を当てたわけですが、これって逆にすると『遊戯』っていう確立した別の意味合いの言葉になるんですよね…。
※5 ここは『補正』でなく『補整』です。
【補正】補って間違いのない正しい形にする。
【補整】補って調節し合わせ直す。
というわけで『正しい姿』ではなく、『自分の美化した姿』という意味合いなので『補正』でなく『補整』です。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




