LET ME BE
オレは些か調子に乗っていたのかもしれない。
前田の一打席で三塁打を打たれているってのに、その後を無事に抑え、ここまで無得点で来れたことで安心してしまったためだ。
そりゃあ、動揺や緊張から逃れるためそのように自己暗示を掛けてたってのもあるけれど、少し気を弛め過ぎたみたいだ。何事も過ぎたるは猶及ばざるが如しってことだな。つい本拠地の雰囲気に身を委せ 過ぎてしまった。
雰囲気と謂えば春日山の連中の向けてくる敵意もまたオレの行動に影響を与えた一因だ。特に吉良、両津のバッテリーは非道く、オレに危険球紛いの投球をしてくる始末。仕返しとばかりにピッチャー返しで応えてやったのだが…。
あの馬鹿がマウンドを汚しやがったお陰で、試合は整備のため一時中断。その間オレは由希から散々にお説教を喰らう羽目に。
と、ここまではまあ問題無い。ただこの回、四回表からは打者一巡。
これにより再び前田と相見える ことなった。
二度目の前田との対決に、オレは奥の手の変則サイドスロー投法で挑んだが、結果は左翼手と中堅手のお見合いで二塁打だった。
続く二番の日馬に安打を許したものの、三番の大桃の併殺打で日馬と共に打ち取り二死三塁。
大桃の打席はヒットエンドランだったため、前田の奴は三塁に進塁していたのだ。
だが、ここまでならばまだ許容の範囲内。
しかし四番の樋口の打席において、またもや前田は本塁に突入のエンドラン。
慌てたせいで手許が狂ってしまった。
これを叩いた樋口の打球は中堅手の頭上。
うん、本来ならば打ち取ったと喜ぶべきところだが、この人って先程お見合いをやらかした人なのだ。とてもじゃないがちゃんと捕球を確認するまでは安心できない。
その間に前田はホームイン。荒井さんが落球すれば一点だ。
頼む。落とすな。落とさないでくれっ!
――――とまあ、これが前回までのあらすじ。
うん、オレがこんな風に安穏としていることで解るだろうけど、中堅手の中本さんは見事にオレの期待に応えてくれました。
いや、あれを落球なんて遉に無いからな。
さあ、それじゃ四回裏、今度はこちらの攻撃だ。
……って、あれ? 前田の奴、なにをやって…。
しまったっ! やられたっ!
あれだっ。『ルールブックの盲点』を突くってやつだっ!
くそっ、まさかこんな練習試合でまで、こんなことをやるなんて。
いや、練習試合だからなのか。こんなの意識に刷り込まない限り絶対にできることじゃない。
大体誰がこんな『第4アウトとアピールによるアウトの入れ替え』なんて想定して試合なんてするってんだ。
草野球レベルのうちの学校じゃまず理解は不可能だろうな。いや、オレも他人のことを摘えやしないけど。
この理解不能な1点に監督と部員達が説明を求めたため再び試合が中断。現在ルールブックを確認しながらの検証が行なわれている。
因みに観戦に集まった野次馬達の方では、美咲ちゃんが得意そうに説明中だ。でも美咲ちゃんだしなあ…。
オレ以外の部員達には果然り理解できないようだったが、そう謂う事例が有るってことで取り敢えず納得することにしたようだ。そんなわけで1点先取を許すこととなり試合続行。
では改めて四回裏だ。
春日山高校の投手は吉良……じゃなく、替わって宝剣。
まあな。まさかあんな理由で着替えが必要になるなんて思わないだろうし、……それに吉良もあの後じゃ続けてマウンドに立とうなんて思わないだろうし、だから当然の交代だな。
…で、こちらも果然りお約束なのか、うちの打者三人は描写する程の活躍も無く凡退。もう四回なんだし、様子見なんて言い訳は通用しないぞ。
五回表。
五番の五十山田に三遊間を抜ける二塁打を喰らった。
如何に元が七番だったとしても、それでも甲子園の先発であり現クリンナップってことか。油断したつもりは無かったのだが…。否、こんなことを思っている時点で油断か。
六番の本間を一塁ゴロに仕留めたものの七番の九は右翼前安打で出塁。五十山田が三塁止まりのままなのが救いだ。
間違い無い。オレが侮っていたせいだろう。仮令下位だとしても、果然り先発は別格ってことか…。お陰で一死一、三塁だ。
さて八番打者だが…。
両津か。そう謂えばこいつへの返礼はまだだったな。
だけど吉良の時みたいな真似はできないし、どう仕返しをしてやったものか。
……よし、あれを試して験よう。未だ制御は利かないが、それでも成功率はそこそこだ。
でも問題は、それをどうやって捕手の遠山さんに伝えるかだな…。
取り敢えず遠山さんからのサインに対し、片っ端から首を横に振って験たところ、見馴れないサインが。オレの記憶が正しければこれは存在しないサイン。これはオレの意図が通じたと思って可いってことだろう。つまり打ち合わせに無い不明なことをするってことだ。
悪いな遠山さん。オレのわがままに付き合わせて。
さて、そうと決まれば、あとは迷わず投げるだけだ。ではいくぞ。
悠然りと腕を振り被り、軸足の内側を重心に、逆側の足を膝から引き上げるようにして持ち上げる。
ここから身体に右への捻り加え、限界まで溜め込んだところでその瞬発力を開放。
八極拳の震脚の如く力強く踏み込み、そしてそこから腕を撓らせ全ての力を球へと注ぎ込む。
と、ここまでなら通常の奥の手の変則サイドスロー投法だ。
が、今回は少し違って球をリリースする瞬間に縫い目にかかった人差し指の先をピッと切る。
これにより球は利き腕と反対方向、つまりオレの左側へと変化する。
つまりスライダーである。
これって変化球の中でも習得が容易なものらしく、手首と握力が強ければ、握りを変えるだけでも投げられるってことらしい。実戦で使えるレベルのカーブを習得出来なかった投手でも、スライダーならば習得可能なんてくらいだとか。
多分オレもそれに当て嵌まるのだろうな。カーブの方は才能が無さそうだったし。
オレの投げたスライダー(紛)は狙い通りに両津の頭部擦れ擦れへと向かい、そして手前で逃げるように内角側へと変化した。
ただ、前述したように制球は不確かなため、変化の仕方は不明である。
球に掛ける回転がバックスピンが強かったり、サイドスピンが強かったりと、そこを制御し切れないため、その変化の沈み具合が予測できないためだ。
オレの投球フォームから投げる球種を推測してくれたのだろう、遠山さんは無事にその球を後逸すること無く捕球してくれた。
で、今のその球の判定だけど、当然ながらボールである。
そりゃあ、ボールになるのは当然だ。だって制御が不能なんだから、ボールにならない方が可怪しい。
ただ、オレの目的は達成できたようだ。
無理して奥の手の変則サイドスロー投法を使った甲斐が有ったってものだ。如何にスライダーの球速が直球と比べて小さいと謂っても、それでも5~10km/hの差は出るらしいからだ。
いや、誤魔化さずに吐うと、単に最速の球で威かし たかっただけである。とは謂っても、オレじゃ精々130km/h程度にしかならないのだが…。
続けてサイドスローで投げる。
あの一球で終わりと思われたくないからだ。ああ謂う威しと謂うものは、いつその可能性が実現するかと謂う脅威が有ってこそだからだ。ってこれじゃ脅し か。
まあ、オレにとっては威しだが、相手にとっては脅しでなければ意味が無いからこれで良しだ。
さて、これで二死だ。最後の打者は宝剣か。
終でだし……否、意味合いはともかく字が違うな。てなわけでやり直し。
序でだし……、うん今度は正しい表記だけど、『序』って『始め』って意味合いなんだよな。日本語ってのはこれだから、時々わけが解らなくなる。
まあともかくだ、こいつも倫でに一緒のサイドスローでいくとしよう。
走者も三塁に在るし、しかも甲子園経験者の五十山田だ。前田同様になにを仕掛けてくるか解らない。油断は禁物だ。
一旦他のことで緊張感を逸らし、気分転換のなったところで以早勝負だ。
この宝剣だけど、投手としてはそれなりだけど、打者としては並だった。
まあ、一年生で控えなんだからこんなものか。優良な奴なら先発に採用されてるはずだしな。そんな理由でこいつは楽勝で三振だった。お陰で『ルールブックの盲点』も今回は関係無しだ。
てな理由で余談。
先程の『倫で』だけど、『倫』には『類』って意味合いが有るため、『同様に扱う』ってつもりでの表記採用だ。
うん、こうして蘊蓄的戯れ事が浮かぶくらいには、気持ちに余裕が出てきたか。
良し、これならいける。
それじゃあこれから逆転だ。
※1 ここでは『身を委せる』としていますが『身を任せる』とも書くようです。
『委せる』と『任せる』の意味合いはほぼ同じみたいですが、微妙に違いが有るようです。
【委ねる】信じてやらせる。
【任せる】自由にやらせる。
【丸投げ】そっくりやらせる。
Googleで調べた結果のひとつは上記のようなものでした。
個人的イメージでは、
【委ねる】他人に全てをやらせる。他力本願。自分が責任を負わない代わりに、相手にも責任は問わない?
【任せる】他人に自由にやらせるが、責任だけは自分も負う。良きも悪きも一蓮托生。
【丸投げ】他人にそっくりやらせる。責任だけを押し付けて、良い成果だけは自分に欲しい?
これはあくまで作者のイメージです。実際にこのような使われ方をしているとは限りません。
※2『相見える』とは『対面する』という意味なのはご存知の通りです。
『見える』とは『目見える』ってことで、本来は『お目に掛かる』という謙譲表現。ただ、現代では敵対する相手に使うことが多いみたいですが…。
因みに『合間見える』と誤記しやすいので要注意です。この場合全く別の意味になります。
※3 作中にて『威かし』とか『脅す』などと使っておりますが、これらには微妙に意味合いに違いが有るようです。
【脅す】他人に恐怖心を生じさせる目的で害を加える事を通告する事。
【威す】力ずくで相手を恐れさせる事。
【嚇す】声で相手を恐怖させる事。
【驚かす】びっくりさせる事。正しくは『驚かす』
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




