RESTLESS HEART
三回裏が終わり、愈々四回表だ。
今度はうちが守る番ってことで、オレもピッチャーマウンドへ……と思ったのだが、途中応援に来ていた由希に呼び止められた。
「純、ちょっとアンタ、なにを馬鹿なことやってんのよ。あれってひとつ間違ってたら大変なことになってたの解かってんでしょ」
なんと喩えるべきだろう、その形相は当に閻魔大王も斯くやと謂った畏ろしさだ。
うん、この喩えで間違い無いな。実際裁きの場に喚ばれたようなものだし。
一応オレも、半ば由希のところの道場の門人みたいなものだし。そう謂う理由も有って、由希はこう謂うことに対しては厳しい。
オレとしてはやられたことに対する報復だし、被害さえ無ければ構わないと謂う考えなのだが、由希としてはそれは認められないことらしい。
力の有る者は、無闇にそれを振るうこと無く、必要な時に最小限で、可能な限り使わないに越したことは無いと謂う考えみたいだからなぁ…。
確かにそれは理想的だけど、時には周囲に力を示すことも必要だと思うのだが。侮られたままじゃ誰も言葉に耳を傾けるなんてしないからな。
正論も力を伴っていればこそだし。なによりもこれは罰悪勧善の精神に依る行為なんだから文句を説われる覚えは……。
「アンタ、これが信賞必罰だなんてこと思っちゃいないでしょうね。だったらアンタは何様のつもりってのよ。まさか正義の味方なんて巫山戯たこと宣わないでしょうね。
大体、あれってアンタの私怨でしょ。そんな子供みたいなわがままを翳してんじゃないわよ。未伴ない」
うぐぅ…。こう摘って正論で諭されると抗し難い。
嫌でも納得するしか無いじゃないか。
もしこれを受け容れないとなると間違い無く分別の無い子供扱いだ。
くそっ、由希のやつめ。オレの弱点をよく押さえてやがる。
うん、確かにオレのやり過ぎだったようだ。
辿り着いたピッチャーマウンドは水浸しとなっていた。いや、何でとは説わないけど。
吉良のやつめ、なんてことしてくれやがった。
オレはタイムを掛けてマウンドの整備を提案した。
だってこんな汚い状態で試合をするなんて絶対に嫌だし。
オレの要望は受け容れられ、ピッチャーマウンドは整備し直されることとなった。
さて、改めて四回表。これより試合再開だ。
打者一巡で迎える打者は一番の前田。
一回表の借りを返したいところだが……。
う〜む、どうしたものだろう。
先程の中断の時間中、その対策について考えはしたけど有効そうなものは思い浮かばなかった。
だからと謂って敬遠なんてしたくは無いからな、本当にどうしたものだろう。
いや、オレにできることなんてひとつしか無い。
ならばやるか?
まあ、やるしか方策は無いのだが…。
捕手の遠山さんもオレと同じ考えなのか、サインでそう尋ねてくる。
よし、やろう。オレは遠山に首肯いた。
悠然りと腕を振り被り、軸足の内側を重心に、逆側の足を膝から引き上げるようにして持ち上げる。
ここから身体に右への捻り加え、限界まで溜め込んだところでその瞬発力を開放。
八極拳の震脚の如く力強く踏み込み、そしてそこから腕を撓らせ全ての力を球へと注ぎ込む。
これがオレの奥の手。変則サイドスロー投法だ!
一球目は見逃しでストライクだった。
恐らくは今までの投法と違っていたため、その観察に徹したのだろう。
つまりここからが本番だ。
じゃあいこうか。
喰らえ渾身の第二球目だっ!
前田のバットが空を切った。
良しっ。空振りのストライクだっ。
いけるっ。ちゃんと通用してるっ。
ならばトドメの第三球目だ。これで一打席目の借りを返してやる!
前田のフルスイングはオレの渾身の球を捉えて、左中間深くへと運んだ。
左翼手の荒井さん、中堅手の中本さんの両先輩が追い駆けるが……って、おい、そこまで追って来ておいてその挙げ句がお見合いかよっ!
せっかくオレが身体に負担を掛けてまでの勝負を挑んだってのに。
お陰で結果は二塁打。オレの苦労はなんだったんだ…。
続く日馬は送りバント狙いだった。
結果は無死一、二塁。
前田の進塁を阻止するためだったのだが、その代償が一塁安打と謂うわけだ。
これって戦術的にはどうなんだろう。アウト一つと三塁進塁、果たしてどちらが重いのか。オレとしては三塁進塁の方が嫌だったのでそちらの方を阻んだのだが。だって得点圏だから。
三番打者は大桃。
本来ならばクリンナップの一人と恐れるべき存在だが、所詮は無名の一年生。増してや第一打席では併殺打に打ち取った相手だ。ここは気楽に構えるとしよう。
結果は二塁ゴロで併殺打。第一打席の時と同じだ。
ただ、ヒットエンドランだったため、三塁送球は間に合わず二塁の後は一塁側を殺ると謂うことになったけど。
これで二死三塁。またしても得点圏に走者か。
しかも今回も三塁は前田。春日山で一番注意の必要な男だ。
迎える打者は四番の樋口。
第一打席では凡打に打ち取っている相手だけれど、この状況では油断できない。
まあ、だからと謂って怖気づくことも無い。要はこいつを抑えれば済む話だ。
オレの投球と同時に三塁の前田が本塁に向けて駆け出した。
って、ここでエンドランかよ⁈
しまった。慌てたせいで手許が狂った。
否、それでも大きく狙いを外れたわけじゃない。問題なのは、それで球への力の入り方が変わったことだ。ただでさえオレのオーバースローは人並みの速度しか出ないってのに。
果然り打たれた。
だが幸い打球は左翼手の荒井さんの真上。
いや、だからって安心はできない。だってこの人って、先程中堅手とお見合いしてた人だし。
その間に前田はホームイン。荒井さんが落球すれば一点だ。
頼む。落とすな。落とさないでくれっ!
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




