GOT A FEELING
三回裏。我が校の攻撃となったのだが、あっと言う間も無く二死で、九番のオレの打順が回ってきた。
いや、早過ぎだろ。如何に打線が下位とは謂え、相手の吉良は一年生だぞ。少しは粘れよ。
オレのその台詞に対して返ってきた七番・原島、八番・乙幡の応えは「序盤だから様子見だ」的なもの。
いや、それはこの二人だけではなく、他の連中も同じでだった。
でも恐らく意味は無いだろうな。その様子見で何かを得られたって感じは無さそうだし。
もしかすると本気で謂ってる奴も在るのかもしれないけど、殆どの奴はただの言い訳だろう。少なくともこの二人は後者の負け惜しみなのは間違い無いと思う。指摘すれば案外「下位に何を求めてるんだ」なんて開き直ってきそうな気もする。
全く、だからこいつはいつまで経っても下位なんだ。
オレはこいつらとは違う。
そう意気込んでバッターボックスへと入った。
身体を軽く解した後、捕手の両津を一瞥し、投手の吉良を睨み察てバットを構える。
さあ、それでは勝負だ。
見せてもらおうか、甲子園出場校の主戦投手の実力とやらを。
……なんか最近、こう謂うのに毒されてきてるな。明らかに美咲ちゃんの影響だ。
否、必ずしもそうとは謂えないか。今の仕事をするようになってから、そう謂う奴らと付き合うことも増えてきたし、美咲ちゃんだけが原因って謂うのは失礼だな。
「きゃ〜、純く〜ん♡」
香織ちゃんの黄色い声が聞こえる。
でも、これって普通立場が逆だろう。そっちは人気アイドルで、こっちは一般人なんだから。
「純く〜ん、がんばって〜」
こっちは美咲ちゃんの声援か。
まあ、こうあるのが本来だよな。これなら応援する者と、それを受ける選手って関係なんだから。
そう、仮令応援する側がアイドルだったとしても、それは偶々ってことに過ぎない。
「おおっ、花房咲だっ」
「本当だ。じゃあ、早乙女純もあの中に在るのか⁈」
いや、今頃気づくの?
結構前、ってか試合前から居たってのに。
まあ、香織ちゃんみたいに関係者として部に入り込むなんてことまではしていないけど。
応援に来てくれたのは美咲ちゃんだけではなく、由希も一緒だ。斑目と河合のやつも在る。
まあ、天堂と鳥羽は仕事が入っているので不在だが、代わりに天堂の親衛隊の朝日奈、日向来ている。いや、代理ってんじゃないだろうけど。多分義理ってところかな。
義理って謂えば、小鳥遊か。こいつが鳥羽絡みなのは間違い無い。多分、鳥羽の代理だな。もう殆ど鳥羽夫人って感じだ。まあ公には友人のひとりと主張するんだろうけど。
通常はアイドルに恋人なんて許されないからな。香織ちゃんみたいなのは例外だ。許される嫁は、精々が二次元限定みたいで……、否、それも微妙だな。本音は絶対に否定であり、三次元、つまり現実じゃないからと謂う妥協で許されてるってことに過ぎない。
「くそっ、マネジャーは加藤香織だし、羨まし過ぎるだろっ」
「てか、なんだよあいつ。幾ら主戦投手だからって、他の奴と扱いが全然違うだろ」
あ、なんかオレに敵意が集まってきている。
まあそれも当然か。あの『花房咲』から名指しで応援されたんだし。増してや『加藤香織』に格っては、♡の附いた黄色い声だ。そりゃあ妬み 嫉む のも仕方が無い。
「おのれ、この人類の敵がぁっ!」と訃わんばかりの、みんなの怨み的な殺気が吉良から感じられる。
「世の男達よ殺意を俺に集めてくれ」って、如何にもそんな感じだ。
だから吉良から放たれたその球は、○気玉ならぬ殺気球ってところか。
当然そんな殺意の籠もった球だけに、狙いはオレの頭部……では遉になく、それでも顔面擦れ擦れだ。しかも途中から顔面に接近する脅かしの変化球。
くそっ、思わず仰け反ってしまった。当たることは無いと予想できてたってのに。
吉良の悪質な投球に、当然周りは非難轟々。
一応、吉良も頭を下げては謝せるけど、でも「手許が狂った」とでも称って逋れるつもりなのは明白だ。
なのでこちらも理解を示すことにする。
「あ、純くん、なんか凄く悪い顔してる」
美咲ちゃん、それは正解だ。
だって侮られっ放しってのはオレの性には合わないんでな。当然返礼はさせてもらう。
第二球目。懲りもせず再び内角高め狙いか。ならばなにも遠慮は不要。無用である。大地を踏み締め渾身の一撃をその球に叩き籠めるだけだ。
打球は吉良の頭部10センチ近く真横を真っ直ぐ通過した。狙い通りのピッチャー返しだ。
ははは、今頃になって腰を抜かせてやがる。
因みにオレはと説うと……、まあ打球が遊撃手の真正面だったみたいで…。
うん、そこまでは考えていなかった。
まあアウトにはなったけど肯しとしよう。一応吉良には借りを返したわけだしな。
次は捕手の両津か。こいつにはどう讐いてやるか。今度はちゃんと考えてからにしないと…。
※1『妬む』と『嫉む』は『嫉妬』という言葉が有るように『相手を羨む気持ち』と、殆ど同じ意味として扱われることが多いですが、実は意味合いの違う言葉のようです。
『妬む』とは「おのれ○○め」と『その後の悪意が相手に向く』感情。まあ、逆怨みの感情です。
『嫉む』とは「それにつけてもオレたちゃなんなの」と、どこかの歌の歌詞のように『その後の悪意が自分に向く』感情。つまり卑屈な感情です。
譬えは悪いですが、
『女』絡みで『石』をぶつけたくなるのが『妬み』
『女』絡みで心を『病む』のが『嫉み』
こんなイメージではないでしょうか。(笑)
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




