長谷川千鶴と新曲
今回は、長谷川千鶴視点です
遂に手に入れた。
タイトルは『恋のFire Works』(仮)
夏祭りの夜空に上がる打ち上げ花火を背景に、女の慕情を詠った曲。
作詞作曲『JUN』編曲『天宮聖』
そう、あの新進気鋭の作曲家『JUN』から遂に新曲を手に入れたのだ。
彼は、私の後輩『リトルキッス』のヒット曲を手掛け、僅か数ヶ月で名を馳せさせた謎の仕掛け人。
そして、その正体はというと、僅か13歳の中学生。
そのことを知った切っ掛けは、4月の朝の情報番組。
その番組によると、アマチュアバンド『デスペラード』の曲のうち、3曲があの子達の曲に似ているという。
というよりも、殆どそのまま、替え歌と言って過言でないものだとか。
そして、それを作曲したのが『JUN』だと言う。
気になって調べてみれば、メンバーの一人、男鹿仁という人物の弟の名前が『純』だということが判明したのだ。
彼の元を訪れたことで確信を得た私は、三顧の礼を尽くし、ようやく曲の依頼を取り付けたのだった。
だというのに、
「どういうことでしょうか、聖さん」
あの曲を聖さんに預けて、数日たった今日、日曜日。
返ってきたのは、『恋花火』という題名の変わった曲だった。
変わったのは題名だけではなく、その曲調もだった。
そう、演歌だったのだ。
「いや、初めはそのつもりはなかったんだが、歌詞に直しを入れていくうちに、段々それっぽくなってきたんで、つい曲の方もそれに合わせたくなってね。気がついたらこんな風になってしまったんだ」
なるほど、そういうこと。
つまりこれは、仕組まれたことってわけね。
おのれ、あのクソガキ。覚えてらっしゃい。
結果、この曲は演歌として、演歌歌手の誰だかに、という話となり、私の努力は無駄骨となってしまった。
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「あ、千鶴さん、新曲の話どうなりました?」
顔を合わせるなりに、いきなり早乙女純が問い掛けてきた。
「な、なんであなたが知ってるのよっ」
「あ、やっぱり、なんかあったんだ。
で、どういうなったんですか?」
「だから、どうして、あなたが…」
言い掛けて気がついた。
「いえ、そういえば、あなたがJUNから曲をもらってきたんだったわね。
つまり、この度の件も知っているってわけね」
「え? 何? なんの話?
千鶴さんの新曲って、純ちゃん、なにか知ってるの?」
なるほど、咲はシロみたいね。
「何のことだ?
オレが知ってるのは、性格の悪い女がオレの連れに、泣き落としで手を出してるってことくらいだけど」
「なにを人聞きの悪いこと言ってるのよ。
私は泣き落としなんて…………」
まさか、あれを知ってるっての?
「心当たりがあるみたいだな」
「嘘よ。なんであなたがそれを…」
「ええっと、泣き落としで手を出すって、男の人に対してだよね。
それで、千鶴さんが泣いてたってことだから……」
ちょっと、咲、あなたうるさいわよ。
「だって、あの場所にいたからな」
「……あの場所、……千鶴さんが泣いていた場所……。
えぇっ、嘘? あの時、純ちゃんいたの⁈」
それに純、あなた、咲は無視なの?
「何を話したかも知ってるぜ。だって直ぐ傍で聞いてたんだから」
「えぇ〜っ、純ちゃん、中にいたの〜?」
嘘? 気づかなかった。
まさか、そんな近くにいたなんて。
「で、どうなったんですか?」
「うるさいわねっ。
覚えてらっしゃい!」
私は、捨て台詞を残して、その場を立ち去ることしか出来なかった。
▼
思い出すだに忌々しい。
あの男鹿純だけでなく純までも。
誰が性格の悪い女よ。
それに他人のものって……。
え? 自分の男?
そういえば、あの子の芸名は『早乙女純』
そして、あのJUNの本名が『男鹿純』
そう、そういうことね。
それなら、あの生意気さも頷ける。
今回のことは許してあげていいかも。
ううん、上手くすれば、いろいろと役に立つかもしれないわね。
そうなると問題はあの男鹿純、どうしてくれようかしら。




