最近『JUN』の正体って、バレ気味な気がするんですけど……
この前の鳥羽家訪問により無事友好も深まって、鳥羽も自然な態度で接してくれるようになった。漸くあの腫れ物に触るような扱いからも解放され、真っ当な友人関係を築くことができた。
いや、本当にあれは酷かった。なのになんで世のイジメっ子ってのはあんな関係を好んで築こうとするんだろうな。
恐らくは優越感に淫りたいってことなんだろうけど、そんなのは所詮は表向きのことなのに。
実際は面従腹背で、心服させることなんてできやしないって解からないはずないんだけどな。
もしその加虐感が楽いってんなら、そいつは間違い無く心が歪んでる奴だな。
もちろんオレにはそんな嗜虐趣味は無く寧ろ嫌悪さえ覚えるわけで、今回の関係改善に関しては清々しく晴々しい気分になってるくらいである。
オレがこんな風に感じてるんだから、鳥羽の方も重圧から解放され、開放感に浸ってるんじゃないだろうか。
まあ、加害者的立場のオレが被害者的立場の鳥羽について語るってのもアレだけど…。
ともかく鳥羽との関係は良好だ。まあ、対等ってところまでは望めないまでも、それでも自然な態度で接することのできる、普通に友人と謂えるくらいには。
これで学校の方の問題は一段落と謂って可いだろう。
そうなると、あとは事務所の方の問題だな…。
事務所の方、つまりサンダーバードの方なのだが、こちらの方もなんとか蟠りは解けつつある。果然り鳥羽――メンバーのひとり『羽鳥翔』と個人的に友人となれたってことが大きいようだ。
鳥羽が仲間内で話をする時に、オレのことを話題に出してくれてるらしく、お陰で身近な存在に感じてくれているってことみたいだな。
そう、本来のオレは鳥羽の友人のひとりってのが、正しい立ち位置なんだから、変に怯えてほしくないものだ。
まあ、公的立場の『JUN』の時は多少話は変わるのだが……。
「ちょっと、どう謂うことよ⁈
確か『サンダーバード』だったかしら?
あの子達って、フェアリーテイルと喧嘩して『JUN』とは険悪な関係なんじゃなかったの⁈
それがなんで新曲の提供なんてことになってんのよ⁈」
早乙女純に詰め寄ってきたのは、久々に登場の千鶴さん。いったいどこで聞き付けてきたのだろう。
「だから、仲直りってことでしょう。
まさか同じ事務所内で余計な軋轢を抱え込むなんてこと、いつまでもやってるわけにはいかないでしょうから」
まあ、本当はここまでするつもりはなかったんだけど、果然り責任ってのは有るからな。
「メンバーの翔くんとは仲直りの序でに友達になったんですよ」
オレの説明に美咲ちゃんが続く。
「ちょっと美咲ちゃん、それは公開に拡っちゃ駄目だって」
「でも、相手は千鶴さんだし…」
「『石のもの言う世の中 』って謂うだろ。どこからそれが伝わるか解かったものじゃないんだし、気をつけるに越したこと無いんだよ」
まあそれだけじゃないんだけどな。
本来の意味合いの如く、『JUN』を目の敵にする奴がどこから現れるかも解からないってのも有るわけだし。
特に今はやらかした直後だしなぁ…。『出る杭は打たれる 』ってことになるのは、正直謂って勘弁だ。今のオレじゃ『出過ぎた杭は打たれない 』ってのには遥かに遠い果てだしな。オレにはそんな反則的才能は無いし。
まあ幸いにも多少の才は認められはしているし、全くの無才ってことは無いだろうけど、オレはそこで増長するような厨二病じゃない。これでも一応は身の程は弁えているつもりだ。
「え? なにそれ? 聞いたこと無いよ。
石が喋るなんてそんなのホラーの世界だよ」
ははは…。そう謂やそうだった。
美咲ちゃんがこんな言葉を知ってるわけがなかったか。
「当然これは譬喩、譬えだよ。
噂ってのはまるで石が話すかのように、可怪しなところから拡がるってこと。
つまり石が相手でも信用できないってくらいに警戒して、余計なことは無闇に口にしないようにしろってことだな」
微妙に意味合いに違いは有るけれど、まあ諭いたいことが通じれば宜しだ。どうせ言葉の意味なんて理解してなんてないだろうからな。
▼
「お久しぶり、元気してた?」
放課後、何故かオレは弥生さんに呼び出され、現在学校近くの喫茶店に居る。
「あの、なんで弥生さんがオレの連絡先知ってるんですか? オレ、そんなの教えた覚えなんて無いんですけど」
もしかして美咲ちゃんの仕業か? 今さらだけど、あとで問い詰めて試ることしよう。場合に因って は釘を刺す必要も有りだ。
「あら、そんなに不思議なことかしら?
これでも同じ学校の卒業生なのよ。親しい後輩のことならなんでも知っておきたいでしょ」
つまりそっちの伝手ってことかよ。
でもこの人が在たのって三年前なんだから、今の学生には関係無いはずなんだけど…。否、だったらそこからさらにその後輩ってことで、間接的にってことか。…ってそんなことしなくても、知り合いだって示って学校に問い合せれば可い だけだよな。
てな理由で、美咲ちゃんの無罪が証明されたわけだが…、まあそれは保いて留くとしてだ。
「親しいって……。そこまで親しい関係になった覚えは無いんだけど。
まあそれよりも、いったいなんの用ですか?
態々こうして呼び出すからには、なにか用件 が有ってのことでしょう?
要件 を訊かせてくださいよ」
まあ、陸な用件じゃないんだろうけど。
「もうっ、連れないわね。まあ肯いわ。
用件は皐月の新曲の依頼よ。
聞いたわよ。サンダーバードって子達に曲を作ったんでしょ?
そんな余裕が有るのなら、私からの依頼も当然受けてもらえるわよね?
確か以前にそう謂う約束だったはずよ」
……はぁ⁈ そんな約束なんてした覚えなんて……、起ったかもしれない。
いや、でもその時の返事って「余裕がある時に、気が向いたら」だったはずで、明確な約束ってよりも半ば社交辞令みたいな逸らかしだったはず。
しかもその返事をしたのは早乙女純の時だったはずだ。
……って、あれ?
『JUN』の時に、つまり素の状態で弥生さんに会ったことって有ったっけ? 確か弥生さんとも皐月さんとも『JUN』として会ったことは無かったはずだけど…。
早乙女純としてはそれなりに会っているせいか、どうもその辺が曖昧 だ。お陰で今までそのことに疑問を抱かなかった。
「いや、それよりもオレって弥生さん達と直接面識有りましたっけ?
今思い出して考れば、この前の学園祭の時が初対面だった気がするんですけど」
気になったので確認だ。本当どこで知り合いになったんだろう。
「それは確かにそうだけど…、でも純くんだって問題無く受け容れてくれてたじゃない。なにも今になってそんなこと摘わなくたって宜いじゃないの」
どうやら本当にあれが初対面だったみたいだな。オレの覚え違いとかじゃなくって一安心だ。
「でも、一応『JUN』のことって極秘事項扱いのはずなんで、どうやってオレのことを知ったのか不思議でならないんですよね」
正直これって結構重要問題なんだけど。個人情報の保護ってのはどこでも確りしているはずなのに、なんでこう謂うことになっているのか、あとで聖さんに相談が必要だ。
まさか早乙女純の方もこんな笊状態ってことはないだろうな。
否、無いか。それだとこんなに落ち着いた状況なわけないからな。……こっちの方も要確認だ。と謂うか最重要問題だ。絶対に確認しておかないと。
「……いや、それは…。
まあこう謂う仕事をしてるわけだし、そこはそれなりの伝手が有るってことで……」
オレが知りたいのはその伝手なので、言葉を濁して逃げようなんて通用させる気は無い。
「解かったわよ、もう。ちゃんと答えれば可いんでしょ。
サンダーバードの子達から訊いたのよ。
ジャンルは演歌と違うけど、それでも一応は事務所では先輩だからね。
最初は渋っていたけれども、皐月も『JUN』から曲の提供を受けたことが有るって説ったら快く教えてくれたわ」
あいつらめ、恩を仇で返しやがって。
まあこれは新人に対する強制ってのも有るだろうから情状酌量するべきなんだろうけど、それにしたってなぁ。同じ曲提供を受けた者同士ってことで、油断を突かれたってところだろう。
でも、相手が正体を訊いてくるのはなんでかくらいは考えてほしかったところだ。
「残念だけど要請には応じられませんよ。
千鶴さんにだって同様に応えてるんですから、皐月の場合は余計です。
抑々サンダーバードの場合はアニメの新テーマ曲を配しただけですしね。予定外の仕事ってわけじゃないんですよ。
だから余裕が有るって認識は間違いです」
それに気が向いたらってことだったしな。
こんな風な催促で、その気になんてなるわけも無いので当然受けるつもりは無い。
「それよりも、『JUN』の正体についてですけど、それがどう謂う扱いかはご存知ですよね。
なので脅迫紛いなことは、通用するどころか自身に反ってくるってことはもちろん承知していると思いますけど、一応忠告しておきますよ」
今後、こんなに気安く接してこられても迷惑なだけなので、一応釘を刺しておく。
「そんなことするわけが無いでしょ。
それにそんな敵視しなくたって宜いじゃない。せっかく仲好くなれたってのに。
責めて加藤香織の半分でも肯いから、もう少しやさしくしてくれても可いんじゃないかしら」
どこがだよっ。仮にそう思えたとしても、そんなの表面上だけの社交辞令だっての。
大体この台詞のどこに気を縦せるところが有るってんだよ。完全に皮肉じゃないか。
抑々そのやさしくってのはどう謂う意味だ。『優しく』ってよりも『易しく』って聞こえてならないんだが。それとも『優遇しく』って当て字を嵌めるべきなのか。
「生憎とそこまでの義理は無いんで、悪いんですがこれで席を辞させてもらいますよ」
『辞す』なんて言葉を使ったのは、これでも一応は相手に敬意を示すためだ。
まあそれに値するような相手ではなさそうなのだが、こう謂う人間ってどこで揚げ足を取ってくるか解からないからな…。まあそれならそれで構わないけど。
なんてったって、こうして相手の要望を蹴った時点で反感を買うのは決まっているんだから、それ以降を気にする意味が無い。
それに向こうから物事を頼んできているからには、立場的にはこちらが上だ。なんでこちらが気を遣う必要が有るってんだ。
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弥生さんの元を後にしたオレは、一路その足で聖さんの元へと向かった。
用件は当然、オレの個人情報に関すること。
これは緊急を要する重要事項である。
社外はもちろん社内においても極秘である『JUN』の情報が洩れたってんなら、関係者限定の超極秘事項『早乙女純』の秘密についても確認をする必要が有る。
まあ、こっちは話題に上がることも無いため、心配は無用だと思うけど念のためだ。
それに対して『JUN』の方は、結構知ってる人間が在るからなぁ…。
聖さんとの話し合いにより、『JUN』の情報に関しては改めて極秘たることを通達するってこととなった。
なんでも最近『JUN』があれこれと活動することが増えたため、その関係するところを主として規律が弛んできてたらしい。
「まあそれだけ意外だったってことだろうね」って聖さんは笑っていたけれど、上がそれじゃ下の認識もそうなるってものだ。
恐らくだけど、聖さんは故意にそれを黙認しているんじゃないだろうか。
理由は……、そうだな、例えば将来的な認知度を上げるためとか? 知ってる者が多ければ、それだけ仕事もスムーズに進むことだろうから。果然り普通は未成年なんて真っ当に取り合ってもらえることは無いだろうからな。そうでなくっても顔繋ぎってのは必要みたいだし、避けては通れないってことだろう。
でも、それは決して今じゃない。それは学校を卒業してからで、本格的な社会人となってからだ。
少なくともそう謂う契約なんだから、そこのところは守ってもらわないと困る。
あと、『早乙女純』に関してだが、こちらの心配は全くの杞憂であった。まあ知る者が在ないんだから、拡まるなんてことも無いのは当然か。
ともかくこちらは一安心。この分なら、きっと今後も同様に大丈夫なことであろう。
と、こんな感じでオレの個人情報漏洩対策は解決。
うん、解決で可いんだよな? 多分?
なんだか多少の不安は残ったけど、それでも聖さんのことは信用しても可いはずだ。
そうだよな、聖さん。
これでもオレがプロデューサーとしての師と仰ぐ人物だし、きっと悪いようにはしないはずだ。
それは『早乙女純』って謂う実例が有るわけだし、安心して任せて可いに違い無い。
……信用してますよ、聖さん…。
※1『石のもの言う世の中』とは『秘密は世の中に漏れやすい』という意味のことわざです。
ですが、古くは『普段は権力のあるものに従がっているが、悪政をするようなものに対しては、民衆も黙っていない』という意味だったようです。[Google 参考]
まあ要するに譬喩ですね。石に意思なんて無いでしょうから。
そんなわけで、ここでは二重の意味合いで使っています。
ひとつはそのまま『石でさえ秘密を漏らしかねない』で、ふたつめは『石でさえ敵になりかねない』という本来の意味合いに近いもの。
まあ一戦やらかしたあとだけに、次を警戒しているってわけです。
※2『出る杭は打たれる』に対して『出過ぎた杭は打たれない』という反対語が有るようです。
『出る杭は打たれる』ってのは、まあ善し悪し抜きに『異端は排除される』って意味合いなのはご存知の通りです。
『出過ぎた杭は打たれない』というのは実業家『松下幸之助』の反対語の言葉だとか。
その意味合いを考えると、随分と過激なものになりそうです。恐らくは『結果の出せる破天荒』ってことで、『無双する冒険者』を目指すってことでしょうね。
※3 通常は『よる』と平仮名表記、強いて漢字を使えば『依る』と書くそうです。『依る』には『関係する』って意味合い漢字有るそうなので。
ここでは『起因する』って意味で『因る』を採用しております。
状況に『応じる』ってことで『応』を当て字にとも考えましたが、ここでは原因を断って後顧の憂いを無くするって考えに繋げるので『因る』です。
※3 作中ではこう言ってますが、実際に可能かどうかは不明です。まあ、そう簡単には個人情報を漏洩するようなことは無いと思うんですけどね…。
※4『用件』と『要件』は、同じ『ようけん』と読む言葉ですが、『用件』とは『用事や相手に伝えるべき事』で、『要件』とは『必要な条件』という意味です。つまり『用件の要件』とは『用事の内容』って意味です。
ただ、『要件』は『重要な用件』って意味合いも有り、『用件』と『要件』は重要度で使い分けるらしいです。[Google 参考]
…でも、用件ってのは大抵言い出す側からすれば重要なものなのでは…。
※5『曖昧』という当て字ですが、これは『尾崎紅葉』や『二葉亭四迷』といった昭和初期の文豪がよくやっていた手法のようです。また『危殆』『危ふや』に当てるというのも有るのだとか。
一方で似た意味合いの『うやむや』が『有耶無耶』と表記されるのはご存知の通り。『ありやなしや』ってことです。
『あやふや』と『うやむや』はどちらも『曖昧』という意味合いでどう違うのか調べてみると、『あやふや』はその『状態』で『うやむや』は『故意で到った状態』ということらしいです。
[Google 参考]
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




