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学園祭二日目 -双花伝~薫名を分かつ姉妹~-

 今回のサブタイトルも中国時代劇のパロディで、元ネタは『双花伝(そうかでん)~運命を分かつ姉妹~』です。

 原題は『長相守』といい、原作は『木槿花西月錦繡(ハイビスカスの花と素晴らしい西の月)』という『海飄雪』の小説ですが、テレビ版にアレンジされています。

 まあ、こんな風に紹介してみましたが、残念ながらこの作品、まだ観たことはありません。

 海外ドラマってなかなかテレビじゃ観れないものですよね…。

 皐月さん達と共に行動することとなったオレは、香織ちゃんのクラスのメイド喫茶(模擬店)を出立する。


「行ってらっしゃいませ、御主人様」


 未練(がま)しそうに見送る香織ちゃん。

 一緒に見送るクラスメイトのメイド達の視線は同情混じりなのだが、これは飽くまで香織ちゃんに対して。オレに対してはどちらかと謂えば非難っぽい感じだ。オレだってこんなのは不本意だってのに。

 それに対して、瑠花(るか)先輩の表情は莞爾(かんじ) (※1)として明るい。


「じゃ、がんばってね〜」


 いや、瑠花先輩、オレに用が有って来たんじゃなかったの?


「行ってきます」


 渋々ながら応える台詞は『逝ってきます』って心境が近く、殆ど連行される気分だ。BGMはドナドナか。

 まあ、周囲に正体を隠す身としては仕方が無いんだよなぁ…。

 否、よく考えれば『JUN(オレ)』の正体は極秘事項なんだから、こんなところで曝露するなんて()り得ないんだけど、果然(やは)り弱みってことには違い無いわけで…。

 解かりきってはいても不安を払拭しきれない、そんなオレの弱みを突いたのは皐月さんのマネジャーの弥生さん。

 そりゃあ強きに(なび)き弱きを従える阿諛(あゆ)曲従(きょくしょう) (※2)は世の常とは謂え……これが大人になるってことなのか…。


          ▼


 ともかく皐月さん一行に随行することとなったオレは、第一の目的地へと向かうことに。……まあ、直ぐ隣の教室なんだけど。


「へえっ? 皐月さんっ?

 それに純くんも。ねえ、これってどう謂う組み合わせ?」


 うん、まあ美咲ちゃんの反応は当然だろう。オレだって驚きを喫することになったわけだから。


「驚かせてごめんなさいね。実はこれって、私の母校を訪ねて()ようって番組企画なの。

 でもそうよね。先程の留美ちゃんはともかく、ここは咲ちゃんや香織ちゃんの通う学校でもあったのよねえ。まあ、純くんが()るとまでは思わなかったけど」


 いや、皐月さん、実は解かってたんじゃないの? 少なくとも美咲ちゃんや天堂、香織ちゃんについては。

 弥生さんを始めとして、みんな間違い無く想定内って感じだ。スタッフ達に至っては期待してたって感じさえも有る。


「留美ちゃん?」


「あ、ごめんなさい。それってあの子の本名よ。

『伊藤瑠花(るか)』ってのは芸名で、本当は『伊能留美子』って名前なの」


 へぇ〜。あの人ってそんな名前だったんだ。

 否、芸能人なんだから芸名が有るのは当然でなにも可怪しくはないんだけど、……つまり香織ちゃんが例外なのか…。


「でも、なんで皐月さんがそんなこと知ってるんですか?」


 うん、最初はオレもそう思った。演歌歌手とアイドルとジャンルも違うし、所属事務所はもちろん別々。なのになんで?って思うだろう。


「それは皐月さんと弥生さんは去年と一昨年の卒業生だから。ですよね、おふたりとも」


 それに答えたのは果然(やは)り天堂。本当こいつの頭の中ってどうなってんだろうな。とにかく女性に対しては相変わらず細心(まめ) (※3)だ。

 てか、そうなるとこのふたりの年齢って…。


「女性の年齢を気に掛けるのは禁忌って知ってるわよね?」


 オレの考えが解かったかのように弥生さんが睨んでくる。そしてそれは皐月さんも一緒だ。


「いや、ちょっと待ってくださいよ。別にふたりとも問題の無い年齢(とし)でしょ。なんでそんな風に()われないといけないんですか⁉」


 いや、本当に解からない。

 だってふたりの年齢は、20歳前後ってところだろうし。大人の色気ってのが具わって正しく美人女性って謂える年齢のはずなのに…。


 あとで河合から聞いた話だと、女性ってのは10代であることに価値が有るらしい。

 そりゃあ『乙女』って言葉も有るけれど、でもそれって『未成熟な女』って意味合いのはずなんだよな。一昔前だと『女子大生』ってのが女性の希少価値(ブランド)だったらしいのに。でも、確かに今じゃ世間は『女子高生』至上志向みたいで若けりゃ良いって風潮だ。将来的には『女子高生』すら『オバサン』ってことになるのだろうか。なんだか総然(すっか)り世の中病んでる気がする。


 取り敢えずオレの価値観を素直に語って()たところ「なんだ、解かってるじゃない」と弥生さんはご満悦そう。皐月さんもなんだか笑顔になってる気がする。どうやら機嫌を治してくれたようだ。

 ……まあ、クラスの連中からは『熟女嗜好(オバコン)』なんて()われる羽目になってしまったが。なお、実際にこのツッコミを入れてくれたのは斑目だ。

 ただ、これって女子はただの負け惜しみで、男は普通に病んでるだけってのが現実だろう。

 オレの価値観は間違ってないはず。


          ▼


 まあともかくとして、美咲ちゃん達ヘの顔見せも済み、再び……と謂うか、本来の目的である校内の散策へ。

 あちこちの屋台を巡り、(つい)でに昼食も食べ物関係のそれで済ませる。

 昨日も思ったが殆どの模擬店の商品価格は安い。

 とは謂え(さすが)に皐月さんも弥生さんも足脹(たらふく) (※4)食べた末に腹を擦るなんてことは無く、堂々たる淑女()りである。果然(やは)り大人の女性は違うと謂うことだろう。

 今はまだしも、いずれはフェアリーテイルのふたりにも見倣ってほしいものだ。


「ところで瑠花るか先輩とはどう謂う知り合いだったんですか?

 一応この学校の先輩後輩ってのは聞きましたけど、あの気安(親密)さはただそれだけってことじゃないですよね?」


 一応オレも皐月さんの弟分(?)って扱いで一行のお供をしているため、本来この番組の主旨として、姉妹の会話で進むところへ現地ゲストっぽく参加を試みる。


「まあね。あの子とは同じ生徒会の役員だったし、同じ部活の先輩後輩でもあったから」


 なんとも驚きの回答が。

 否、瑠花先輩が元生徒会長だったことは知ってるし、彼女なら他の部活と兼任していても不思議には思わないんだけど、でもこのふたりについては意外だった。だってこのふたりまでそんなハイスペックな人間だなんて、とてもではないけど思えないから…。


「なによ。随分と失礼なこと考えてるでしょ?」


 思った端から弥生さんに指摘される。

 でも、口に出した覚えは無いんだけど。


「口には出なくとも顔に出てるのよ。

 どうせ、アイドルで落ち(こぼ) (※5)たふたり組になんで生徒会なんて務まったのかみたいなことを考えてたんでしょ」


 そんなことを思ってたわけじゃないけど、なるほどな。今の弥生さんの失言(いう)通りだとすると、腑に落ちる。

 つまり、(さすが)に両立できたわけじゃないってことだ。そして今の言い分だと、アイドルで成功できなかった分、生徒会にそのエネルギーを割くことができたってわけだ。

 ……もしかして、この学校の行事における、些かアレな風潮って、このふたりの欲求不満の発散の結果なんてことは……いや、まさかな…。


「人聞きの悪いこと()わないでよ」


 あ…、またもや声に、否、顔に出てたらしい。


「それは私じゃなくって姉さんの仕業なんだから」


 ……へ?


「なに()って (※6)んのよ、皐月だって結構悪乗りしてたくせに…」


 ………それって…。


「つまり、アレやらコレやらの変な校風って、本当にふたりの仕業だったんですか⁉」


 この人達って、見た目に反して随分と型破りなんだな。まあ、校則自体が自由なだけにそれもアリなのかもしれないけど…。


「あら、別に私達だけってわけじゃないわよ。どっちかと謂えばあの子の方がファンの()いている分、私達よりも上みたいだし」


 いや、まあそれはそうなんだろうけど、それを謂うなら、それ無しでそれをやったふたりだって十分にヤバい。


「でも、これだけの統率力が有りながら、なんでアイドルで成功できなかったんでしょうね。ふたりとも結構美人なのに」


 疑問に思わず口に出る。本当、なんでだろう?


「全くよ。こんな美人姉妹がなんでこんな扱いなのよっ! 納得いかないわっ!」


 あ、弥生さんって未だにアイドルに未練が有ったんだ。全然(すっか)りマネジャー業が熟達し(はまっ)てるからそんな風には思いもしなかった。


「そりゃあ無理だと思うわよ、姉さん。

 今の様を目にすれば、誰だって()くに決まってるでしょ」


 ははは…。違い無い。恐らく番組で流れるだろうに平然とこんな台詞が口に出るんだもんな。

 ただ、それならそれで皐月さんだって同じようなものだと思うんだけど。

 ……ああ、なるほど、こうして冷静になれる分、少なくとも弥生さんよりもマシってことなわけか。

 ただ、それでもアイドルってのは厳しいからと、なり手の少ない若手演歌歌手に転向させられたってわけだな。なんとももったいない話だ。


「は〜ぁ、どこかの物好きプロデューサーが拾ってくれないものかしらねえ」


 ちらりとオレに目線を配る弥生さん。

 悪いけどその気は全く有りません。

 面倒なので気づかない振りを決め込むことにさせてもらおう。



 その後もそんな感じで弥生さんをやり過ごしていく。

 なるほどなぁ。瑠花るか先輩が弥生さん(この人)を避けるのが解かる気がする。これだけ面倒臭い人だもんなぁ。しかもそれが先輩だってんだから(たち)が悪いってことだろう。

 うん、オレも気をつけることにしよう。

※1『莞爾かんじ』とは『にっこりとした様子』のこと。通常は『莞爾として笑う』という感じで『と』を用いて使う。

 出典は『論語』の『陽貨編』で、『夫子莞爾として笑ひて曰く、鶏を割くにいずくにぞ牛刀を用いん』より。

 因みにこの場面でのこの台詞は孔子様。小さな町から聞こえてきた宮廷用の礼楽に『もったいない』って意味合いで言ったらしいです。直後に弟子から『人が礼楽を学ぶのは、必要なことじゃなかったんですか?』的なツッコミを受け、今のは冗談と誤魔化したりするという話です。

 所詮は孔子様もお貴族様の政治家ってことみたいで、こういう身分差別は肯定的みたいですね。[Google 参考]


※2『阿諛あゆ曲従きょくしょう』とは『おもねへつらい曲げて従う』と字の通りの『自分の意思を曲げてまで、相手に気に入られようとすること』という意味です。

 出典は『漢書』の『匡衡きょうしょう伝』から。

 この匡衡という人物は丞相というトップクラスの大臣だったのですが、新皇帝が即位時に先帝の寵臣石顕を左遷するとそれに乗じるように石顕の過去の罪を糾弾。その時に皇帝から「今まで放っておいたくせに」って責められたっていうことらしいです。

 因みに、この当時を舞台とした中国ドラマに『クィーンズ -長安、後宮の乱-』なんてのがあるようです。

[Google 参考]


※3 ここでは『細心まめ』と当てておりますが、一般的には『忠実』で『忠実まめ』と読ませるそうです。


※4 通常の当て字は『鱈腹たらふく』のようです。

 ここでの当て字『足脹たらふく』は語源のひとつ『らひふくくるる』からです。


※5 通常は『落ちこぼれ』と書きます。

 ただ『落ちこぼれ』とした方が、零落おちぶれてボロボロといったイメージが強そうなので『毀』を当ててみました。

『毀』は『こぼれ』等といった感じで使われます。


※6 この『う』は当て字で、正しくは『いつわる』と読み、『上辺を装う』『見せかける』という意味が有ります。


※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。

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